173話 勇者に伝わる女神の邂逅
おれが死んだのは、サラフィネが原因らしい。
けど、おれの死因は墜落事故だ。
「…………お前、やりやがったな!?」
「勇者の脳内ロジックはわかりませんが、違います」
「いや、わからねえなら、否定できないだろ」
「相手が勇者なら、間違いはありません。そして、これだけは断言できます。私は、射的をしていません」
「……そうか……してないのか」
グラサン越しにライフル銃をかまえるサラフィネの姿が、おれの脳内にはしっかりと描かれているのだが……違うらしい。
「なんて、さすがに射的とは思ってねえよ。遊び半分で他人を殺すほど、おれの知る女神様は腐ってねえからな」
語弊はあるが、そのぐらいは信じている。
「ただ、やむを得ずそうする可能性はあるんじゃないか?」
…………
「世界の崩壊と飛行機の墜落を天秤にかけて……みたいなことかい?」
クリューンの言葉にうなずいたが、それが間違いであることは訊くまでもない。
愉悦に歪む表情が、その証拠である。
それは落とし穴に落ちた者を上から見下し、嬉々として笑う意地悪なやつとそっくりであった。
ただ、それをむけられているのは、おれではない。
その先にいるのは、サラフィネだ。
二人の仲の悪さは理解していたが、実際はおれが思う数倍険悪らしい。
「ずいぶんと信用されていて、羨ましい限りだ。まさに女神はかくあれ、という見本のようではないか。ただ残念なのは、実際はその女神が禁忌を犯した。それ以外の事実が皆無であることさ」
「そこから先は、私が話します。あれは……」
クリューンを遮り、サラフィネがとつとつとしゃべりだした。
私は、人間が好きだった。
長くても一〇〇年前後しか生きられない脆弱な生き物であったが、創意工夫する姿には感心させられることも少なくなかったからだ。
ただ、どの世界も強者が支配するようにできていて、魔物、魔人、獣人などの兵が存在する場合、脆弱な人間は淘汰される未来しか用意されていない。
それは残念なことであるが、食物連鎖の理なのだから、どうすることもできなかった。
…………
どうすることもできないのだが、人間が絶滅することはなかった。
どの時代、どの世界においても、必ず生き延びている。
なぜか?
人間は劣勢に陥れば陥るほど、その窮地を脱するにふさわしい『勇者』を誕生させるのだ。
そして、八面六臂の大活躍の末、絶滅を回避してしまう。
時として、女神の想像の上をいく『勇者』までいた。
だからこそ、惹かれたのだろう。
「あの『勇者』という存在は、だれが生み出しているのですか?」
「そういうものだから、気にするな」
「あれはああいうお約束だ」
「追求しない美学もあるのよ」
私の問いに、明確な答えはないらしい。
そして、友人や同僚が気にも留めていないことを知った。
けど、私は違う。
勇者という存在にすごく興味があり、知りたかった。
人間という存在を。
「失礼を承知でお伺いします。ご列席の皆様は、人間についてどこまでご存じなのでしょうか?」
上級神が集う場で、私は思い切って口を開いた。
これは本来、許される行為ではない。
罰せられる可能性があることも、十二分に理解している。
けど、上司の付き添いで参加できたこのタイミングを逃せば、私が上級神に質問をする機会は、未来永劫訪れない。
「最近、人に興味を持った女神がいるとは聞いていたが、君がそうなのか」
口を開いてくれたのは、上級神の中でも格上の神様だった。
「はい。サラフィネと申します」
うやうやしく頭を垂れながらも……
(やった!)
私は心中でガッツポーズをしていた。
彼の上級神様なら、明確な答えを啓示してくれる。
それぐらい、すべてにおいて抜きんでた存在であった。
「君なりの答えは出たのかな?」
……私はかぶりを振った。
「そうか。では、いまから考えなさい」
上級神様は、答えを啓示してくださらなかった。
いや、私の根底にある小ざかしい思惑を見抜いていらっしゃったのだろう。
「考えたこともございません」
かぶりを振る直前、私はそう言いそうになっていた。
それを思い留まることができたのは、上級神様と目が合ったからだ。
そこには、確かな憐憫が含まれていた。
だから、気づけた。
いつからか私は、考えることを諦めていたのだ。
そして、自分で答えを探すより訊いたほうが手っ取り早い、と考えるようにもなっていた。
まさに、堕落だ。
日常的に全知全能の集団に囲まれていたとはいえ、恥ずかしいことこの上ない。
「勉強になりました。これより精進します」
「それでいい。君が次にここに来るのが楽しみだ」
強く自戒の念を抱く私を、上級神様は楽しそうに見て笑っている。
その言葉や仕草から、私が成長するのを疑っていらっしゃらない、ことも感じられた。
(期待に応えてみせなければ!)
新たな決意に、気が引き締まる。
と同時に、胸の内にはそれを大きく上回る希望がうず巻いていた。
(答えはあるんだ!)
