171話 勇者の見た光景
ぐずっていた赤ん坊が眠りにつくように、揺れが収まっていく。
「にしても、ひでえ惨状だな」
辺りには、なに一つない。
城壁も建物も、全部崩れてしまった。
瓦礫も地割れに呑みこまれ、ほとんど残っていない。
「終わったのですか?」
地震の揺れが完全に収まったころ、リルドがやってきた。
「おれ個人としては、な」
リルドが小首をかしげた。
「滅茶苦茶にしといてなんだけどよ。たぶん、再建には関わってやれないと思うんだわ」
役目を終えたとき、おれはサラフィネのもとに戻されてきた。
今回も例外じゃないだろう。
「この先……私たちはどうするべきでしょう?」
リルドがおれの服の裾を掴んだ。
その姿は、迷子の子供のようだ。
「好きにしたらいいと思うぜ。おれがいなくなれば、この国で一番強いのはリルドだろ? 独裁国家を作るのだって、夢じゃないだろ」
「茶化さないでください!」
そんなつもりはない。
事実、おれの言ったことは正しいはずだ。
武力闘争になれば、最低でもリルドが頭一つ抜けていると思う。
「虐げられてきたんだろ? なら、それもアリなんじゃないか?」
やられたらやり返す。
それも選択肢の一つであるのは、間違いない。
好きか嫌いかでいえば嫌いだが、それは手ひどく虐げられたことがないから、という考えかたも出来てしまう。
「ありえません」
「そっか。なら、やっぱりリルドに任せるよ」
「何のことでしょう?」
「国家運営に決まってるだろ」
「はあ!?」
リルドが目と口を大きく開いた。
「おかしなことは言ってねえだろ。どう考えたって、リルドがやるべきだろ」
「四天王だからですか?」
「それも一理ある」
「なら、お門違いです。こんな惨劇を引き起こしたメティス……様の忠臣など、今後に携わるべきではありません」
まだ呼び捨てにはできないらしい。
(まあ、心の整理はそんな簡単に出来ねえよな)
複雑な思いが去来するのは当然である。
けど、そうであるからこそ、復興の旗振り役にはリルドが成るべきだと思う。
「忠臣であればこそ、国の内情にも見知してるだろ。それに、これから他国との折衝も必要だからな。良い悪いはべつにして、武力が必要な場面は必ず来るだろうよ」
復興支援という名目で国に入り込み、いつの間にか領土をかっさらう輩もいる、という可能性を排除することはできない。
事実、地球ではそんなことが多々起こっているのだ。
そうならないための転ばぬ先の杖は、なにがなんでも用意しておくべきだろう。
「なんなら、勇者パーティーをそれにしたらどうだ?」
素直に従うかは不明だが、あんなのでもいないよりはマシだろう。
表立って口には出せないが、バカとハサミは使いよう、である。
「彼らはもういませんよ」
「えっ!? マジ!?」
「ええ。最後の決戦を前に、露のように消えるのをこの目で見ました」
逃げたという話ではないらしい。
消えたというのが引っかかるが、いないヤツらを頼りにしてもしかたがない。
「なら、やっぱりリルドしかいないな」
「ですが……」
顔を伏せたリルドの肩を持ち、くるりと反転させた。
「な、なんですか?」
「顔を上げろ。でないと、見えないぞ」
「にゃあ!(頑張れ!)」
視線を上げたリルドの前には、いい笑顔の三毛猫を筆頭に、多くの獣人族が揃っていた。
「お前には辛い思いをさせてきたが、我々にはまだお前の力が必要だ。だから、今一度助けてほしい」
獣人族の長らしき老人が、深々と頭を下げた。
「ですが……」
「安心しろ。今度は皆でサポートする」
「すぐに大きくなって、オイラたちが助けるよ」
大人も子供も助力を惜しまない。
こうなってしまえば、断ることはできないだろう。
「ですが、他種族のこともあります」
思いのほか粘るようだ。
「私たちに異論はありません」
現れたのは、夢魔族の長老のブネだった。
「この度はシリアが多大なるご迷惑をおかけしました。謝罪して許されるものでないことは重々に承知しています。ですから、わしの命を捧げます。どうぞ煮るなり焼くなり好きにしてください」
謝罪が重い。
それに、それで留飲を下げるのはごく一部だ。
下手をすれば、長老を殺された、と恨みに感じる者も出てきてしまう。
「では、あなたには引き続き夢魔族の取り仕切りをお願いします」
リルドもおれと同じ考えのようだ。
「ははっ、リルド様のお言葉に、生涯誓います」
ブネが地面に膝をつき、忠誠を捧げた。
「俺たちもだ」
「私たちもです」
乗り遅れるということは、それだけ立場を弱める可能性がある。
機を見るに敏なり、とはいったもので、人間と吸血鬼っぽい女性が追随し、リルドに跪いた。
「ガウ!」
四天王のガウの小型バージョンも一緒だ。
「息子さん!?」
「ガウ!」
小型ガウがうなずいたので、そうなのだろう。
「へぇ~、アイツには幸せな家庭があったんだな……って、お前らどこから現れたんだよ」
…………
だれも答えないというのは、どういうことだろうか?
(ひょっとして、おれ透けてる?)
手足を見ても、変化はなかった。
ということは、ただ単に無視されているのだろう。
「殺してやろうか!? アアン!?」
「にゃあ、にゃあ(まあ、まあ)」
「いや、おかしいだろ。おれがいたから、いまの状況があるんだぞ」
『その通りです。あなたがいなければ、我々の生活は豊かなままでした』
種族の代表が声を揃えてそう言った。
「ああ、そうだよね。それが正論だ。でも、ずっとメティスがいたからな」
「復興の道のりを考えれば、どちらがよかったのか……判断に苦しみます」
ブネが眉間に深いシワを寄せた。
「それはごめんなさいね。余計なことをしました! すべておれの責任です!」
謝罪を吐き捨てるおれに、リルドが慌てだした。
「あの……みなさん!? 話がズレてますよ」
「知るか! ボケ! 後はみなさんでご自由にどうぞ!」
路傍の石を八つ当たりで蹴った。
飛んでいくと思ったのに、粉砕して跡形もなくなった。
(おれの心みたいだな)
センチメンタルが吹き寄せる。
「あっ!」
おれの身体が透け始めた。
「んじゃ、まあ、後は任せるわ」
「勝手すぎます!」
「んなこと言われてもよ。あいつら、おれの言うこと聞かねえし」
『我らの忠誠はリルド様に!』
ここまでくれば、もはやコントだ。
けど、これで外堀は完全に埋まった。
「わかりました。微力ながら、再興の指揮を執らせていただきます」
リルドが折れたことで、国から歓声があがった。
「よし。話もまとまったみたいだし、おれはいくな」
「納得はしていません。私個人としては言いたいことが山のようにあります。けど、時間がないようなので、一言だけ。ありがとうございました」
優しい笑みを浮かべるリルド。
『ありがとうございました』
ほかのメンツも頭を下げてくれた。
「にゃあ!(ありがとう!)」
三毛猫も笑っている。
おれが異世界フォオデスで見た最後の光景は、悪くないものだった。