18話 勇者は隠し通路に飛び込んだ
「あの子が……こんな簡単にやられてしまうなんて。何者ですか? あなたは」
驚愕に表情を強張らせてはいるが、神官は冷静だ。
なにが起きても対処できるように、ねっとりと絡みつく視線でおれを観察している。
「いえ、訊いても無駄でしょうね。仕方がありません。あなたのような存在がいるなら、この世界は諦めましょう」
かぶりを振って、自己完結してくれた。
納得して諦めてくれるならありがたい話ではあるが、こちらとしては納得できない。
「この世界は、ってどういうこと?」
「それは教えられません」
「なんで?」
「今後、あなたが大きな障害になる可能性があるからです」
「なんか計画してるの?」
神官が口角を上げた。
その表情は笑っているというより、威嚇しているようだ。
バカなふりをして踏み込んでみたが、これ以上は危険かもしれない。
「ふふっ。思った以上に聡明なようですね。ますます、あなたのことが嫌いになりました」
そんな捨て台詞を残し、神官が消えた。
テレポートのときを含め二度目だが、状況から察するに、今度はこの世界から移動したのだろう。
災厄の行方は気になるが、どうすることもできない。
再会することは願わないが、もしあったら、そのとき考えよう。
「あなたとはまたの機会があるかもしれませんので、この子は回収させていただきます」
神官の声だけが聞こえ、大魔王の亡骸が消えた。
むこうも再会を考慮しているようだ。
「はあああ」
意識せず、大きなため息が漏れた。
未来予知などできないし、したこともない。
けど、再会はある、と思う。
重くなった気持ちが、そう告げていた。
「よしっ」
気分を変えるように、おれは柏手を打った。
(あれこれ考えてもしかたがねえよな)
人生はなるようにしかならない。
色々なことが腑に落ちないが、問題がない未来など存在しないのだ。
(とりあえず、不快感が消えたから、よしとするか)
すっきりさわやか、とまではいかないが、不快でない、現実を喜ぼう。
(あっちはどうだ?)
壁にあいた穴から城下を見れば、モンスターたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていた。
人が動いているような気配もするし、小さいが喜んでいるような声も聞こえる。
最悪の危機は脱したようだ。
「少しは守れた、かな」
消失しているのが唯一の幸いだが、ダークネスウェイブの被害は甚大だ。
通過した場所は一目瞭然で、建物、人、モンスターが存在しない。
事情を知らぬ者が見れば、そこだけが整備された綺麗な場所に映る。
(とんでもねえ威力だな)
ただ、二度目に放たれたそれは、そうでもなかった。
おれが細かく裂いたことが要因かもしれないが、大きな被害は出ていない。
玉座の間の四方の壁に穴を開けただけで、その先の部屋や廊下に被害はなさそうだ。
(一応、確認はしておくか)
逃げ遅れや刺客がもいる可能性もある。
おれは方々を確認し、最後に玉座の間の隣にある部屋に移動した。
内装にこれといった特徴はないが、調度品は細工が細かく、見栄えのする物ばかり。
中でも一際目立つのが、豪奢な机だ。
飾りは少ないが、素人目にもいい素材を使用しているのがわかる。
役所のトップや政治家が好んで使用しそうな重厚感があり、ものすごく立派だ。
しかし、目立つ要因はそれだけじゃない。
一番の理由は、机の上に山と積まれた大量の書類だ。
先の戦いで発生した揺れが原因で崩れた書類が床に散らばってなお、机には数十センチの書類のタワーが何本も顕在している。
(これを処理するのに、パソコンがねえんだよな)
おれはこの世界に来て、一番の震えを感じた。
落ちている書類を手に取り、目を通す。
(まったく読めねえな)
象形文字のようなモノが書かれており、ちんぷんかんぷんだ。
ただ、この部屋が執務室であるのは間違いない。
宰相だったらありがたいが、それを知るのは無理だろう。
(…………いや、わかった)
ここは宰相の執務室だ。
よく見れば、部屋の上部には多数の自画像が飾られている。
描かれているのは、神官と情事に励んでいた男だ。
叙任式やなんやのハイライトが描かれていて、そのすべてでピースや裏ピースをしている。
おれの予想ではこれはピースサインではなく、自分はこの国で二番目に偉いのだ、と誇示しているのだと思う。
その根拠は、端に描かれている王様らしき人物が、どれを見ても人差し指を掲げているからだ。
(自己顕示欲の塊みたいなやつらだな)
ほかの連中がそれをしていないだけに、悪目立ちがすごい。
とはいえ双方死んでしまったようだし、これ以上悪く言うのはやめよう。
「まずはやるべきことをやるか」
ここが宰相の部屋であるなら、目的は一つだ。
おれは隠し通路を探した。
すぐだった。
探し始めて数分もしないうちに、隠し通路を発見できた。
(いや、これ……隠し通路って言っていいのかよ)
壁に取っ手があり、それを持ち上げると、大人一人が横になって入れるほどの穴が出現した。
印象としては、隠し通路というよりは避難用滑り台、もしくはダストシュートだ。
(安全なのかよ!?)
試しに部屋にあった小物を落としてみた。
最初こそカンカンカンと音がしていたが、しばらくすると消えた。
出口についたのか、音が聞こえなくなるほど遠くに転がったのか。
どちらにせよ、怖さが増しただけだ。
(大丈夫かな!?)
ジェットコースターを筆頭に、絶叫系の乗り物に特別な拒否感はない。
(あれは安全が担保されているからな)
けど、絶対ではないから、好んでは乗らない。
「現在、城のガラクタ置き場にある宝箱内に籠城した二号を助けるためには、大魔王を倒すほか手立てはありません」
急にサラフィネの言葉が思い出された。
行かねばならないのなら、腹をくくるしかない。
ただ、最後のあがきはしておこう。
ほかの隠し通路はないか入念に捜索しながら、おれは気持ちを整えた。
結果、隠し通路はここだけだった。
「よし。行くか!」
おれは覚悟を決め、足から通路に入った。
暗い中をシャーと滑る。
やったことはないが、ボブスレーなどがこういった感覚なのかもしれない。
体感数十秒で、おれは外に放り出された。
「怖ッ……って、んん!?」
臭い。
外に出て明るくなった周囲を見ると、そこはゴミ捨て場だった。
しかも、壁の外にあったゴミ捨て場だ。
「隠し通路じゃなく……ダストシュートだったのか」
騙された。
けど、悪いことばかりでもない。
着いた先はゴミ捨て場だったが、その一角にはちゃんと宝箱があった。
それを拾った瞬間、おれの手足は色を失った。