186話 勇者と魔法の縄
迫りくる槍をどうするべきか。
騎士たちに両腕と腰をホールドされてはいるが、力づくで振り払うのは造作もなく、避けることも可能だ。
(けど、こいつらを逃がすわけにはいかねえんだよな)
実行犯であるメイドだけでなく、共犯者の逃亡まで許したら、目も当てられない。
最悪、おれに犯行の疑いがかけられる可能性もある。
(ダメだ! ダメだ!)
せっかく、旅の序盤から路銀を手にするチャンスを得たのだ。
これを棒に振るなど、考えられない。
無罪を主張するためにも、一人残らず確保したほうが無難だ。
(あわよくば、路銀の上乗せも狙えるしな)
ガキンッ
二本の槍が胸当てに突き刺さったが、貫通することはなかった。
「馬鹿な!?」
騎士たちは驚いているが、おれにとっては想定内だ。
(っていうか、鎧で覆われてない個所を狙うのが常識だろ)
貫く自信があったのかもしれないが、少ない労力で済むなら、そうしたほうがいいに決まっている。
「よっ」
手本を見せるわけじゃないが、腕を掴んでいる騎士ごと腕を閉じた。
『ぐあっ』
槍を持つ二人と激突し、四人が苦悶の声をあげる。
残りは腰を掴んでいるやつだが、すでに逃走していた。
(なかなか優秀だな)
機を見るに敏なりを体現しているが、それを許可することはできない。
「あらよっと」
おれの蹴りが決まり、逃走者はくず折れた。
倒れかたからして、気を失ったようだ。
「制圧完了!」
余韻に浸りたいところだが、このまま放置するわけにはいかない。
縄かなにかで縛り、きちんと拘束しておくべきだ。
「ん~と」
丁度よいものはないかと、室内を見回す。
(なんか……豪華だな)
棚などの調度品はそれほどでもないが、仕舞われている物は立派だ。
書棚に並べられている本も、装丁がすばらしい。
(宝物庫……なわけねえよな)
大事なモノを保管するには、セキュリティーが雑すぎる。
これでは、盗んでくれ、といっているようなものだ。
カギの保管もずさんであったことが予想できるし、実際は物置のような扱いなのだろう。
(こいつらはそれを知らずに盗みに入ったのかもな……って、アレ使えそうだな)
部屋の隅に荒縄のようなモノが放置されていた。
「なんだこれ!?」
手に取った瞬間、荒縄がうねうねと動き出した。
「う、うそだ!」
「し、信じられん」
騎士たちが驚いている。
てっきり気絶しているものだと思っていたが、勘違いだったらしい。
「くそっ」
「あっ、待てよ」
飛び起きて逃げ出す騎士を追いかけようとしたが、その必要はなかった。
「おおっ!?」
荒縄が勝手に動き、騎士に巻き付いたのだ。
「ちくしょう!」
悔しがる騎士を含め、残る四人も次々に拘束していく。
「何事だ!?」
騒ぎを聞きつけ、べつの騎士団が現れた。
「これは一体……んなっ!」
先頭にいた男が室内に足を踏み入れた瞬間、荒縄に締め上げられた。
「貴様! どういうつもりだ!?」
にらまれても困る。
なぜこんなことが起きているのか、おれにもさっぱりわからない。
「外せ!」
怒鳴られても、はいそうですか、とはいかない。
確認が先だ。
「お前らもこいつらの仲間なのか?」
「ああ。同じ騎士団だ」
「いや、そういうことじゃなくて、盗人かどうかを訊いてるんだけど」
「愚弄するか! 我らは誉ある近衛騎士団であるぞ!」
「いや、こいつら盗人なんだけど」
憤る騎士団には申し訳ないが、これは事実なのだ。
おれは事の顛末と一緒に、逃げたメイドがいること告げた。
「にわかには信じがたい話だな」
予想外の反応だ。
毎度のごとく、「嘘を吐くな! 仲間に対する暴言は許さん!」などと言われ、モメる展開だと思っていたのに。
「その逃げたメイドの人相は、覚えておられるか?」
「ああ。セミロングの黒髪で、目じりの上がった切れ長の瞳が印象的だったな。背は一六〇前後で、痩せ型だったかな」
