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176話 勇者と女神は契約を結び直す

「横暴すぎます! その判断は到底納得できません!」

「文句があるなら、上級神様に判断してもらおうじゃないか。お願いします!」


 落雷とともに、爺さんが現れた。

 頭頂部がハゲていて、立派なあごひげを蓄えている以外は、どこにでもいる老人に見える。

 クリューンとサラフィネが、すぐさま片膝をついてかしずいた。

 おれも追従すべきなのだが、あえてそうはしなかった。


「君が件の清宮成生か。今回は面倒なことに巻き込んで悪かったね」


 好々爺といった感じだが、鵜呑みにするのは危険だ。

 一代で大企業に昇りつめた、敏腕社長のような雰囲気がある。

 上っ面に気を許して近づけば、喰い物にされて終わりだろう。


「ところで、これはどういうことかな?」

「説明します。上級神様の命により出向いた我々に、清宮成生が暴行を働いたのです」

「…………」


 サラフィネが唇を動かした。

 が、声は発していない。

 反論したいが、できないのだろう。


「間違いないかね?」

「概ねは」

「ほうぅ、否定せぬか。ならば、儂が下す裁定にも異論はないね?」

「ええ、ありません。けど、その前に一つ確認してもよろしいでしょうか?」

「畏れ多いぞ!」


 激怒するクリューンを手で制し、


「構わんよ。言ってみなさい」


 上級神が先を促した。


「契約を結び直すことは可能ですか?」

「はて? 儂には君の発言の意味が理解できんのだが?」

「そのままの意味です。私が女神サラフィネと結んだ契約を、新たに結び直すことは可能ですか? というお伺いを立てているのです」


 おれは、あえてサラフィネを女神と呼んだ。


「馬鹿かきみは! 彼女はもう、女神ではない!」

「おれの神格化を保留しましたよね?」

「当然だ!」

「であるなら、サラフィネはまだ女神であるはずです」

「馬鹿なことを言うな!」


 クリューンが声を荒げるが、おれの視線は上級神を捉えている。

 発している言葉も、そこにむいている。


「説明してみなさい」


 第一関門突破だ。


「サラフィネの仕事は私の管理です。今回、私が神格化の条件を満たしたことでその任を終え、彼女は正式に女神の地位をはく奪されました。この認識は間違っておりませんよね?」

「うむ。間違っておらん」

「なら、私の神格化が保留された時点で、彼女の地位はく奪も保留されて然るべきです」

「馬鹿なことを言うな!」


 クリューンの言う通りだ。

 おれが言っていることは、屁理屈でしかない。

 仮に上級神がクリューンと同じように一蹴したら、この話は終わり。

 それ以上の反論や交渉の余地はない。

 けど、おれはそんなことにはならない、と思っている。


「それと君が結び直す契約は、どう関わってくるのかな?」


 やっぱりだ。

 上級神は交渉の席を離れるつもりはない。


「ちょっとそれ貸してくれ」


 おれはサラフィネから宣誓書を奪い取った。


「ここに書かれている文言で、私は女神サラフィネと契約を結びました」


 宣誓書を顔の高さに持ち上げる。


「ご覧の通り、砕けた自分の魂を自らで回収するという文言が記載されておりますが、この契約には嘘が含まれており、両者が納得する結果を生み出すのは困難だと判断します。その場合、嘘の業務を発注した女神側に責任があるのでしょうが、私にはその咎を追求する付帯事項が存在しません」

「つまりは、それを付けたい。そういうことかな?」


 おれはかぶりを振った。


「失礼ながら、実態のない業務を続ける気はございません。よって、先に結んだ契約は、破棄したいと考えております」


 だれの許可もなく、宣誓書を真っ二つに千切った。


「ですが、私個人としては、請け負った業務を続ける意欲があります」

「だから契約を結び直す、というわけか」

「そうです。今度は隠し事なく、誠意をもって互いが信頼できる形で、契約を結び直したいと考えております」

「それで利を得るのは、君とサラフィネ君だけであろう。残念だが、そんな片方だけに都合が良すぎる考えは、到底許容できんな」

「表面を見ればそう映ります。けど、その先には上級神様の利もございます」

「儂の利?」

「ええ。上級神様は私の管理を女神サラフィネに申し付けた際、こう仰ったのですよね? 君なりの答えを見つけなさい、と」

「んん!? ああっ、そうだな。儂は確かにそう言った」


 上級神は少し思案するよう表情を浮かべたが、ひげを一撫でした次の瞬間には得心していた。


「女神サラフィネは、その答えをいまだ見出しておりません。そして、彼女がその答えを見出すためには、もう幾ばくかの時間が必要でしょう」

「君と契約を結び直すことで、その猶予を与えるということか」

「その通りです。彼女が私を観察することで、答えを得やすくしようと考えております。無数の人間を時折観察するより、一人の人間を通してそこに関わる大勢の人間を観察したほうが、人間というモノを理解しやすいと思います」

