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174話 勇者は神になりたくない

「理解したかな? きみはサラフィネ嬢の失態で殺されたのさ」

「まあ、そうみたいだな」


 吊し上げに成功し、クリューンは非常に満足そうだ。

 しかし、おれからすればなんてことはない。


「んなっ!?」

『えっ!?』


 淡白な反応がお気に召さなかったようで、クリューンや兵隊たちが驚いている。

 声こそ発しなかったが、サラフィネも両目をパチクリしている。

 それは正しい反応、だと思う。

 けど、こればかりはどうしようもない。

 自分の感情をどれだけ掘り起こしても、本当にそんな感情しか湧き上がってこないのだ。


「腹立たしいだろ!?」

「いや、べつに」


 感情が凪かと問われればそうではないし……腹が立っていないわけでもない。

 けど、はらわたが煮えくり返るほどの激情は、皆無である。


「裏切られた気分だろ!?」

「いや、べつに」


 そもそもおれとサラフィネの間に、そこまで強固な信頼関係などない。

 むしろ、なにか思惑があるんだろうな、ぐらいには怪しんでいた。

 そんなやつが、


「お前騙したな!」


 などと糾弾できるわけもない。


「きみは馬鹿なのか!?」

「失礼なことを言うな!」


 ここはバシッと注意した。


「馬鹿でないなら、頭のネジが数本外れているようだね」

「おいおい。神様がそんな差別的な発言していいのかよ」

「差別は良くないさ。けど、僕が言ったのは事実だからね」


 認識の違い、というやつだ。


(まあ、んなもんどうでもいいや)


 知りたいのは、そんなことではない。


「おれは神に成れるのか?」


 そのほうが、よっぽど大事だ。


「ああ、成れるとも。成れるからこそ、僕が来たのさ。役目を終えたサラフィネ嬢を拘束しにね」

「役目を終えた……か」

「何か問題でもあるのかな?」

(独り言のつもりだったんだけどな)


 首をひねるクリューンに、おれは心の中でそうつぶやいた。

 とはいえ、全員がおれに注目している。

 こうなってしまえば、なんでもありません、は通用しない。


「確認だけど、なにを達成したんだ? おれは」

「神に到る試験だね」

「んなもん、受けた覚えはねえんだよな」


 ピキーン、と空気が張り詰めた。


(まあ、そうなるよな)


 神様が慈悲を込めて与えてくださったチャンスを、下民が無下にするような物言いをしているのだ。

 関係者からすれば、カチンとくるのは当然だろう。


「きみは自分が何を言っているのか、理解しているのかな?」


 クリューンの声は落ち着いているが、その瞳は鋭く尖っている。


「勘違いだったら申し訳ないから、一応確認させてくれよ。おれの魂のカケラって、全部回収したの?」


 …………


 だれも答えてくれなかった。

 というより、質問の裏読みをされている感じがする。


(んなもん、ねえんだけどなぁ)


 ただ純粋に、疑問を口にしただけだ。


「まだです」


 だれも口を開かないことを見かねたのか、サラフィネが答えた。


「じゃあ、どうやっておれは神様になるんだ? 大体にして、神様ってのは不完全な魂で成れる存在(モノ)なのか? そしてなにより、残されたおれの魂のカケラたちはどうすんだよ? このまま、散らばった異世界で寿命尽きるまで生活するのか? 死んだ後に合体できるのか?」


 簡単に思いつくだけでも、これだけの疑問が浮かぶ。

 時間をかけて突き詰めれば、この数倍は思いつくだろう。


「ご安心ください。神格化の儀式を行う際、上級神様が世界の各所よりあなたの魂のカケラを集めてくださいます」

「なるほど。それなら安心だな」

「では、もういいですか?」

「焦るなって。まだ訊きたいことはあるよ」

「はあぁぁ~、よくわかったよ。サラフィネ嬢の選んだ男は馬鹿だ。僕には相手をしきれないね」


 クリューンが盛大なため息を吐き、両手を持ち上げながらソファーに腰を下ろした。

 文字通り、お手上げといった感じだ。


(まあ、窓口が絞られたのはいいことだな)


