177話 勇者は牛をやっつけた
「師匠! お荷物お持ちします」
「いや、いいよ。それより、ユウキの荷物寄こせ」
「師匠に荷物持ちなど、させるわけにはいきません!」
「いや、そうじゃなくて……それじゃ戦いにくいだろ」
ものすごい勢いで迫りくる一団がある。
全員が鎧を着込み、手には抜身の剣や槍を装備している。
遠目で見ても、戦う気満々だ。
「追いついたぞ! いまこそ勇者を惑わす悪しき魔法使いに、鉄槌を下すときだ!」
騎士団の鼻息が、とんでもなく荒い。
「やめろ!」
ユウキが眼前に立ち塞がるが、彼らからしたら、それも想定内だ。
「フォーメーションB!」
『はっ!』
盾役の男たちが、ユウキを取り囲んだ。
「そこを退くんだ!」
ユウキは包囲網を破ろうとするが、盾役は攻撃を受け流し、あるいは受け止めることに専念していて、上手くいかない。
ただ、本来ならこうはならない。
ユウキの実力をもってすれば、どうとでもできる。
それができない理由は、
「くそっ、荷物が邪魔だ」
動くたびに斜め掛けのズタ袋が揺れ、重心が定まらないからだ。
相手にぶつけたり傷がつかないように制御しているせいもあり、ユウキの剣閃はあきらかに鈍っている。
(だから荷物寄こせ、って言ったじゃねえか)
内心でため息交じりにグチるが、それを声に出してはいけない。
不用意に「ふざけんなよ! 言うこと聞けよ!」などと発しようものなら、おれの悪役レベルは上昇し、国際指名手配犯になるだろう。
(毎度毎度めんどくせえけど、今回はとびっきりだな)
それもこれも、全部現地勇者のせいだ。
(あ~、面倒くせぇ)
愚直と評して差し支えない性格も相まって、なかなか思うように動いてくれない。
けど、おれたちは行動をともにしている。
それはなぜか……
理由はおれたちが出会った、五日前までさかのぼる。
新たに降り立った異世界は、平原だった。
馬車街道と芝生が敷き詰められた大地以外は、なにもない。
じっとしていてもらちが明かないので、おれは街道を進むことにした。
「きゃあああああ」
歩き出してから数分も経っていないが、おののく悲鳴と金属がぶつかりあうような音が耳に届いた。
「ブモオオオオオオオ!」
牛の叫び声のようなモノも聞こえる。
『―――――ダ――――だ』
多くの絶叫が重なってうまく聞き取れないが、複数人なのは間違いない。
「一応……見に行くか」
素通りもなんだし、もしかしたら助けてやれるかもしれない。
おれは声のした方向に走った。
「おっ!? あれだな」
巨大な二足歩行の牛がいる。
上背は二メートル以上あり、極端に短い足が印象的だ。
(ゆるキャラみたいだな)
二頭身に近いフォルムはまさにそれだが、リアルな牛面と盛大に漏れる鼻息は、牛以外のなにものでもなかった。
しかも、ガッチガッチの筋肉に覆われた肉体は、ゆるキャラとは似ても似つかない強靭さだ。
「ブモオオオオオオオ!!」
体躯に見合ったバトルアックスを振り回している姿は、危険の一言に尽きる。
「ありゃダメだな」
一振りで、数人の騎士が無残に殺されていく。
攻撃を受けることも、躱すこともできていない。
「姫を遠ざけろ!」
「馬車に運んで逃がすんだ!」
全員の思いは一致しているようだが、肝心の姫様は腰を抜かし、震えることしかできない。
「姫様、お急ぎください」
侍女のような者が抱えようとしているが、焦りも相まって上手くいかない。
腕力のあるやつが代わればいいのだろうが、騎士たちは牛の相手で手一杯で、それどころではなかった。
「それ以上はさせないぞ!」
助けに入ろうとしたおれを止めるように、一人の少年が戦場に現れた。
「でりゃあああああ!」
「ブモオオオオオオ!」
少年が振るった剣と、牛の斧がぶつかり火花を散らす。
『ユウキ様!』
騎士、侍女、姫を含む、全員が安堵の表情を浮かべた。
それだけで、少年の実力と信頼度がわかる。
「ここは俺に任せろ! 生き残った者は、姫を安全な場所までお連れするんだ!」
「ですが……」
「いいから! すぐに行くんだ!」
ユウキと呼ばれた少年と牛の攻防は続いているが、言葉の勢いとは裏腹に、牛に押されている。
「お心遣い感謝します。必ず戻ってきてください」
「もちろんだ。さあ、行ってくれ!」
「はっ!」
戦場にユウキを残し、姫様一行は馬車で逃げていった。
「ブモオオオオオオ!」
獲物を逃がしたことに腹を立てるが、牛に馬車を追う気配はなかった。
「ブモオオオオオオ!!」
まずは、目の前のユウキを片付ける気でいる。
それもわからないではない。
現状、牛が優勢だ。
あと数度撃ち合えば、致命傷を与えることができるだろう。
「ぐっ……くそっ」
不利を理解しつつも、ユウキの瞳や立ち振る舞いに、影が落ちる気配はない。
「逆転の必殺技でもあんのか?」
「ブモオオオオオオオ」
「竜牙突!」
牛が渾身の力で振り下ろした斧と、ユウキが放った突きが激突した。
「ブモオオオオオオ!」
「ふぬぬぬぬぬぬぬ!」
一見互角の押し合いに見えるが、筋力で上回る牛が優勢だ。
「ぐああっ」
案の定、ユウキは弾き飛ばされてしまった。
「ブモモモモモモ」
力比べに勝って、牛は満足そうに肩を揺らしている。
しかも、見下ろす、というより、見下す、と表現するのがピッタリな視線のおまけつきだ。
(絶妙に腹立つな)
「くそっ」
ユウキは立ち上がろうとしているが、思いのほかダメージが深いらしい。
手足に力が入らないのか、上半身を起こすことすらできなかった。
「ブモッモッモッモッ」
牛は心底愉快そうだ。
「ブモッ!?」
急に首を傾げ始めたが、どうしたのだろう。
「ブモ!? ブモッ!? ブモモモモモモ」
急にキョロキョロしだした。
その姿は、なにかを探しているように映る。
「ブモ~ッ!!」
見つけたようだ。
牛ははるか先をいく馬車をロックオンしている。
「ブモブモブモ」
追いかけようにも、その短い脚では到底追いつけない。
「ブモッ! ブモッ! ブモッ!」
地団太を踏んだところで、無理なものは無理だ。
「ブ~モッ」
ひらめいたらしい。
それがなにかは、訊かなくてもわかる。
ブンブンブンと斧を回転させているのだから、投げるのだろう。
「ブンモ~ッ!!!!」
ハンマー投げのように遠心力をくわえての投擲だった。
「当たるな」
見事としか言いようがない。
数秒後には、馬車とそこに乗るお姫様は、粉みじんになるだろう。
唯一の誤算は、おれがいたことだ。
「ブースト」
身体向上を施し、一瞬で斧に追いついた。
「あらよっと」
柄を掴んで、牛に投げ返す。
「ブモッ!?」
予想外だったらしく、牛は自らに迫る斧を避けたり受け止めることができなかった。
結果……斧が直撃し、牛は動かなくなった。