170話 勇者対メティス~決着
「風波斬!」
「その技は通じないと教え、かつ証明して差し上げたではないですか」
呆れ肩をすくめるメティスに、風の刃がヒットした。
「ギャアアアアアアア」
メティスの肩から鮮血が飛散し、左腕が中ほどまでパックリ裂けた。
「嘘です。ありえません」
震えながらかぶりを振っている。
(まあ、そうなるよな)
ほんの少し前まで、メティスは風波斬を無力化していたのだ。
それをものの数分ひっくり返されたのだから、焦るな、というほうが酷である。
「こんなことが起こるはずがありません。なにかの間違いです」
「んじゃ、もう一度確認してみようぜ」
「調子に乗るんじゃありません!」
斬りかかるおれを、メティスが正面から迎え撃つ。
ついさっきまで完全に勝っていたのだ。
ほんの一瞬で形勢が逆転した、とは考えないだろう。
「でりゃ!」
「ケリャァァ!」
振り切った竜滅刀とデスサイズがぶつかり、火花を上げる。
前回は互角の鍔迫り合いになったが、今度は違う。
おれの一撃で、デスサイズの持ち手が真っ二つに斬れた。
「うりゃぁぁぁ」
返す刀を振るった。
「アアッ」
苦悶の声を上げ、メティスの股から腹。
そして、胸の谷間に裂傷が刻まれる。
「クアッ」
竜滅刀が首に迫る直前で飛び退り、致命傷は免れたようだ。
こちらとしてはここで終わらせるつもりでいたが、そう簡単にはいかないらしい。
「まさか、わざと追い込まれたフリをしていたのですか?」
「んなことする意味ねえだろ」
「では、これは一体どういうことです!?」
流れ出る鮮血を手で拭い、メティスが歯噛みする。
「説明したってわかんねえよ。後ついでに、地震止めろ」
星の意思だなんだと言っていたが、そんなわけはない。
すべてはメティスが変身してから始まったのだから、震源は明らかだ。
「ちょっとでもお前の戯言を信じそうになっていた、自分が情けねえよ」
「口を慎みなさい! 私に命令できるのは、クリューン様だけです!」
「んなもんはどうでもいいんだよ。とにかく揺れんじぇねえ!」
「勇、勇者様という輩は……本当に腹立たしい!」
怒りに震えるメティスに呼応するように、地震の規模が高まる。
すでに発生していた地割れが加速し、城壁や森の樹々を呑みこんでいく。
人も例外ではないだろう。
「これ以上時間をかけるのは、得策じゃねえな」
「そうですね。もう、勇者様と顔を突き合わせているのも限界です」
「自慢じゃないが、平均以上の顔立ちはしているぞ」
「そういったところが、癇に障るのです!」
メティスが全身から魔法の弾を撃ち出した。
機関銃のように絶え間なく撃ち出されている弾丸が、そこかしこに被弾する。
そのほとんどはおれにむけられているのだが、狙いが甘くリルドたちのいる森のほうにも飛散している。
「にゃああああ!!(あぶなぁ~い!!)」
頭を抱え、二足歩行で逃げまどう三毛猫。
(お前は猫の本能を捨てたのか!?)
そう訊きたいが、メティスの注意がむいても困るから、やめておこう。
「急いでください! 出来るだけ早い退避を!」
リルドが防御の弾幕を何重にも展開させているが、たった一発魔力弾が当たっただけで、その大半は砕け散っている。
「あいつらが移動するより、おれが移動したほうが早いな」
バトンをクルクル旋回させるように、竜滅刀を回す。
「あらっ!?」
右から左、左から右に持ち替えようとしたところで、落としてしまった。
「あだだだだだだ」
ここぞとばかりに集中砲火を浴びた。
けど、不幸中の幸いだ。
おれに砲撃のすべてがむけられたおかげで、多少なりとも周りへの被害は減ったはずだ。
竜滅刀を拾い、腰の鞘に戻す。
自分ではそんなことないと思っていたが、思いのほか不器用なのかもしれない。
「んじゃ、力押しといきますか」
全身を包む魔素の量と硬度を高めると、すぐに痛みを感じなくなった。
「これならイケるな」
相撲の仕切りのように前かがみのまま、弾幕の嵐に突撃した。
「そんな馬鹿な!?」
被弾をものともしないおれに驚いているようだが、こんなことは朝飯前だ。
「ちょっと付き合ってもらうぜ」
頭からではなく、右肩からメティスの腰にタックルをかました。
「ぐっ」
メティスの息が詰まる。
(完璧だな)
このまま腰をホールドし、おれたちは反対の城壁付近まで移動した。
「ゲホガホゴホ」
解放すると、メティスが苦しそうに息を吐く。
「し、信じがたいことですが……勇者様は勇者様のままで、恐ろしい高みまで昇り詰めているようですね」
その言葉の意味するところは……
「やっぱり、お前が地震の原因なんじゃねえか」
「そのような矮小な話はしていません。私がしているのは、神の決定と導きについてです」
「悪いけど、んなもんに耳を傾けてる時間はねえんだよ。ご神託を説きたいなら、地震を止めろ! そしたら、少しは聴いてやるよ」
「痴れ者に説く法は存在しません!」
元来、説法とは抹香臭いモノだ。
しかし、実際に触れてみれば必ずしもそうではない。
坊主も神官も人の子であり、俗にまみれているのがほとんどだからだ。
「聖職と呼ばれる職業であっても、そこに聖人が就いているとはかぎらない。なんて上手いこと言ったおじさんがいたよな」
メティスを見ていると、それが正しいのだと実感する。
「大事なのは、清廉潔白であろうとすることだ」
これはあるタレントが残した言葉である。
その人自身はそうあれなかったが、そうであろうと努力していたのだと思う。
もしくは、これからはそうであろうと誓ったのだろう。
「他人のことをとやかく言う趣味はねえけど、お前もそうあるべきだと思うぜ」
おれは竜滅刀を抜いた。
「ぐちゃぐちゃと、本当に耳障りです!」
メティスの髪が逆立つ。
怒髪天を突くとは、まさにこのことだ。
「全力です! 全力をもって、勇者様を殺します!」
ブチ切れた感情のままに生み出された魔力球は、サイズこそ小さいが、魔力の純度はいままで体験してきたどれよりも濃かった。
勝敗がどちらに転ぶかはわからないが、これが最後の攻防になる。
それだけは間違いない。
「死になさい! ゴッドバースト!」
放たれた魔力球は金色に輝き、後光が差しているように映る。
はたから観れば、神の爆発と呼ぶに相応しい代物だ。
けど……おれは認めない。
「試してみようぜ。お前が本当に神の遣いなのか、をよ」
竜滅刀を正眼にかまえた。
「風波斬!」
振り下ろした竜滅刀から、必殺の一撃が生まれる。
それはある意味でずっと共にしてきたモノであり、おれを支えてくれた唯一無二の存在だ。
それが、あんな魔力球に負けるはずがない。
案の定、風波斬は金色の魔力球を真っ二つにした。
「う、嘘です……」
茫然とつぶやき、その光景を目の当たりにしているメティスとの間合いを詰める。
「これが最後だ!」
竜滅刀を振りかぶった。
「殱魔斬!」
それは四号が使用した技だ。
原理原則はおろか、なにもかもがわからない。
けど、再現できる自信はあった。
「ギャアアアアアアアアアアアアア」
振り下ろした竜滅刀が、メティスを脳天から二つに割った。
「残念だったな。やっぱりお前は、大魔王だったみたいだぜ」
殱魔斬で斬れたのがその証拠だ。
そして、メティスは祖に帰るように消えてなくなった。