179話 勇者は牛にとどめを刺す
ユウキは馬車に乗せられ、静かに走り去っていった。
座席に横たわらせる様子や走り出すスピードからして、ものすごく大事に扱われているのがわかる。
ユウキも信を置いているようなので、双方にとって大事な存在なのだろう。
問題があるとすれば、そこにおれが含まれないことだ。
あんなにも穏やかだった空気が、ユウキがいなくなった途端、豹変した。
なぜか全員が、おれに対して鋭い視線をぶつけている。
「少し、話をさせてもらってもよろしいだろうか?」
ガイルの声には、緊張が色濃く含まれていた。
(んん!?)
さっきまでの堂々とした姿は、どこに消えてしまったのだろう。
額に汗をかき、若干だが言葉使いも丁寧になった気がする。
急に緊張するような変化は起きていないはずだが、エレンやセリカの額にも汗が浮かび、眼球が忙しなく動いている。
おれが気づかないだけで、なにかは起こっているようだ。
(トイレをガマン……してるわけねえよな)
三人同時にもよおす、とは考えづらい。
(う~ん。わからんな)
悩んでもしかたないので、ここは話を進めてみよう。
「もちろんいいとも。で、なにが訊きたいんだよ」
相手に合わせるならもう少し固い口調にするべきだろうが、おれはあえてフランクな言葉遣いを選んだ。
敵意はない、という意思表示なのだが、伝わるだろうか。
「貴殿がおぶっていた少年。名をユウキというのだが、彼と出会った時の状況を教えていただきたい」
心の距離は開いたままだが、声にはホッとしたようなニュアンスがあった。
このまま会話を続ければ、いい関係が築ける、かもしれない。
「この道を少し戻ったところで、二足歩行の牛みたいなモンスターとユウキが戦ってたところに出くわしたんだよ」
「貴殿から見て、その戦いはどうであった?」
「五分かな。ただ、牛の油断もあったから、実際はユウキが不利だったんじゃねえかな」
「そうか。では、決着はどうなりました?」
「ユウキが生きてるんだから、ユウキの勝ちだよ」
どよめきが起きた。
「さすがはユウキ様」
「成長が留まる気配がないな」
聞こえる声の大半は肯定的な意見が占めているが、
「疑うべきではないが、そんなことがありえるのか?」
「早馬の話では、ユウキ様の苦戦が伝えられていたはずだ」
といったような、懐疑的な意見も耳に届く。
「信じられないなら、見てくればいいじゃねえか」
!!!!!!!!
なぜか、全員が両目を見開いて上体をのけ反らせた。
「その場に行けと……おっしゃるのか!?」
ガイルの顔中から、滝のような汗が噴き出した。
若干、顔色も悪くなった気がする。
「そのほうが早いだろ」
「な、なるほど……ご、ご一緒していただけますか?」
「ああ、いいよ」
同行するのは問題ないが、せめて口調だけでも統一してもらえないものだろうか。
へりくだって接すればいいのか、フランクなままでいいのか、計りかねる。
…………
「こっちだよ」
いつまでたってもだれも歩き出さないので、おれが先導することにした。
「あそこだな」
少し先に牛が横たわっているのが確認できた。
「嘘でしょ!?」
まず魔法使いのセリカがおれを抜かし、
「危ないですよ」
僧侶のエレンは止めようとそれに続く。
(んん!?)
ピクッと牛が動いたように見えた。
「止まれ! そいつはまだ生きているぞ!」
ガイルもおれと同じ意見のようだ。
しかし、セリカはもう牛のすぐそばまで近づいており、どうすることもできない。
「ブモオオオオオオ!!」
牛が勢いよく起き上がった。
鳴き声から、相当怒っているのがわかる。
「あっ……あっ……あっ」
尻もちをついたセリカに、
「ブモオオオオオオ!!」
牛が拳を振り下ろした。
「ブースト」
身体向上をかけなくても間に合うとは思うが、万全を期すに越したことはない。
「いよっ」
地を蹴ったおれは、一足飛びで牛に迫る。
「ヤベッ! ギリギリだ」
セリカを助けるには、抱えて横っ飛びするしかない。
「そりゃ」
電車やトラックに轢かれそうな子を助ける主人公の絵面である。
唯一の違いは、脅威が牛であることだけだ。
「大丈夫か?」
セリカがコクコクとうなずく。
「それはよかった。んじゃ、いっちょやるか」
踵を返して、牛と対峙した。
「ブモオオオオオ」
牛は地面に落ちていた斧を掴んで暴れようとしているが、
「面倒くせえのはお断りだよ!」
そうなる前に渾身の跳び蹴りをぶちかました。
「ブモッ」
小さく鳴いた牛が大の字に倒れ、動きを止めた。
「どれどれ」
今度はちゃんと確認しようと手を当てるが、どこに心臓があるのかわからない。
もっというなら、この牛はおれが知る地球の牛と同じ場所に臓器があるのかも謎だ。
こんなときは、わかる者に頼ったほうがいい。
「こいつの生死って確認できるかな?」
「はっ、はい! ただいま参ります」
大慌てでエレンが駆け寄ってきて、牛に手をかざした。
放出された魔素が牛を覆い、ニュルニュルうごめいている。
その様子は不気味だが、触診のように見えなくもない。
「間違いなく、絶命しています」
エレンの宣告に、大きな歓声があがった。
(もしかして……この牛って、ものすごく凶悪なのか?)