勇者が生まれる理由や、人間に惹かれる理由にも。
それが嬉しくてたまらなかった。
幸いにして私は女神だ。
時間は腐るほどある。
ほぼ無限といっていい。
だからこそ、急いだ。
「一刻も早く解決し、優雅で実りある生活を永く楽しみたいですからね」
動機は不純かもしれないが、来る日も来る日も人間観察をして過ごした。
するといつの日か、地球という不思議な星があるのを発見した。
この星には魔物や魔人が皆無で、獣はいても獣人は存在せず、食物連鎖の頂点に人間がいる不思議な生態系をしていた。
天敵がいないこともあり、地球人には魔法が顕現しなかった。
ただ、その代わりに色々なモノを発明している。
火、洋服、土器に始まり、鉄だ家だ飛行機だと、次々と生活を豊かにしていく。
その反面、鉄砲や爆弾を使って同族殺しなどもしている。
「不思議な思考回路ですね。仲良くすれば、これ以上幸せな星は存在しないのに」
気付けば、私は虜になっていた。
そして、忘れてしまったのだ。
神は一つの世界に永く目を向け続けてはならない、というルールを。
なぜそんなルールがあるのか?
答えは明確だ。
神はそこに目を向けるだけで、世界に影響を及ぼしてしまう存在だから。
ただ、それ自体がイケないことではない。
そもそも論として、神が見ようが見なかろうが、大なり小なりのことは発生する。
良いことも悪いことも、必ず起こる。
問題があるとすれば、神が目を向け続けることで、起こりえる事象に変化がもたらされてしまうことだ。
それが吉と出るか凶と出るかは、そのときになってみなければわからない。
だから、神はその影響を散らすように、色々なところに目を向けなければいけなかった。
それを怠ったがため、飛行機が墜落した。
運悪く起きた事故だが、そこに搭乗していた清宮成生の魂が砕けてしまったのは、私に責任がある。
私の影響をもろに受けた結果、こうなってしまったのだ。
事件はすぐに明るみに出て、すべての神が傍聴する中で裁判が開かれた。
判決により、私は女神の職をはく奪された。
当然の結果であり、異を唱える立場にない。
けど、私は口を開いた。
「私の後任には、清宮成生を就かせてください。お願いします」
上級神様を前に、私は土下座をして頼み込んだ。
「君も知っているだろ? 神でない彼を神界に招き入れたところで、環境に馴染めず死ぬだけだ」
そう言うのは、私に期待してくれた上級神様。
「理解しています。ですから、チャンスをください」
「どのようなチャンスが欲しいのだ? 言ってみなさい」
「清宮成生を『勇者』として異世界に派遣し、善行を積ませます」
神へと至る道に、徳の階段というモノが存在する。
大魔王の討伐ともなれば、かなりの徳が加算されるだろう。
「その過程で魂のカケラを回収し、私の力をもって合成します」
修復に神の力を使用すれば、その魂にもわずかながら神の力が宿る。
「すべての魂のカケラを集め回復させることが叶ったとき、神格化も済んでいるはずです」
「馬鹿なことを言うべきじゃないね。そんな絵空事、出来るはずがないさ」
クリューンが鼻で笑う。
他の神たちも同意見のようだ。
皆一様にせせら笑っている。
当事者でなければ、私もそうしていただろう。
それほど、荒唐無稽であることは理解している。
けど、諦めるわけにはいかなかった。
「私はどんな罰でも受けます! ですが、清宮成生には一切の咎もありません。何卒、彼にチャンスをお与えください! お願いします!」
おでこを地面にこすりつけた。
…………
「いいだろう」
上級神様の言葉に、どよめきが起こった。
「君の言う通り、清宮成生に咎はない。善良な民が転生も出来ずに虚無を漂うのは、あまりに忍びないことである。だから、一度だけチャンスを授けようではないか」
「ありがとうございます!」
「では、清宮成生の管理は僕がいたします」
クリューンが真っ先に立候補した。
彼には異世界人を使って星を滅茶苦茶にしている噂があり、任せるのは正直不安だが、それを指摘する資格はない。
出来ることは、精々が成功を願うことだけだ。
「ところで、君なりの答えは出たのかな?」
「えっ!?」
「人間に対する疑問の答え。それは発見できたのか?」
「いいえ。わかりません」
「そうか。なら、清宮成生の管理は君がやりなさい」
『ええっ!? よ、よろしいのですか!?』
私とクリューンの驚きの声が重なる。
「それが君の女神としての最後の仕事だ。ただし、君が行えるのは神界で清宮成生をサポートすることのみだ。異世界に送り込んだ後、彼を観察することも助力することもまかりならん」
「わかりました」
「ただし、最初の一回は大目に見よう。君も不慣れなところがあるだろうからね」
「ありがとうございます!」
甘えてはいけないと思いつつも、清宮成生にとって益になるものなら、断る理由はなにもない。
「なぜ、僕ではないのですか?」
クリューンの言葉は険に満ちている。
「責任は彼女自身が清算すべきだ。それに、君には別の仕事があるだろう?」
「……わかりました」
納得していないのは一目瞭然だが、クリューンはその場を引いた。
「頑張りなさい。そして、君なりの答えを見つけなさい」
「はい!」
返事はしたが、答えなんかいらない。
私が欲しいのは、たった一つだけ。
清宮成生の神格化。
それだけだ。
私は自分の部屋に戻り、仕度を整え、清宮成生の魂を呼び出した。