182話 勇者対筆頭騎士~模擬戦
場所を訓練場に移したおれと筆頭騎士は、一〇メートルぐらいの距離をあけて向かい合っている。
謁見の間にいた騎士や文官のほとんどは職務に戻ったようで、訓練場についてきた者たちは少なかった。
もちろん、姫も不在だ。
いるのは、ガイル、エレン、セリカを筆頭に、王族騎士団に所属している者たちがほとんどではなかろうか。
いざとなったら、この身を賭してでも停める!
言葉にせずとも、トップを守ろうとする異常な緊張が伝わってくる。
(そんな大ごとにはならねえだろ)
「今から行うのは手合わせであって、殺し合いではない。それを重々肝に銘じていただきたい」
筆頭騎士も、おれと同じ考えのようだ。
(まあ、当然だよな)
お互いこんなところで傷を負っても、得るモノはなにもない。
はずなのだが……筆頭騎士からは猛獣のような気配が立ち昇っている。
「これは模擬戦である」
その宣言は、まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。
いや、戦いたくてうずうずしているのが手に取るようにわかるのだから、実際そうなのだろう。
(なんかアレだな。地球育ちの戦闘民族みたいだな)
強いやつと戦うことに、高揚感が抑えられない様子だ。
(あ~っ、ヤベッ。テンション下がってきた)
いまさらだが、なにをしているんだろう? 的な感覚に陥ってしまった。
謝礼のためだが、逃げ出したい。
「さあ、始めるとしようか」
筆頭騎士が、スッと腰の剣を抜いた。
「実力を発揮するには、愛刀が一番だ」
冗談じゃない。
真剣で斬り合えば、ケガは免れない。
「こ、こちらをお使いください」
慌てて、ガイルが木刀を二本放った。
一本はおれが掴み、もう一本は筆頭騎士の空いた左手に収まる。
(よかった)
筆頭騎士も、真剣を使う気はなかったようだ。
(にしても、軽いな)
二、三回振ってみたが、竜滅刀のように手に馴染む感覚がない。
下手をすれば、すっぽ抜けそうだ。
「準備はいいか?」
「ちょっとだけ時間をください」
いまにも飛び掛かってきそうな筆頭騎士を制し、木刀を振り続ける。
(ちょっとはマシになってきたな)
違和感は拭えないが、軽い模擬戦ぐらいなら大丈夫だ。
「まあ、こんなとこですかね。よし。やりましょう」
あまり待たせても悪いので、おれはオッケーを出した。
「では、参らん!」
筆頭騎士が、一足飛びで間合いを詰める。
「ふんっ!」
「そっちは反則でしょうが!」
全力で振り下ろされた真剣を、跳び退いて躱した。
「ハッハッハッ! スマン! わざとだ!」
確信犯であることを認めるのは立派だが、反省の色がうかがえないのはよろしくない。
「後二、三回は、ハンデとして認めてくれ」
言ってる間に、その二、三回はとうに行使されている。
それでもやめるつもりはないのだから、約束を守る気などない。
(木刀じゃ太刀打ちできねえし、おれも抜くか)
「それは反則だぞ」
筆頭騎士は心を読んだわけじゃない。
右手から左手に木刀を握り返そうとしたおれの動きを、見逃さなかっただけだ。
「まったく油断も隙もないやつだ。これはハンデと言ったではないか!」
「おれはそれを認めてないですよ」
「バカ者! 対等な条件でやったら、余に勝機などないではないか!」
「勝ちたいならそう言ってくださいよ。見事に敗者を演じてみせますよ」
これはウソじゃない。
のんきに会話を交わしているように思われるかもしれないが、いまなお筆頭騎士の斬撃は続いているのだ。
しかも、真剣と木刀の二刀流で。
「ハッハッハッ! それでは面白くない!」
「十分面白そうですよ」
「ああ、愉快だ! こんなに愉快なのは、記憶にないぞ!」
「でしょうね」
最初に交わした言葉使いがウソのようだ。
こちらが素なのだろうが、それにしても変わりすぎである。
(とはいえ、似合ってるのは、こっちなんだよな)
違和感がないどころか、野性味あふれる風貌とベストマッチしている。
(さて、どうしたもんかな?)
