閑話 勇者と女神のエトセトラ②
久しぶりの閑話です。
いつも通り、読み飛ばしていただいても問題ありません。
「勇者よ。エンターテイメントを解せぬ勇者よ。少しいいですか?」
「みなまで言うな。わかってるよ。回想が永いんだろ?」
「ええ、正しくその通りです。あまりに永いので、イカ焼きも食べ終わってしまいました」
どこから出したのか、いまは食後のお茶を楽しんでいる。
「けどよかったじゃねえか。一つのヤマは越えたんだからよ」
「確かにそういう見方もできますね。ですが、振り出しに戻った、という表現もできるのではないでしょうか?」
「そんなことはないだろ。きちんと遺恨のあったメティスとは決着をつけたじゃねえか。それに思い返してみろよ。前におれたちがこのやり取りをしたのは、二つ目の異世界から帰ったときだぞ」
…………
「そう言われればそうですね」
一拍の間を置き、サラフィネがうなずいた。
「あれからいろいろあったよな」
脳裏に浮かぶあれやこれ。
「がんばったよな。おれ」
獅子奮迅の活躍である。
「ええ。三つ目の異世界なんて、ちょちょいのちょいでしたものね」
「……いや、おれの記憶が正しければ、何度か死にかけた気がするぞ」
「そんなこともあったかもしれませんが、無事生還したではないですか」
「いや、おれが言いたいのは生還したかしなかったじゃねんだよ。こっちが味わった苦労を、ちょちょいのちょいで表現するな、って言いたいんだよ」
当時のおれからすれば、大冒険だったのだ。
「それは失礼しました。ですが、それも最早記憶の彼方に追いやられ、思い出すことすらままなりません」
「ふざけんじゃねえよ! お前、マジでぶっとばすぞ!」
固く握った拳から、骨がきしむような音がする。
「お怒りはごもっともかもしれませんが、これだけ長い間待たされたのです。すべてを覚えているほうが、恐怖ではないでしょうか?」
その通りだ。
一〇〇を超える話を覚えているほうが異常であり、サラフィネの言っていることに間違いはない。
とは思うが、納得できないのも、また事実である。
「じゃあ、その後のことはどう思ったんだよ?」
落としどころを探るための問いかけである。
…………間が長い。
………………ものすごく長い。
「よく頑張りました。その一言に尽きますね」
「てめえ、絶対に覚えてねえだろ!?」
「馬鹿をおっしゃらないでいただきたい。アレがあったから、今があるのです」
「アレってなんだよ!? 阪●じゃねえんだから、具体的に言えよ」
「はあぁ~」
なぜか盛大なため息を吐かれた。
「勇者よ。自分の功を誇りたいのは理解できますが、褒めよ讃えよ、という姿勢は、品性に欠けるのではないですか?」
「やかましい! ならお前も、回想が永いだなんだで、文句言うんじゃねえよ」
「文句ではありません。事実です」
「それは屁理屈だ。ときにグッとこらえることも、人生には大事なんだよ」
サラフィネが胸の前で、グッと両拳を握った。
それがなにを指し示しているのかは謎だが、小バカにされていることだけは間違いない。
ニヤニヤしているのも、イラつく。
(相手にしたら負けだ)
いちいち反応するから、調子に乗るのだ。
ここは思い切って、無視しよう。
…………
時間が無為に流れる。
「………………」
サラフィネが唇を動かした。
聞こえなかったのではなく、発声していないのだ。
「おまたせしました」
まばたきをするコンマ何秒の間に、男の天使が現れた。
その手には、イカ焼きの乗った皿がある。
「ありがとうございます」
「いえ、御用がありましたら、なんなりとお申し付けください」
空気に溶けるように、男が消えた。
「いただきます」
サラフィネがもしゃもしゃとイカ焼きにかぶりつく。
変化がないようにも思えるが、その表情はたしかにほころんでいる。
(なんかもう、どうでもいいな)
追求するのも無粋な気がしてきた。
「続きを始めるぞ」
「ほねはいします」
たぶん、お願いします、と言ったのだろう。
(ああ、そういえば、あのときも自分勝手なやつが多かったな)
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そして、やっと改訂前を追い越しました。
サラフィネではないですが、永かったです。
次回より新たな異世界に入ります。引き続きお付き合いいただけたら幸いです。