「回りくどい言い方をせずともよい。儂の利を教えよ」

「女神サラフィネは答えを出します。その答えが的を射たモノであるかはわかりませんが、上級神様の要求に応える行為であることに相違ありません」


 要は課題に対する答えを用意します、ということだ。

 無理やりのこじつけもいいところだが、こういうほかない。

 おれが差し出せるのは、これしかないのだから。


「ふむ。まあ、及第点だな。だが、クリューンはどうなる? このままでは、クリューンだけが損をするぞ」

「無礼を働いたのは謝罪します。そして、提案させてください。私と女神サラフィネは、現状においてともに半端者です。きっとこれからも、多くの間違いを犯すでしょう。ですから、私たちの罪を合算してください。どちらかが罪を犯した場合、私とサラフィネの両者で責を受けます」


 意味がわからないかもしれないが、おれが言いたいことは至極簡単だ。

 現状に目をつぶってくれるなら、この先どんな罠を仕掛けてもらってもかまいませんし、罰という名目のお仕置きチャンスを差し上げます、ということである。

 先の異世界でも、メティスを使って嫌がらせをしてきたのだ。

 同じようなことはできるだろう。

 なんなら、本人が邪魔しに来ても文句は言わない。

 クリューンは異世界にいるおれに接触してきたのだから、異世界に干渉することも許されているはずだ。


「本当にそれでいいのかい?」


 クリューンの表情が意地悪に歪む。

 その顔を真っすぐ見つめ、おれはうなずいた。


「どうやら、話はまとまったようだな。では、儂は帰るぞ。ああ、サラフィネ君よ。今度の契約書は、儂のところに持ってきなさい」


 そう言い残し、上級神が消えた。


「僕も帰るとするかな。きみたちとは、次に会うのが楽しみだ」


 歪んだ顔がさらに歪む。

 それはもう神様と評すことは出来ず、悪魔といったほうがしっくりくる。


(マズイやつを敵に回したかもな)


 いまになって、冷や汗が背中を伝う。


「ほら、いつまで寝ているのさ。帰るよ」


 部下を引き連れ、クリューンが消えた。

 残されたのは、おれとサラフィネだけ。

 やっと、いつも通りの光景だ。


「いいのですか?」

「いいんじゃねえの?」

「……あなたは馬鹿ですね」

「そのバカと契約を結ばなきゃならない女神も大概だろ」

「間違いありませんね」


 サラフィネが肩を揺らして笑う。


「では、どうしますか?」

「紙とペンをくれ」


 サラフィネが指先を動かすと、紙とペンと机が顕現した。

 おれはササッとペンを走らせる。


「あなたは本当に馬鹿ですね」


 覗き込んでいたサラフィネが、呆れた声を出す。


『契約書

    砕け散った魂のカケラは自分で回収する。

         それが叶った後の転生先は、清宮成生に選択権を有する。

                                清宮成生』


 おれが書いたのは、それだけだ。

 本来ならもっと細かに決めるべきなのだろうが、今回のように思いがけない横やりが入ることは確定している。

 なら、ふわっとさせておくのも一手だ。

 でないと、口先三寸で逃げきれない。


『契約書

    女神として清宮成生をサポートし、私なりの答えを見つける。

                              サラフィネ』


 隣にそんな文言が並んだ。


「これでいいですか? いいなら、これを上級神様に渡してきます」

「ちょっと待て」


 紙の裏に、おれは一筆加えた。


「これでよし。上級神様、出来ました」

「あっ、待ちなさい!」


 掲げた紙を確認しようとしても、もう遅い。

 すでに紙は消えた後だ。


「なにを書いたのですか?」

「秘密だよ」

「なんですか!? それは! あなたはついさっき信頼のおける契約を結び直す、と言ったではないですか!」


 ガミガミ文句を言うサラフィネの頭上から、紙が落ちてきた。


「なんでしょう?」


 肩を並べ、視線を落とす。

 それは、おれたちが送った契約書の控えだった。


「ふふん。さすがは上級神様。これであなたがなにを書いたか確認できますね」


 勝ち誇ったサラフィネが、紙を裏返した。


『励みなさい。話はそれからだ。

             上級神』


 ダメではないらしい。


「なんですか? これは」

「読んで字のごとくメッセージだよ。上級神様からのな」


 可も不可も記されてはいなかったが、考える余地はあるらしい。

 それがわかっただけでも、御の字である。


「私は内容を訊いているのです」


 サラフィネは納得していないようだが、それもしかたがない。

 第一、おれが教えるわけにはいかないのだ。

 唯一言えることがあるとすれば……


「安心しろって。サラフィネに不利なことは書いてねえよ。それに、いまはそこに書かれている通り、励むのが一番だろ」

「わかりました。では、あなたを異世界に送ります」

「はあ!? なに言ってんだ、お前!?」

「目的は大魔王討伐です。魂のカケラの回収はそのついでです」


 足元に魔方陣が生まれた。


「お前……ちょ、ふざけんなよ!」


 いつも通りのやりとりだ。


「異世界で励んでください」


 魔方陣の輝きが増す。

 どうやら、サラフィネはマジでおれを異世界に転移させるつもりでいるらしい。


「私はそれを見届けます」


 新たな文言が加わった。


(……契約成立……だな)


 なら、おれに文句はない。


「精々がんばるよ」

「ええ。期待しています」


 サラフィネがにっこりと笑った。

 そして、おれは異世界に送り込まれた。


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