狭い訓練場で筆頭騎士の鋭い斬撃を避け続けるのは、簡単ではない。
しかも、相手は訓練場での戦いかたを熟知しているようで、巧みにこちらを隅へ隅へと誘導している。
逃げの一手を選択し続けるにも、限界が近い。
(風波斬……はダメだろうな)
木刀でも撃つことは可能だし、牽制にもなる。
けど、筆頭騎士が対応できなければ、大けがを負わせてしまう可能性が高い。
(それはよくないよな)
謝礼をもらい損ねるだけでなく、治療費を請求されかねない。
(んじゃ、どうすっかな?)
関係ない方向に撃てばケガをさせることはないが、壁際には騎士団の連中が散らばっており、ここなら安全という場所がなかった。
(……まあ、一声かければいいか)
やらないことには、こちらが危ない。
「あ~、これからとある技を繰り出します。射線上にいるみなさんは、避難をお願いします……」
アナウンスと同時に放つことはせず、一拍の間をあけた。
おれの言葉を理解し、行動する時間を与えたわけだ。
「風波斬」
最小の力で木刀を振った。
放たれた斬撃は筆頭騎士の横を通り過ぎ、壁に激突する……はずだった。
(マジかよ!?)
あえて狙いを外したのだが、筆頭騎士は自分にむけて攻撃すると勘違いしたらしい。
(射線上と言ったのがマズかったのかもな)
向かい合った状態は危険、と判断したのだろう。
「ちっ」
舌打ちをしながら、横に飛び退くという、予想外の動きをみせた。
回避行動は当然のことであり、咎めるつもりはない。
しかし、おれの動きを観察していたならば、その必要がないことも理解できたはずだ。
どこで互いの認識がズレたのかは謎だが、風波斬が筆頭騎士の真横を通り過ぎることになったのは、覆しようのない事実である。
「あっ!?」
「んぬっ!?」
最悪の事態は避けられたが、おれと筆頭騎士は同時に声をあげた。
カラン
おれの風波斬が、筆頭騎士の剣を真っ二つにしてしまった。
刃が真ん中から折れたそれは、もう使い物にならない。
『うああああああああああああ!!』
「宝刀が折れたっ!」
「嘘だ! 信じられん!」
見物の騎士団が絶叫し、パニックに陥っている。
ぶっちゃけ、おれも同じだ。
(宝刀!? 宝刀って言ったよな!? なんでんなもん、持ってきてんだよ!?)
わざとではないが、賠償を請求される恐れがある。
(逃げるか!? それしかないよな。うん。謝礼はあきらめよう)
瞬時に結論を出して実行しようとしたが、
「これしきのことで騒ぐでない!」
それを留ませる声が響いた。
「ですが王……」
口を開いた男がいたが、筆頭騎士ににらまれた瞬間、言葉を飲み込んだ。
(気持ちはわかるよ)
圧力を超えた気迫を感じる。
それは位の高い者だけが有す、オーラと評してもいいのではなかろうか。
(あ~、どうしたもんかな?)
筆頭騎士は騎士じゃない。
もっと高い地位にいる御仁なのだ。
彼がなんで模擬戦をしているのかは謎だが、ますます傷を負わすわけにはいかなくなってしまった。
「はぁぁぁぁ、馬鹿者のせいで興が殺がれてしまったではないか」
盛大な溜息も気になるところではあるが、なんとなく殺される可能性があったような気がしてならない。
「んじゃ、終わりにしましょうか」
「いや、まだだ」
早々に幕引きを図りたかったが、そうは問屋が卸さなかった。
「最後に一刀勝負をしよう。もちろん、得物はこちらだ」
木刀が掲げられたのは安心だが、周りはやってほしくなさそうな表情を浮かべている。
(気持ちはわかるよぉ)
けど、受ける以外の選択肢は用意されていない。
もし仮におれが断っても、問答無用で斬りかかってくるだろう。
「わかりました。やりましょう」
「ハッハッハッ。話が早くて助かる。では、さっそくいくぞ」
筆頭騎士が両手で木刀を握り、大上段にかまえた。
おれは居合い抜きのように、腰だめに木刀をそえる。
「ふんっ!」
裂ぱくの気合いとともに、木刀が振り下ろされた。
速さも威力も申し分ない。
先手を取ったことも、筆頭騎士の優位に働くだろう。
(おれが相手じゃなければ、な)
一秒にも満たない遅れをリカバリーするなど、造作もなかった。
「よっ」
軽く振っただけで、それは実現された。
振り下ろされた木刀と、おれが斜め上に薙いだ木刀がぶつかる。
手応えはなかった。
豆腐を切るように、筆頭騎士の木刀は二つになった。
「いや、参った」
筆頭騎士が敗北を宣言したことで、模擬戦は終了した。