180話 勇者、街に入る
現状、おれは馬車で王都にむかっている。
ガタゴト揺れる車内は、お世辞にも乗り心地がよいとは言えない。
けど、それは大した問題ではなかった。
(はぁぁぁ)
春を感じさせるほがらかな気温と、窓から吹き込む風は非常に心地よい。
(外は問題ないんだよな)
問題があるのは……同乗しているガイル、エレン、セリカのほうだ。
みな一様に表情が硬く、ガチガチに力んでいる。
その原因がおれであることは、理解している。
少し身じろぎしただけでビクッと反応するのだから、勘違いのしようがない。
(爆弾処理班みたいだな)
それぐらいの緊張感が伝わってくる。
(けっこう友好的に接してきたはずなんだけどな~ぁ)
体を張ってユウキやセリカを助けたのだが……それがいけなかったのかもしれない。
(あの牛……強いんだろうなぁ~)
いまならわかる。
あのミノタウロスという怪物は、簡単に倒していい魔物ではないのだ。
対処を間違えれば、都市や国が滅んでもおかしくない脅威をはらんでいる魔物なんだと思う。
(それを跳び蹴り一発だもんなぁ~。ありえねぇよなぁ~)
いまさら後悔しても遅いが、あそこは自重するべきだった。
(でも、やっちまったもんなぁ~)
ときを戻すことのできないおれには、どうすることもできない。
けど、気づくことはできた。
ユウキが殿を務めた際の騎士たちの混乱。
ミノタウロスとユウキが戦った現場を見に行こうと提案したとき、ガイルたちが示した驚きのリアクション。
それらすべては、ミノタウロスが脅威だからこそ、生まれる反応であったのだ。
(第一印象が違ければなぁ~)
もっと凶悪で、一目で悪災だと理解できるフォルムをしていれば、対処のしかたも変わったはずだ。
(短足だし……野良だし……雑魚だと思うじゃん)
偏見丸出しだが、間違ってもいないからややこしい。
この世界の人間にとっては脅威であっても、おれにとっては雑魚なのだ。
(マジでもうちょっとがんばれよ、牛)
あっけなく散ったミノタウロスを鼓舞するが、あいつはもういない。
そして、これは現実逃避にほかならなかった。
(早く着かねえかな)
気まずくてしょうがない。
「もうすぐ着きますので、ご準備をお願いします」
願いが叶ったようだ。
しかし、手放しには喜べない。
「準備ってなに? ドレスコードでもあるの?」
だとしたら、無理だ。
服は着ているモノだけだし、買う金もない。
「ガイル、それでは説明不足です。端折らずきちんと説明してください」
「ボクも同感」
「なら、お前たちがすればいいだろう」
エレンとセリカの苦言に、ガイルが剣呑な視線を返した。
『むっ!?』
三人の視線が絡み、先に逸らしたやつの負け、みたいな雰囲気を醸し出している。
バチバチするのは勝手だが、準備にも時間を要するのだから、説明を先にしてほしい。
「あ~、ガイルくん。悪いけど、教えてくれるかな」
「ええっ!? オレですか!?」
目ん玉が飛び出るんじゃないかというほど驚く様は、指名されると思っていなかったのだろう。
「もうすぐ着くんだろ。その前に、準備は終わらせたいからさ」
「そうですね。わかりました。お話しします。えっと……」
……話すといった割に、ガイルは口をつぐんでしまった。
「失礼ですが、お名前をうかがってもよろしいですか?」
そう言われれば、名乗った覚えがない。
「成生。それがおれの名前だよ」
あえて苗字は告げなかった。
理由は、馬車に同乗する三人が、苗字を名乗っていなかったからだ。
もしかしたら、この世界には苗字が存在しない可能性もあるし、苗字があるのは貴族や王族だけ、などの縛りも考えられる。
もしそうであるなら面倒なことこの上ないし、最悪他国の間者を疑われるかもしれない。
「ナルオさん、あちらをご覧ください」
ガイルに変わった様子はなかった。
ただ単に、名前を知りたかっただけなのだろう。
「あの先にフレア王国王都フレアメルクがあります」
だんだんと近づいている巨大な門が入り口だ。
そこまでなら、後数分もかからない。
「王都に到着後、王様に謁見していただくことになるのですが、我が国の取り決めに従い、王女様もご同席されると推察されます」
(マジかよ!?)
とんでもない大物と対面するらしい。
「けどいいのか? おれみたいなどこの馬の骨かもわからない旅人が、そんな場に出て……ああ、だから準備がいるのか」
合点がいったが、ガイル、エレン、セリカが、揃ってかぶりを振っている。
「我が国は冒険者が興した経緯があり、立場によって態度を変えることはありません」
すばらしいことだ。
けど、それを鵜吞みにするほど、お人好しではない。
たとえば、他国の外交官と、野良の冒険者の扱いが同じであるわけがないのだ。
外交の重要度が増せば増すほど、扱いは丁寧にならざるをえないし、それが国益になるのだとしたら、なおさらである。
それに引き換え、どうあっても野良の冒険者など、扱いが低いに決まっている。
おれ個人の偏見も合わさるが、王族と対面できるだけでも褒美になると考えても不思議ではない。
そしてなにより、野良の冒険者を外交官並みに扱えば、騎士団や市民が黙っていないだろう。
「国のために働く騎士団が、野良の冒険者より冷遇されていいわけがない!」
最終的にはそんな不満が爆発し、暴動を起こしたとしても不思議ではない。
身内を冷遇し、外様を厚遇するなどといった蛮行を、治世者がするわけがないのだ。
(じゃあ、どんな準備がいるんだろうな?)
おれには、一つの可能性が浮かんでいる。
「もしかしてだけど、これから会う御仁は、感情屋なのか?」
小さく、ほんの少しだけだが、三人がうなずいた。
正直、注視していなければ、気づけなかっただろう。
(あ~っ、そうなのか。めんどくせえ相手なのか)
ここで降ろしてくれ、と言っても無駄だ。
なにせ、おれたちはいまこの瞬間、門をくぐってフレア王国王都フレアメルクに入ったのだから。