でなければ、ガイルや騎士団がこれほど喜ぶことはないだろう。
(マズったかもしんねぇな)
いまはまだ身軽なままでいたい。
でないと、なにかあったときに、身動きが取れなくなってしまう。
「ユウキに感謝だな」
おれが漏らした一言に、全員がポカンとした表情を浮かべた。
なぜここでユウキの名前があがるんだ?
口にこそ出していないが、全員がそう思っているに違いない。
言い出しっぺでなければ、おれもそう思うだろう。
しかし、ここはなんとしても、乗り越えなければならない。
「最後の力を振り絞って暴れたようだが、ユウキから受けたダメージが深かったんだろうな。安静にしていれば生き永らえることも可能だったかもしれないが、感情に任せて暴れた結果、事切れたようだ」
「いえ、あなたの一撃が致命傷」
「だまらっしゃい!」
エレンを一喝し、おれは言葉を続ける。
「事実、最後の跳び蹴りは牛になんのダメージも与えていない。せいぜいがバランスを崩す程度だ」
「いえ、間違いなく」
「手応えの無さはおれが一番理解している! あれはたまたまだ! そして、ユウキの善戦に感謝だ!!」
まだあきらめていないエレンの口を塞ぐように、大声で被せた。
パワープレーにほかならないが、騎士団からは「おお~! そうだったのか」みたいな声もチラホラ聞こえる。
(イケる!)
畳みかけるならいましかない。
「落ち着け! 皆の者! まずは確認が第一だ」
おれが口を開く前に、ガイルがそう叫んだ。
「そうね。そうしましょう」
セリカも立ち上がって、うなずいている。
「エレン。そいつはミノタウロスで間違いないか?」
「あっ、はい。間違いありません」
いまだ納得しておらずチラチラおれを見てくるが、エレンは大きく首肯した。
「素材としては使えるか?」
「傷が大きい正面部分は難しいですが、それ以外は大丈夫です」
「よし! では、セリカと一緒に腐敗処理を急いでくれ」
「了解しました」
「オッケー」
エレンが魔素でコーティングしたミノタウロスを囲むように、セリカが氷の柱を立てていく。
その際にも、おれを見てコソコソ話している。
「お前たちはミノタウロスを王都まで運ぶ準備をしろ」
「はっ! 直ちに」
おれの出る幕はなさそうだ。
このままトンズラしても、問題ない。
(ザ・エアー)
空気になって一歩、二歩後ずさったところで、
「どこに行かれるのですか?」
ガイルに咎められてしまった。
「作業の邪魔にならないように、離れようと思って」
「お気遣いありがとうございます。ですが、その必要はありません」
丁寧になった口調が怖い。
(絶対になにか企んでるぞ。こいつ)
おれの防衛本能が、危険信号をキャッチしている。
「ユウキやセリカを助けていただいた御恩もありますので、王都までご足労願えませんか?」
思惑があるのは、一目瞭然だ。
それに巻き込まれないことを第一にするなら、断るべきだろう。
「旅の続きがあるので」
とかなんとか言えば、逃げることは可能だ。
追って来ようにも、おれについてこれる人材はいない。
けど、この誘いを断るつもりはなかった。
なぜなら、お礼がもらえそうだから。
毎度のことながら無一文だし、謝礼を貰うくらいは許されるはずだ。
(ユウキやセリカを助けたのは、事実だからな)
胸を張って受け取り、ヤバイと思ったらそのときに逃げよう。
「王都まで案内してくれるなら、喜んで行かせてもらうよ」
さわやかな笑顔で、おれは同行を受け入れた。