178話 勇者とフレア王国第一師団
(あ~あっ、やっちゃまったよ)
こんなはずじゃなかった。
決闘に水を差すつもりは、微塵もなかった。
(まあ、死ぬ間際までいったら代わってやろう、とは思ってたけどよ……)
最悪の結果を、なんとも中途半端なタイミングで成し遂げてしまった。
(怒ってたりしないよな?)
恐る恐るユウキを見ると、寝ころんだまま、ものすごい形相でおれを凝視している。
よくわからないが、そこには複雑な感情が内包されている気がしてならない。
(逃げるが勝ちだな)
なんとなくだが、ここにいたら面倒に巻き込まれる気がする。
いや、これはすでに確信だ。
(絶対に、面倒臭いことに巻き込まれる!)
そうなる前に、逃げるのがベストだ。
「あの……」
蚊の鳴くような声がした。
発したのはユウキだが、後に続く言葉はない。
顔も伏せ、まるで死んでいるようだ。
(おう!? マジかよ)
さすがに、このままいなくなるのはよろしくない。
生死だけでも、確認しておこう。
近づいて、首筋に手を当てた。
「生きてるな」
脈拍がしっかりとしている。
気持ちが切れて、意識を失ったようだ。
「しかたねえな」
このまま放置というのも気が引けるので、馬車と合流するまで運んでやろう。
「よっこいせ」
背負ってみれば、ユウキが軽く小さいのがわかった。
身長は一七〇センチないし、体重も五、六〇キロだと思う。
けど、装備を外せば、四〇キロ台かもしれない。
健やかに眠る横顔には幼さが残っているし、十代で間違いないだろう。
肩書は知らないが、数いた大人たちを制して牛と戦っていたのだから、重要な役職に就いているに違いない。
「ごくろうさん」
「んんん」
ねぎらいに応えたわけではないが、ユウキはかぶりを振った。
「お前も大変そうだな。でもまあ、いまだけはゆっくりしていいよ」
背中から安らかな寝息が聞こえ始めた。
起こさないよう、おれは歩く速度を少しだけ落とした。
ドドドドドドドド
やたらデカイ足音がする。
土煙があがっている様子から察するに、複数人がこちらにむかっているようだ。
「んん」
ユウキが不快そうな声を漏らしたが、おれには如何ともしがたい。
(でもまあ、静かにしてほしい気持ちは、理解できるけどな)
街道を少し外れるだけで大分違うだろうが、それが意味のあることかはわからない。
もし万が一、迫りくる一団がユウキの仲間なんだとしたら、隠れるような行動は不審そのものだ。
(さて、どうしたものか……んん!?)
悩む必要はなさそうだ。
一団が発する足音が小さくなり、土煙も収まっていく。
けど、前進をやめたわけじゃない。
いまも着実に、おれたちの距離は詰まっている。
たぶん、相手がおれに気づいたのだ。
視力の良いやつがいるのか、遠見のようなスキル、もしくは魔法を体得している者がいるのだろう。
彼らはおれとの戦闘を考慮し、体力の回復や呼吸を整えているのだ。
不戦の意思を示すために両手を上げたいところだが、ユウキをおぶっているため、それはできない。
(理知的なやつらだといいなぁ)
問答無用で斬りかかってくる可能性だって、無きにしろあらずだ。
(頼むぞ~、って、ダメそうだな)
相手の表情が見えてしまった。
かなり険しい。
先頭を進む戦士風の男と、魔法使いと、僧侶風の女性の三人にいたっては、まなじりを高く吊り上げ、こちらを強くにらんでいる。
武器をかまえている様子からしても、友好的でないのは一目瞭然だ。
「止まれ!」
戦士の命令に従い、おれは足を止めた。
お互いの距離は五〇メートルあるかないか。
「貴様、何者だ?」
「通りすがりの冒険者だよ」
「背中の男との関係は?」
「倒れていたところを見つけて、運んでやってるだけだ」
「そうか。その背中の男は我々の関係者だ。引き渡しを要求する」
戦士がウソをついているとは思えない。
一団の後ろに控えている馬車にも、見覚えがある。
おれが見た馬車とは別物だが、車体に刻まれた国旗のような印は同じだ。
とはいえ、はいそうですか、というわけにもいかない。
最低限の確認は必要だ。
「失礼を承知で伺うが、背中の少年とあなたたちの関係を教えていただきたい」
「我らはフレア王国第一師団付きの特務部隊であり、背中の男は師団長である」
ずいぶん立派な肩書だが、姫の護衛を務める立場を考慮すれば、それほどの驚きもなかった。
手に負えない脅威に立ち向かって殿を務めていたのも、師団長クラスの実力者なら納得だ。
ウソはないように感じるが、もう一つだけ確認しよう。
「じゃあ、背中の男の安全は保障されるんだな?」
「当然だ」
戦士だけでなく、魔法使い、僧侶を含む騎士団全員がうなずいている。
これなら問題なさそうだ。
おれはおぶったユウキを芝生の上に寝かせた。
そして、両手を上げたまま後ろに下がる……予定だったのだが、ユウキにズボンの裾を握られてしまい、動けなかった。
軽く足を振ってみたが、解ける気配がない。
(離してくれよぉ)
ユウキが嫌々というように、かぶりを振った。
(こいつ、マジで起きてんじゃねえか?)
疑ってしまうが、規則正しい呼吸と安らかな寝顔は、演技とは思えない。
(ってか、なんでこいつ離さねえんだよ)
慣れ親しんだ人形や毛布が手元にあることで落ち着き手放せない、ブランケット症候群というものが存在するとは知っていたが、これもそうなのだろうか?
(たぶん……違うよな)
出会って数分のおっさんに、そんな効果はない。
「貴殿はずいぶん気に入られたようだな」
「ってことは、これはこいつのクセなのか?」
「クセというより、信頼の証だろうな」
戦士の表情はすごく優しい。
それを目にすれば、いかにユウキが好まれて信頼されているのか理解できた。
「安心しろ。お前と彼の安全は、パーティーメンバーである戦士ガイルと」
「僧侶エレン」
「魔法使いセリカ」
『が保証する』
三人が声をそろえた宣言を耳にした瞬間、ユウキがおれの裾から手を離した。
彼らの絆の深さを認識する光景だ。