ゆとりのあるメイド服を着こなしていたため、スタイルまではわからないが、首や腕の細さからして、太ってはいないはずだ。
「ああ~、後、首筋にヤケドみたいなアザがあったな」
窓ガラスをぶち破る際に、チラッとだけ確認できた。
「その特徴を有しているのは、ステルじゃないか?」
部屋の外にいる騎士に、思い当たる人物がいるようだ。
「そう言われれば、彼女の首にはアザがあったような」
「だれか、ステルの所在を確認してこい」
「はっ!」
部屋の外で動きがあるが、だれも室内に入ってこないのはなぜだろう。
「こいつらはこのままでいいのか?」
騎士たちがかぶりを振る。
「なら、どうすんだよ」
「連行し聴取をしたいところですが、その縄をどうにかしていただかないことには」
動く縄のことだろうが、どうにかしろと言われても、どうすることもできない。
なぜなら、おれの意思で動いているわけじゃないからだ。
そう説明したが、
「いえ、それはあなたの魔力に反応しています」
騎士たちをかき分けるように前に出てきた魔法使いっぽい女性に、ばっさりと否定された。
「マジで!?」
「はい。間違いありません」
「そっか。じゃあ、どうすればいいのかな? 教えてちょうだいよ」
「まずは魔力を抑えてください」
身体を覆う魔素を消した。
「今だ! 急げ!」
縄が緩んだことで盗人たちが再度逃走をはかろうとしたので、魔素を元に戻した。
「ぐあっ」
瞬時に拘束した。
ギシギシという音を立てていることから、先ほどより強く締まっているようだ。
「マジでおれが操ってるみたいだな」
結果からして、一目瞭然だ。
そして、この縄はテリトリーに入ってきた者を捕縛する魔法アイテムのようだ。
(納得だな。下手に近づいて、拘束されんのはイヤだもんな)
縛られて喜ぶのは、SM好きだけだ。
「んじゃ、べつの縄を用意してくれるかな?」
「どうぞ」
足元に縄が投げ込まれた。
「あらよっと」
魔法の縄と普通の縄をチェンジした。
なんの苦労もなかったのは、魔法の縄が作業をしやすいようにアシストしてくれたからだ。
「これスゲェな」
間違いなく、優秀なアイテムだ。
なぜこれほどのモノがホコリをかぶっていたのか、疑問でならない。
(使うと呪われる……とかないよな?)
体調の変化はないが、後々ということも考えられる。
……
(まあ、大丈夫だろ)
竜滅刀のときも心配したが、結果的には大いに助けられた。
今回も同様だと信じたい。
(よし)
そうと決まれば、やるべきことを片付けてしまおう。
「こいつらの聴取をしてくれ」
再度魔素を消すと、外にいた騎士や魔法使いが続々と室内になだれ込んできた。
騎士連中は盗人を連れていくようだが、魔法使いはなぜかおれを取り囲んでいる。
『弟子にしてください!』
「断る!」
どれだけ熱視線をぶつけられようとも、おれにその気はない。
『では、短い間でも構いませんので、手解きをお願いします』
「いや、専門職におれが教えることなんかねえよ」
『ご冗談を。あれほど卓越したマジックアイテムの使用は、見たことがありません』
全員が一言一句違わない。
魔法を知るより、こっちのほうがはるかにむずかしいと思う。
『お願いします! お願いします! お願いします!』
どれほど訴えられようとも、無理なものは無理だ。
魔素で動くこと以外、なにもわからないのだから。
もっと言うなら、おれが教えてほしいくらいである。
「いや、マジで無理だから」
かぶりを振る姿に、一糸の乱れがない。
日体大の団体行動もかくやと思わせる。
教えてくれるまで逃がしません!
心の声まで揃って聞こえる気がするから、それ以上かもしれない。
(だれでもいいから助けてくんねえかな)
「道をあけよ」
おれの願いを叶える声がした。
ブックマークが増えることに、喜びと感謝の念を抱いております。
これからもお付き合いくだされば、幸いです。