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169話 勇者の誓い

(なんで、メティスと戦ってんだろ?)


 紙一重で髑髏の刃を躱しながら、不意にそんなことを思ってしまった。

 喧嘩を売られたから。

 何度となく邪魔をされ、不快な思いをさせられたから。

 そのすべてに落とし前をつけるため……なのだが、殺したいほど憎んでいるかと訊かれれば、ノーである。

 というより、メティスにそこまで特別な感情を抱いていない、というのが正直なところだ。


(なら、おれはなんのために戦ってるんだ?)


 世界を滅ぼさんとする大魔王だから。

 因縁があるから。

 殴られたら殴り返すのが当たり前。

 など、建前はいくらでも用意できる。

 けど、そのどれもが、おれの心を大きく動かすモノではなかった。

 大きな力を使うには、それ相応の覚悟がいる。

 いまのおれには、それがない。


「あぐっ」


 髑髏の刃が肩をかすめた。


「フフフ。もうすぐ勇者様(あなた)の頭蓋骨も私のモノです」

「バカ言ってんじゃねえよ。んなもん、御免だよ」


 嗜虐心溢れる満面の笑みを浮かべているメティスは、ものすごく楽しそうだ。

 かたやおれは、四方から迫る刃を捌きながら、少しずつ後退している。

 前に行かなければ、ジリ貧になってしまうのに。

 …………ダメだ。

 それは十二分に理解しているに、どうしても踏み込めなかった。


「がんばれ!」


 子供の声がした。

 視線を動かし確認したが、辺りに人はいない。


「こっちに運びなさい」

「ここにも負傷者がいるぞ! 応援頼む」


 けど、たしかに声はする。


「急いでください。ここも安全ではありません」


 リルドの声だ。


「にゃあ(ここにもケガ人がいるぞ)」


 三毛猫もいるようだ。


「あいつら、なにやってんだ!?」


 声は城壁の外から聞こえる。

 いつの間にか、こんな端まで追い詰められていた。


「愚か者たちが、何かしているようですね」


 メティスが城壁を砕いた。

 崩れ去った先には、倒れた人間を救助する獣人族の姿があった。


「触るな! 穢れる!」

「ここで死ぬよりはマシだろ」


 暴れ手を振り解こうとする人間を、獣人族の大男が抱えて行った。

 大魔王を倒すこと。

 自分の魂のカケラを回収すること。

 大義名分はそれで充分だ。

 けど、心が反応しなかった。

 四号と合体し得た、より大きな力を使う原動力が宿らなかったのだ。


「愚かな。あなたたちは、まだ足掻こうとしているのですね」

「いけません。早く逃げてください!」


 ため息を吐くメティスの前に、リルドが立ちはだかった。


「無駄ですよ。誰一人、生かしておきません」

「生かしていただく気はありません! 私たちは、自らの足で生きます!」


 氷のように冷たく光るメティスの眼光を正面から見据え、杖をかまえたリルドが特大の魔法を放った。

 真っ赤に燃えるそれは、ファイヤーボールだ。

 けど、おれにはリルドの情熱に見えた。


「馬鹿者ですね」


 メティスが撃ったレーザーショットが、リルドのファイヤーボールを貫き霧散させる。


「くっ」


 悔しそうに唇を噛むリルドを、レーザーショットが貫くのは間違いない。


「せりゃ」


 おれが弾かなければ……の話だが。


「世界を救う。なんて思ったことは一度もねえんだよな。だから、お前とは相いれないんだよ」

「はあ!? 何を仰っているのですか?」


 メティスが眉をひそめた。


「だれかの為じゃない。いままでおれは、自分のために力を使ってきたんだよ。結果として、ワーンやツベルたちに味方しただけだ」

「さっきから、何が言いたいのですか?」

「簡単なことだよ。ついさっきまで、おれは世界平和のために戦ってたんだ。柄にもなくな」


 そんな大層な名目を、フリーランスのIT屋が背負えるはずもない。


「四号と合体したせいかな。なんだか強く、偉くなったような勘違いをしたんだな……反省反省」


 力量以上の仕事を請けたところで、完遂は出来ない。

 地道に力をつけ、出来る仕事を増やしていく以外に近道はないのだ。


「精神が肉体を凌駕することはあっても、肉体が精神を凌駕することはないんだよ」


 だから、パワーアップしてもその力を使いこなせなかった。

 出来たとしても、全力を出しているフリだろう。


「メティス。お前も同じだよ」

「私の力は本物です」

「い~や、偽もんだね」

「では、証明してさしあげましょう。スカルダンス」


 ぐっと強く竜滅刀を握り、迫りくる三つの髑髏を斬り伏せた。


「そ、そんな馬鹿な……」

「自慢じゃねえけどよ。おれも世界を滅茶苦茶に出来んだよ」


 いまほど簡単ではないが、地球にいたときから、それは可能だった。

 凶悪なコンピューターウイルスを作り、バラ撒けば達成だ。

 いまのご時世、なにかしらITの世話になっている。

 それが使用不能になれば、影響は計り知れない。

 経済損失も何百億で済めば御の字であり、下手をすれば何千兆を超す単位になっても不思議ではない。


「それをしなかったのは、IT(それ)に生かされていたから……なんだよな」


 カッコイイ言い回しだが、なんてことはない。

 悪さを働けば、おまんまの食い上げになってしまうからだ。

 だから、それをしないし、させない。


「行動理由なんか、そんなもんでいいんだよな」


 むずかしく考えたりすることなんかなかった。


「おれの後ろにいるだれ一人として、お前に触れさせない! それが、おれがおれ自身と結ぶ契約だ!」


 力を使う理由は、それだけで十分だ。


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― 新着の感想 ―
>おれがおれ自身と結ぶ契約だ 胸が熱くなる、凄く格好良い言葉ですね。 思わずぞくぞくとしてしまいました。 何よりも契約を大切にしている彼が、自分自身と契約した以上、この契約は破れないですよね。 ある…
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