168話 勇者のテンションが上がらない
竜滅刀が、メティスの身体を脳天から真下に斬り抜ける。
「ああああああああああああ」
おれの感じた手応えを証明するように、メティスから断末魔のような悲鳴があがった。
本来ならこれで終わりだが……おれは着地と同時に距離を取った。
これで終わるわけがない。
そんな思いがあったからだ。
「そもそもこんな簡単に終わるなら、あんなに苦労しねえよな」
手足に刺さった毛針を引っこ抜く。
「イデデデデ」
毛針には返しがあり、抜くたびに痛みが伴う。
すべて抜き終わったときには、腕と足が血みどろになっていた。
「ヒール」
回復魔法で痛みを和らげる。
毒が含まれている可能性もあったが、それは大丈夫そうだ。
「やはり、この姿では勝てませんか」
メティスは嘆息しているが、そこまで気落ちしているようには見えなかった。
自らの体毛を折り曲げ、斬られた傷をホッチキスで留めるように刺している様子は、冷静でありシュールだ。
「乱暴な外科医だな」
「斬られたままにしておくのも、美を損ねますからね」
「そう思うなら、毛むくじゃらな現状をどうにかしたらどうだ?」
「やはり、この容姿は美観を損ねていますね。対処を致しますから、そこで見ていてくださいな。ニードルフラッシュ」
かまえたが、おれに対して毛針が飛んでくることはなかった。
というより、毛針は発射されていない。
いや、発射されたのは間違いないのだが、抜け落ちた、が正しい表現である。
「んん!?」
いぶかむおれを尻目に、発射されたすべての毛針が逆再生をするように、メティスのもとに戻っていく。
ブスブスと刺通音も聞こえるが、丸まったハリネズミのような状態では、ダメージの有無はわからない。
ただ、メティスの言から推察するに、もう一段階変身するのは確定だろう。
大人しく待つのがお約束なのだが……
「風波斬!」
おれは先手を打った。
命中したが、効果は無かった。
というより、直撃する寸前で見えない膜のようなモノに弾かれた。
その奥では隙間という隙間に毛針が刺さり、どんどんきれいな丸になっていく。
表面も滑らかになっていき、まるで風船のようだ。
「言いましたよね? その技は通じません、と」
「あいにくと一回の失敗で納得するほど、お利口さんじゃねえんだよ」
「では、納得するまでお試しください」
「風波斬!」
竜滅刀を縦に一閃、横に一閃した。
威力が倍化されることはないだろうが、間髪入れずに命中させれば、多少なりとも違うはずだ。
…………
効果はなかった。
けど、だからこそ思うことがある。
(なんで竜滅刀で斬れたんだ?)
単純な数値で測れるモノではないが、感覚としては、直接攻撃より風波斬のほうが威力は上だと思う。
けど、ダメージがより高かったのは、直接攻撃のほうだ。
その違和感があったから、おれはメティスから距離を取ったのだ。
(風波斬のような飛翔系はダメだが、直接攻撃ならダメージが通る……のか?)
可能性としては考えられるが、そんな弱点を放置するとは思えない。
おれなら真っ先にその対策を考え、生み出すだろう。
「色々お考えのようですが、そろそろ始めましょうか」
思考を止め、メティスに集中した。
パンッと風船が割れるように毛針の幕が四散したそこには、メティスであってメティスでないモノがいた。
腰ぐらいまである長い銀髪。
嗜虐的な色を浮かべることの多かった瞳にはなんの感情もなく、薄く笑う口元からは鋭い牙が覗いている。
顔は人と獣が混ざり合ったようだが、首から下は人そのもので、官能的な肉体を扇情的なスーツで覆っている。
「レーザーショット」
おれにむけられた指先から、魔法が放たれた。
「てめっ」
上体を捻り、間一髪で躱した。
集中して観察していたから間に合ったが、少しでもよそ見していたら、避けられなかった。
いままでのメティスとは、技の威力と速さが段違いだ。
「それがお前の真の姿なのか?」
「違います。私の本来の姿は、勇者様が知るもので相違ありません」
「なら、その姿はなんだよ?」
「前に言ったはずです。世界を救済する姿、ですと」
地震が起こった。
「いけませんね。早くも影響が出始めましたようです」
揺れは少しずつ大きくなっている。
「これもお前のせいなのか?」
メティスがかぶりを振った。
「これは星の意思です。この星に住まうすべての生命を根絶やすことは、私といえど容易ではありません」
「言ってることがよくわからんが……お前がやろうとしていることを星が手伝っている、っていう解釈でいいのか?」
「ご推察通りです」
いまも揺れは激しさを増し、場所によっては地割れを引き起こしている。
メティスの言葉も、あながちウソではないようだ。
「不服そうな表情を浮かべますね」
「ああ、気にいらないね。大いに不満があるよ」
「理解しています。ですから、最初の粛清は、勇者様から始めましょう」
メティスが地を蹴った。
その手には大鎌が握られている。
どこから出したのかは知らないが、えらく禍々しいデザインだ。
細かくは見えないが、全体的にドロドロしている。
極めつけが、持ち手の上部にある髑髏だ。
四つ重なった一番上の髑髏から刃が出ている様は、禍々しいことこの上ない。
「お前、趣味悪いぞ」
振り下ろされた大鎌を、竜滅刀で受けた。
「安直ではありますが、これにはデスサイズという名前があります」
「マジで安直だな」
「一応、凝っていることもあるんですよ。この四つの髑髏は、私が粛清した星の数です」
鍔迫り合いをする力を利用し、メティスが後ろに跳んだ。
「そして、この髑髏はその星で一番強かった勇者のモノです」
「悪趣味なやつ」
愛おしそうに髑髏を撫でるメティスに、鳥肌が立った。
「ここに勇者様も加わるのです」
「やなこったい」
袈裟に振り降ろされたデスサイズをかち上げ、返す刀でメティスの胴を薙いだ……はずだったが、刃が通らない。
「それも、最早無意味です」
風波斬に続いて、竜滅刀による直接攻撃も通じなくなってしまった。
(こりゃ、本格的にマズイな)
状況が不利であるのは間違いない。
けど、それだけに不思議だった。
(熱いモノが湧いてこねえんだよな)
戦闘が続けばジリ貧になるのは間違いないし、劣勢であることも把握している。
打つ手もゼロに近い。
けど、それを俯瞰で見て、他人事のように捉えている自分がいるのも事実だった。
「スカルダンス」
デスサイズの髑髏が、大鎌から分離した。
一番上の髑髏は持ち手に再度合体したが、残りの三つは額から刃を生み出し浮遊している。
「逝きなさい!」
旋回していた髑髏が襲い来る。