 サラフィネと話をすればいいのだから、いつも通りだ。


「んじゃ、続けるか」


 おれと女神は、その日はじめて向かい合った。


「あなたは本当に変な人ですね。で? なにが訊きたいのですか?」

「疑問に対する答えは出たのかよ?」

「質問に質問を返すのは、愚か者のすることですよ」

「しょうがねえだろ。それが知りたいことなんだからよ」


 はあぁ、とサラフィネは深いため息を吐いた。


「先ほども話した通り、私の望みはあなたの神格化の成功だけです。それが叶うなら、他のモノはいりません」

「でもよ。上級神様には答えを見つけるって約束したんだろ? いいのかよ、それで」

「ですから! いいも悪いもありません! あなたが神格化を認められた今、それは大した問題ではありません!」


 それは心からの叫びであり、紛うことなき本心であろう。


「なら、なんで最初からそう言わなかったんだ? 神格化するために徳が必要だから、それを積んでほしい、ってよ」

「意識して行う善行では徳が低く、神格化を進めるスピードが鈍ってしまいます」

「おれが悪行を働かない保証はねえだろ。なら、偽善であっても徳を積み重ねたほうがいいんじゃねえか?」

「もちろんその可能性も考慮しました。ですから、あなたと契約を結んだのです」


 サラフィネが、懐から取り出した紙を掲げた。


『宣誓書

    散らばった魂は自分で集める

               清宮成生』


 そこにはそう記されていた。


「調書を読んだ限り、あなたはあなたが決めたルールは破りません。そして、多少面倒なことがあったとしても、仕事を放り出すことはせず、周りと自分の幸せを追求すると思いました」

「その結果、正義を行うとはかぎらないんじゃないか?」


 善と悪など紙一重だ。

 立ち位置が変われば、オセロのように簡単にひっくり返る。


「私は……清宮成生という人物に、親近感を抱いたのです」


 サラフィネの表情は、なぜか少しだけ恥ずかしそうだった。


「短い時間で読んだ調書に記された人物像(それ)は、他人のモノとは思えませんでした。もちろん、相容れないところや嫌悪する記載もありましたが……この人物なら大丈夫、と信じられる気持ちのほうが強かったのです。そして、もし仮に駄目であったのなら、諦めがつく、とも思えました」

「まるで告白のようじゃないか」


 クリューンが冷やかすように口をはさんできたが、おれたちは無視した。

 なぜなら、サラフィネが口にしたのは、告白とは程遠いものだから。


(世間ではあれをこう呼ぶんだよな……丸投げ……ってよ)


 おれには調書を読むサラフィネが、ありありと思い浮かべられる。


「うっわ! 仕事は一流かもしれませんけど、私生活はクズ同然ですね。でもまあ、これだけ好き勝手やって犯罪歴がないなら、上手く立ち回る能力は高いのでしょう。駄目なら駄目で仕方がありませんからね。一か八か、やってみましょう」


 たぶんだが、こんなことを言っていたはずだ。


「お前、悔い改めたほうがいいぞ」

「ご忠告感謝します。これからその時間はたっぷりありますので、気長に行います。けど、あなたには祈りませんよ」


 神様就任おめでとう、ということなのだろう。


「連れていけ!」


 クリューンの命令に従い、兵隊たちが動き出した。


「では、さようなら」


 サラフィネも抵抗せず連れていかれる。


「いや、待て待て」


 おれは兵隊たちの前に立ちふさがった。


「退け! 邪魔だ!」


 神候補を敬えないのは、いかがなものか。

 あまつさえ、槍を突き付けるのは問題だと思う。


(まあ、こいつらからすれば、いま現在そうでないモノを敬え、というほうが無茶か)


 尊敬されたいわけではないから腹も立たないが、サラフィネを連れていかれるのは困る。


「まだ話の途中でしょうが!」

「なにを仰っているのですか? 話は終わりましたよ」

「えっ!? いつだよ!?」

「ついさっきです!」


 眉根を寄せるおれに、サラフィネの語気が強まる。


「それはお前がおれの性格を利用し、徳を積ませようとした、ってやつだろ?」

「そうです。それが見事成功し、あなたが神に成る。それでこの話はお終いじゃないですか」


 たしかに、そういう考えかたもできる。

 周りの雰囲気からしてもそれが幸せであり、大変名誉なことであることも間違いなさそうだ。

 けど、大事なことを失念している。


「なあ、さっきから神に成る、神に成るって言ってるけどよ。いつおれがそれを承諾したんだ?」

『はあ!?』


 おれ以外の全員がいぶかしむ。

 それも理解できるので、わかりやすく伝えてやろう。


「おれは神に成る気なんて、毛頭ないぞ」


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