185話 勇者は迷子になり、盗人と遭遇する
「犯人はわかっておるのか?」
娘がさらわれた一報にも、王様に慌てた様子はなかった。
(さすがだな)
これが、国のトップに立つ者の器なのだろう。
「ひひひ飛行能力を、かかか兼ね備えた、ままま魔族であります」
それに引き換え宰相ときたら、慌てすぎで見てられない。
「落ち着いて、事件の詳しい様子を教えよ」
「ははははい」
何度もうなずきながら、宰相が深呼吸を繰り返す。
それが功を奏し、落ち着いたようだ。
「ごほん」
咳払いで気持ちを新たにし、宰相が話し始めた。
「謁見の間より陛下が退出して間もなく、ガラス窓を割って飛び込んできた羽のある魔物がリリィ姫をさらい、同じ窓より逃走しました」
「騎士団は何をしていた?」
王様の声に怒りの色は感じられないが、体からはそれが噴き出している。
「あ、あまりに一瞬のことであったため、だれ一人対処することができませんでした」
宰相はしきりに頭を下げている。
(プレッシャーがすごいんだろうな)
額に噴き出た汗を拭うタオルは、絞れるほどビチョビチョだ。
「ガイルたちが動けないほどの早業だったのですか?」
ユウキの声からは、信じられない、というニュアンスが感じられた。
「ええ。何度も申しますが、だれ一人反応できませんでした」
「では、全員が謁見の間にいるのだな?」
「いいえ。ガイル、エレン、セリカを含む特務部隊は救出に向かいました」
「馬鹿者!」
「ももも、申し訳ございません」
急な叱責に、宰相はより深く頭を下げた。
すねと頭がくっつきそうな様は、二つ折りの携帯を連想させた。
「謝る時間があるなら、すぐに特務部隊を呼び戻せ!!」
「ははははい~」
特大のカミナリに飛び上がり、宰相は涙目で退出していった。
不憫ではあるが、そうされるだけの失態があるのだろう。
「ユウキ、戻るぞ!」
「はっ!」
二人が足早に出て行った。
(……おれは?)
もはや眼中にないのか、声すらかけられなかった。
(どうしよう? ……まあ、追いかけるしかねえよな)
ここにいてもどうなるものでもないし、王様のいない執務室に留まるべきではない。
下手をすれば、あらぬ疑いをかけられる可能性だってある。
「あれ? 謁見の間ってどっちだっけ?」
廊下に出たが、進む方向がわからない。
左から来たのは間違いないが、その後が微妙だ。
数回曲がって階段を下りたのは覚えているが、たどり着くことは出来るのだろうか?
(まあ、迷ったら訊けばいいか)
だれかには出くわすだろうから、その点も問題ない。
廊下を歩き、最初の角を曲がったところで、第一メイドと遭遇した。
ドアノブに手をかけ、ガチャガチャ回している。
鍵がかかっているのか、開かないようだ。
(泥棒か?)
不審者に思えたが、エプロンからカギを取り出したので、セーフだ。
さっきのは、施錠の有無の確認だったのだろう。
(よし。彼女に謁見の間への行きかたを訊こう)
あわよくば案内してほしい。
「すみ」
ません、と言い終えるより早く、メイドは素早く解錠し中に入っていった。
最小限のドア開放でスルッと滑り込む所作は、メイドのそれではなく、盗人のそれだ。
(どうすっかな?)
基本おれは部外者であり、犯罪を取り締まるような立場ではない。
けど、見過ごすのも気持ちが悪い。
ただ、他人には言えぬ事情があるやもしれない。
身分違いの逢瀬などが、その筆頭だ。
(う~ん、マジでどうするかなぁ~)
悩むが、犯罪なら一刻の猶予もない。
(一応、声掛けぐらいはしておくか)
熱い肉弾戦が繰り広げられている可能性もあり、コンコンとノックしてからドアを開けた。
中にいたメイドが、ギョっと目を見開いている。
右手には卒業証書を入れる筒の豪華版。
左手には懐中時計のような物が握られていた。
「どうされました?」
両手を背中に隠し、メイドが平静を装った感じで訊いてきた。
「言い訳は後ですればいいから、とりあえず盗った物を返しなさい」
こういうとき、自然と警察官や教師のような口調になってしまうのは、なぜだろう。
「盗ってなどいません! これは王様に持ってくるように指示されたのです」
(なるほど。そうきたか)
では、こう言おう。
「それはちょうどよかった。おれも王様に会いに謁見の間に行くところだったから、一緒に行こう」
「チッ」
メイドが舌打ちした。
「なんなら荷物も運ぶよ」
一歩近づくと、メイドが一歩後退する。
(確定だな)
逃げられる前に、捕まえてしまおう。
「何をしている!?」
確保に動く直前、五人の騎士がなだれ込んできた。
ここは彼らに任せたほうが得策だ。
『盗人です!』
おれとメイドの声が重なった。
しかも、互いを指さしている。
左手でそれを行っているということは、懐中時計のような物はポケットなどに隠したのだろう。
「身体検査をするんだ。証拠が出てくるぞ」
二人の騎士が、おれの両腕を掴んだ。
「いや、おれじゃねえよ。あっちだよ」
「まずは貴様からだ」
一人が腰に組み付いてきた瞬間、メイドが踵を返した。
「あっ!? 待てよ」
追おうとしたが、騎士たちがそれを阻止するように力を込める。
強引に振り解いてケガをさせるわけにもいかず、いかんともしがたい。
「では、さようなら」
窓ガラスを突き破り、メイドが逃走した。
「おい! 逃げられちまうぞ! 手を離せ!」
全然言うことを聞かないどころか、拘束の力が増している。
まるで、そうすることが目的であるように。
(いや、実際そうなんだろうな)
だれ一人メイドを追わないことが、答えを物語っていた。
「ったく、これで濡れ衣でも着せられようモノなら、たまったもんじゃねえよ」
「安心しろ。お前はここで死ぬ」
四人目と五人目が槍をかまえた。
雰囲気からして、刺す気満々だ。
「我らの罪、被ってもらうぞ!」
おれの心臓めがけて、槍が繰り出された。