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181話 勇者は謁見する

 あれよあれよという間に、おれは謁見の間まで来ていた。

 数百人規模の式典や舞踏会を催しても余りある大広間の両サイドには、文官や騎士がズラリと並んでいる。

 ガイル、エレン、セリカの姿は確認できた。

 けど、ユウキの姿はない。


(治療でもしてんだろうな)


 深い傷は負っていないと思うが、軽傷は数あるはずだ。

 相手がミノタウロスだったことを思えば、実は重症だった……ということもあるかもしれない。


(大丈夫……だよな?)


 せっかく助けのだから、死なれたりしたら寝覚めが悪い。


「あの」

「そこで片膝をついてお待ちください」


 質問しようとしたおれを遮り、文官がそう指示した。

 謁見が始まるのだろう。

 おれは指示された通りの姿勢をとった。

 ちなみに、おれがいるのは謁見の間の入り口近くだ。


「国王陛下のお成~り~」


 全員が一斉に頭を垂れた。

 もちろん、おれもそれにならう。


 カツコツカツコツ


 ゆっくりな足音ではあるが、重厚さを感じさせる。


(これが王様の迫力か……あれ!? なんか緊張してきたな)


 鼓動が速く、手のひらに汗が浮かんでいる。

 一流企業の重役とも何度か席をともにしたことはあるが、こんなことはなかった。


(まあ、あの人たちは王族じゃないしな)


 上場企業だなんだといったところで、特別な存在であるわけではない。


(でも、ニナにも緊張しなかったけどな)


 魔法皇国トゥーンの王女であるニナと仲良く会話をした経験があるのだが、あれは例外なのだろう。


(まあ、格好は普通の妊婦だったし、場所も貧相な家だったからな)


 ニナが正体を明かしてくれなければ、王族とは思わなかったかもしれない。

 それに引き換え、いまは王城にある謁見の間にいるのだ。

 緊張するな、というほうが無理である。

 ドサッと着席した感があった。


「続きまして、王女様のお成~り~」


 カツカツカツ


 これはヒールが床を叩く音だ。

 聞き馴染みがあるおかげか、おれの心も落ち着いていく。


 カツカツカツ


「あれがそうなの? うさん臭いわね」


 小声のつもりなのだろうが、しっかり聞こえている。


(まあ、靴音が響くくらい静かだからな)


 声のボリュームを間違えたのだとしても、責められない。


「一同、面を上げよ」


 左右のメンツが動いた気配がしたので、おれも顔を上げた。


(うおっ!? マジかよ)


 靴音からして屈強な王様を想像していたが……立派な玉座に座っている人物は、鶏ガラのようにやせ細っていた。

 遠くからでも意匠が施された高級品を身につけているのはわかるが、重さを感じないせいか、軽装に見えてしまう。


(あの重厚な足音は、隣りの大柄な騎士のモノだな)


 玉座の横に、立派な体躯の男が立っている。

 野性味あふれるワイルドなあごひげに注目してしまうが、精悍な顔立ちも印象的だ。

 シンプルな鎧で覆われた上半身はわからないが、下半身のムキムキ具合からして、それと同じか、それ以上であることは想像にかたくない。


「謁見人、陛下の御前へ」


 赤絨毯の上をゆっくり進む。

 ズンズン行かないのは、相手の言う御前が視界に収まる範囲で止まれなのか、手の届く位置まで来い、なのかがわからないからだ。


「そこまで!」


 玉座に続く三段ある階段の前で、静止を促された。

 もちろん、それにも従順に応える。


「汚い恰好ね」


 王女様が眉をひそめた。

 その通りだし反論するつもりもないが、騎士が王様に耳打ちしたのは気になった。


「ふぉっふぉっふぉっ、そんな風に言うものではないぞ。我が国は冒険者がいかような者か十二分に理解しておるし、敬意を欠くような振る舞いは許されん」

「ふんっ!」


 たしなめられたことがお気に召さなかったのか、王女はそっぽをむいてしまった。

 やれやれといった空気が流れる中、またも騎士が王様に耳打ちをした。


「ふぉっふぉっふぉっ、気を悪くしたなら私が代わりに謝罪するが、いかがかな」

「必要ありません」


 王族に頭を下げさせるなどもってのほかだ。

 そんなことを要求したら、いらぬ軋轢しか生まない。


「ふぉっふぉっふぉっ、では本題に移らせてもらおう」


 騎士が一歩前に出た。


「部下からの報告で、貴殿が成生という名だと聞き及んでいるが、相違ないだろうか?」


 会話の主導権が、王様から騎士へと渡された。


「はい。その通りです」

「では、成生と呼ばせていただくがよろしいか?」

「もちろんです。ここに出席されているどなた様も、お好きに呼んでくださってかまいません」

「感謝する。早速だが、おれと手合わせをしてもらおう」


 …………


 事態がうまく呑み込めない。

 謝礼を貰うつもりで来たのだが、シナリオはまったくべつの方向に進んでいるようだ。


「城の裏に小さな訓練場があるので、そこでやろう」


 やる感じでグイグイ話が進んでいる。

 正直、ついていけない。


「王……族近衛騎士団筆頭のあなたが、何をおっしゃっているのですか!?」


 宰相っぽい役人が口を挟んできた。

 それ自体は気にならないが、変な間が空いたのは気になる。


(まさか……役職を忘れた、なんてことはねえよな)


 特別高い地位に就く者は、相手への気配りを欠かさない。

 仲が悪ければその範囲外なのだろうが、雰囲気からしてそんな感じはしない。

 むしろゲフゲフとせき込んでいる様子からして、驚いてむせたと考えたほうがしっくりくる。


「いいではないか。もし報告通りであるなら、相応の謝礼をしなければならんのだからな」


 騎士も気にした様子がなかった。

 確定だ。

 二人はいがみ合ってなどいない。

 しかも、会話から謝礼が貰えることも確定した。

 報告通りなら、増額も望めるらしい。


(キテる。確実にキテる)


 流れは、間違いなくおれに傾いている。


「では、成生の意思を確認しようじゃないか。彼が嫌がるのなら、この話はなしだ」


 全員の視線がおれに突き刺さる。

 やるのか!?

 そんな心の声も聞こえてくる。

 相手は王族近衛騎士団筆頭で、まず間違いなく強い。

 ケガをするだけでなく、ケガをさせてしまう可能性だってある。

 安全を第一に考えるなら、やらないほうが無難だ。

 けど、やらなければ謝礼が貰えない可能性だってある。


「おれでよければ、喜んでお相手させていただきます」


 選べる選択肢は、その一択のみだ。


『おお~っ!』


 どよめきのような歓声があがった。


(あ~っ、間違ったかもしんねえなぁ)


 獰猛そうな笑みを浮かべる騎士が立ち昇らせる闘気は、おれにそう思い直させた。


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― 新着の感想 ―
これは……勝負を挑んできた方が本物の王様だったりするのでは。 度々、耳打ちしていたのはこう答えるように、と指示を出していたっぽいですし、最初から王様だと言うと戦って貰えないので立場を偽った、的な。 宰…
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