184話 勇者を嫌う姫がさらわれた
「師匠!」
開いた扉から、元気な声が響く。
それはユウキのもので間違いないが、一応確認しよう。
「師匠! その節は大変お世話になりました!」
振り返ったおれのもとに、ユウキがまっすぐむかってくる。
足取りも軽く、顔には満面の笑みが広がっていた。
牛との戦いで受けたダメージも抜けたようでなによりだが、発言からしてまだ本調子ではない。
そうでなければ……
「師匠! 師匠!! 師匠!!!」
と連呼しながら、おれの周りをうろちょろすることはないだろう。
「ハッハッハッ。ずいぶんと懐かれたようだな」
王様は笑っているが、目が一切笑っていない。
リリィにいたっては、無言でおれをにらみつけている。
「師匠! 師匠!! 師匠!!!」
立ち込める険悪な雰囲気など微塵も感じていないのか、ユウキは留まることを知らなかった。
その姿は、帰宅した飼い主の周りを走る小型犬のようだ。
さすがにうれションはしないだろうが、してもおかしくないテンションである。
どう対処するのがいいか迷ったおれは、ガイル、エレン、セリカのパーティーメンバーに目をむけた。
全員がスッと視線を反らした。
(ふざけんなよ!)
殴りたい衝動に駆られるが、それをしてはいけない。
実行すれば、確実に五〇〇〇パルクは貰えなくなるし、犯罪者の烙印を押されてしまう。
(イヤだ。おれはもう、どの異世界でも指名手配はされたくない)
すべて冤罪であり収監されたことはないが、この異世界でもそうであるとはかぎらない。
「とりあえず、落ち着け」
自分にも言い聞かせながら、ユウキの動きを静止した。
「はい!」
「あ~っ、やっぱりね。そうだと思ったわ」
聞き分けがよくて助かるが、べつの火種に着火してしてしまったようだ。
「衛兵。今すぐあいつを取り押さえなさい! でないと、我が国の勇者が連れ去られてしまうわ!」
立ち上がったリリィがそう捲し立てるが、おれにそんな気はさらさらない。
誘拐なんて面倒なだけだし、五〇〇〇パルクを貰うまでは出国する気もない。
「捕まえなさい! あいつは犯罪者よ!」
「マジかよ!?」
とんでもない言いがかりを咎める者がいないのにも驚いたが、騎士団が武器をかまえた衝撃は、それをはるかに上回る。
ただ、むかってくる様子はなく、だれが先陣を切るかで目配せしている。
(ああ、なるほどな)
彼らの多くはおれと王様の模擬戦を目にしており、いかんともしがたいことを理解しているのだ。
「何してるのよ!? あたしの命令が聞けないの!?」
権力者に逆らえるわけにもいかず、数人がため息交じりに突撃してきた。
「お前たち、馬鹿なことをするな!」
「キ~ッ!」
進路にユウキが立ち塞がったのがお気に召さないリリィが、目と口角を吊り上げて地団太を踏む。
その姿はだれの目から見てもご立腹であり、ネックレスもものすごい勢いで揺れている。
(やっぱ気になるな。アレ)
琴線に触れまくりで、目が離せない。
「なに見てんのよ!? ああ、ムカつくわね」
癇癪が爆発したリリィが、床を割る勢いで足を踏み鳴らす。
こうなってしまえば、要求はさらにエスカレートするだろう。
「ガイル、エレン、セリカ! あんたたちが動かないでどうするのよ!」
お鉢が回ってきたことに表情を歪めているが、おれから言わせれば、お前らが拒否すればいいだけだろうが、という話である。
ただそうもいかないらしく、三人はしぶしぶ武器をかまえた。
ユウキも腰の剣に手をかける。
抜く気はないだろうが、その意思がある、と示すことも問題だ。
(はあぁ~、冷静になれよ)
互いの振る舞いからして、本気でやり合うつもりはないだろう。
けど、こうなってしまった以上、いずれ刃を交えるのは確定だ。
(ったく、冗談じゃ済まねえぞ)
筆頭騎士団の内部分裂など、国として許容できるモノではない。
もし仮にそうなった場合、だれかしらが責任を取らなければならない事案である。
「双方止まれ!」
全員が動きを止めた。
リリィからすれば憤懣やるかたない出来事だが、王様の言である以上、文句は言えなかった。
「下らんことで仲間内で争う馬鹿者がいるか!」
『申し訳ありません。陛下』
王様の叱責に、ユウキや騎士団だけでなく、宰相を含めた全員が片膝をついて頭を下げた。
おれとリリィだけはしていないが、その理由は違う。
おれはただ単に乗り遅れただけであり、ふてくされているリリィとは一線を画している。
(いまからでもやろうかな)
ひざを曲げ始めたおれに、王様が鋭い視線をむけた。
(ヤベッ、気づかれた!)
屈伸を装って直立に戻るべきだろうか?
「貴殿には訊ねたいことができた。時間を割いてくれぬか?」
拒否権があるような口ぶりだが、そうではない。
拒めば、いま以上に面倒なことになるのは、火を見るより明らかだ。
「問題ありません。急ぐ旅ではございませんので、気の済むまでご質問ください」
「そうか。素直な協力に感謝する。では、場所を移そう」
「かしこまりました」
「ユウキ、お前も来るのだ」
「仰せのままに」
「他の者はここで待て! だれ一人動くことは許さん! いいな!?」
『はっ! 仰せのままに!』
リリィだけは答えていないが、椅子に腰を下ろしたことで意思を示したのだろう。
玉座から立ち上がり、王様が歩き出す。
その後ろを、おれとユウキがついていく。
むかった先は、王様の執務室だった。
「ふぅ~」
大きく息を吐き、王様は自分の椅子に腰を下ろした。
玉座ほどではないが、革張りの立派な椅子だ。
「余だけ悪いな」
執務室にあるのはその一脚だけであり、おれやユウキの分は存在しない。
「必要なら用意させるが?」
おれとユウキは、そろってかぶりを振った。
「なら、さっそく話をさせてもらおう。まず確認したいのだが、そなたらは師弟関係を結んだのか?」
「いいえ」
おれは間髪入れず否定したが、王様の表情は優れなかった。
納得できていないのだろう。
「ユウキも同じ答えか?」
言質を取るように矛先をむけた。
「はい。ですが、そうなることを望んでいます」
真っ直ぐな視線と返答だ。
そこに駆け引きや虚飾は一切ない。
「なるほど。それほどの器であるか」
「はい。王様が教えてくださった、追いかける背中を見つけたのです」
「ハッハッハッ。それはいい……が、認めてやることはできん」
口ぶりからして、喜んでいるのは間違いない。
けど、それを苦く感じているのも、また本音であろう。
王様の立場を考えれば、なおさらだ。
「難しいことであるのは存じております。しかし、俺の気持ちは変わりません」
「どうあってもか?」
「はい! 師匠を超える人物に出会うことは、未来永劫ないと確信しています」
「その根拠は?」
「ミノタウロスを簡単に退ける強さはもちろんですが、背中の大きさは王様を超えるモノでした」
真剣なやりとりが交わされているようだが、おれを蚊帳の外に進める会話ではない。
このまま放置すれば、なし崩し的に師弟関係を結ばれてしまう気がする。
(ここはガツンと言うべきだな)
そう腹を決めたおれが口を開く前に、宰相が乱入してきた。
「たたたたたた大変です!」
それは「た」の多さでわかる。
問題は、どう大変であるのかだ。
「ひ、姫様がさらわれました」
国家の一大事だった。
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