17話 勇者対大魔王~決着
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「注意なさい」
「安心しろ。次はあいつを糧にしてやる」
左腕を喰い終えた大魔王が、膨張していく。
風船のようにぐんぐん膨らみ、四メートルを超えたぐらいで破裂した。
(うわっ)
肉片や臓物が飛び散る光景を予想し、おれは眉をしかめた。
しかし、グロテスクなことは、なにもない。
飛散したのは薄皮のみで、辺りを含めキレイなモノだ。
(これで終わりなら楽なんだけどな)
自爆して大魔王は死にました、とはならない。
なぜなら、凶悪そうなツラをした大魔王がいた場所には、服を着た超絶イケメンが立っている。
外見はまったくの別人だが、大魔王に相違ない。
醸し出す雰囲気が、瓜二つだ。
一瞬の入れ替わりは上質の手品を思わせるが、喜ぶことはできなかった。
(たぶん、あれはバケモノだ)
対峙しただけで、腕には鳥肌が立っている。
ガーゴイルやオークと比べるべきではないが、プレッシャーが半端ない。
「ダークネスウェイブ」
大魔王が掌をおれに向け、そう唱えた。
生まれたのは小さな黒点。
しかしそれは急速に発達し、撃ち出されるころには黒い波に変わっていた。
(あれはヤバイ!)
危険信号が駆け抜け、全身が粟立つ。
(紙一重は絶対にダメだ)
触れたら最後、のような気がする。
「とおっ」
おれは横に大きく跳んで躱した。
背後から鈍い衝撃音が聞こえる。
確認したいが、いま大魔王から視線を外すことは許されない。
「ほう、避けるか。それは予想外だな。けどいいのか? そんなことをして」
意味が解らない。
いぶかるおれに、大魔王がダークネスウェイブの射線上を指さした。
極力大魔王から視線を外さず、視野を移動した。
「信じらんねえ威力だな」
黒い波はおれの背丈より低かったが、壁にはその倍以上ある巨大な穴が開いていた。
「そこではない。お前が見るべきは、その先だ」
大魔王の言わんとすることは、すぐに理解できた。
街になにかが起きているのだ。
「きゃあああ」
「ぎゃあああ」
城下から悲鳴が聞こえる。
おれは壁に空いた穴に近づき、外を見た。
壁を突き抜けたダークネスウェイブは市中に落ち、そこに横たわる市民やモンスターを吞み込んでいた。
「ダークネスウェイブ」
再度放たれたそれは、一度目より大きい。
避けるのは可能だが、それをすれば街に被害が出る。
「ちっ」
出来るかどうかは出たとこ勝負だが、チャレンジするしかない。
「風波斬!」
斬撃がダークネスウェイブを二つに割った。
威力で勝ったのはいいことだが、手放しで喜ぶこともできない。
二つに割れたダークネスウェイブは消失せず、二本の黒い波として現存していた。
(さて、どうしたものか)
普通の波なら堤防や波消しブロックのようなもので止めればいいが、ここにそんなものはない。
あったとしても、破壊されるのがオチだ。
城のぶっとい支柱や厚い壁が見るも無残に粉砕されているのだから、そこに議論の余地はない。
ダークネスウェイブを止める手立ては……
(おれがやるしかねえよな)
現状、それ以外に方法はない。
けど、リスクが伴う。
ダークネスウェイブの対処をする間、大魔王が黙ってみているとは思えなかった。
まず間違いなく、なんらかの攻撃を仕掛けてくるだろう。
その対処を誤った場合、大魔王との戦いが不利になるのは明らかだ。
結果、負けることもありえるだろう。
そうなれば、だれも救えない。
市民も、おれ自身も。
(いま優先すべきは、出来ることを確実にこなすこと……だよな)
多くのモノを救うことが目標ではあるが、それに固執した結果、可能であったはずのことまで不可能にするわけにはいかない。
(ワンチャン、この世界の勇者が助太刀してくんねえかな)
頭の片隅に浮かんだ甘い願望を、かぶりを振って追い出した。
(んなもんを計算に組み込むことはできねえよな)
それは悪手にほかならないし、綱渡りもいいところだ。
(割り切るしかねえか)
何度もいうが、出来ることを確実にこなす。
これが一番だ。
(市民を救うことは副産物)
外道と罵られようとも、そう納得するしかない。
ただ、頭では理解していても、心が納得できなかった。
「風波斬。風波斬。風波斬。風波斬」
二つの波をそれぞれ四つに裂き、おれは大魔王と対峙した。
こうすることで、多少被害も抑えられるだろう。
いまできるのは、これだけだ。
「甘ちゃんかと思ったが、そうでもないらしいな」
「大人なんでね。自分が全知全能じゃないことは、とっくの昔に経験済みだよ」
「なら、俺様には勝てんな。ダークネスウェイブ」
大魔王であるなら、全知全能の存在であると自負するのも理解できる。
もっというなら、それぐらいの自信家でなければ、到底務まらないポジションだろう。
しかし、こいつは理解していない。
上に立つ者が大事にしなければいけないことを。
「ダークネスウェイブ」
それを躊躇なく放つのが、なによりの証拠だ。
回数を重ねるごとに威力は増大しているが、速さに変化はない。
避けるのは簡単だ。
大魔王からすれば、当たる当たらないはどちらでもいいのだろう。
どちらにしても、おれもしくは、街に被害が出る。
それでいいのだ。
(バカが!)
街や人に被害を出せば、いままであった日常が成り立たなくなる。
それはつまり、人材の損失にほかならない。
世界を征服するから、街一つ失うことなど些事だ、などと考えているのかもしれないが、なにかを作り出すには多大な労力がいるのだ。
工業地帯は経済基盤を成しているはずだし、街を囲む壁も立派な防塞である。
いまと同じように強敵と対峙する状況を想定すれば、これらは無傷で残しておくべき財産なのだ。
また造ればいい、などと考えているのだとすれば、目の前の大魔王は夢想家であり、自分に都合のいいようにしか物事を考えられないアホだ。
(まさか、自分以外のモノはすべて破壊する、なんて考えてないよな?)
だとしたら、理解できない。
他者がいない世界を征服して、なんの意味があるのだろうか。
(新しい世界の創造? 森羅万象の把握?)
どちらにしろくだらないし、夢想としか思えない。
(ダメだ!)
考えれば考えるほど、イライラしてくる。
(実際いるんだよな)
こういったアホなワンマン経営者は。
昔派遣された会社にもいた。
「競合他社は潰れろ。倒産後は俺の会社の下請けにしてやる!」
などと平気でのたまうクズが。
(ああ、イカン!)
思い出したら我慢できなくなってきた。
「風波斬!」
おれは閃ではなく、面で斬るイメージで刀を振るった。
出来るという確信に近いものはあったが、見事成功したようだ。
迫りくるダークネスウェイブを、おれの風波斬が呑み込み、消失させた。
「バ、バカな!? 俺様の必殺技が」
(そのリアクションもダセェんだよ!)
バカ社長が社員に逃げられたときと一緒だ。
「後悔したって、もう遅い」
人材を蔑ろにしたのは、お前自身なのだ。
おれは床を蹴った。
「避けなさい!」
神官が叫ぶが、それも手遅れだ。
声に反応する前に、おれは大魔王を斬った。
「くっ」
大魔王の上半身が横に跳んだ。
「おい、忘れ物だぞ」
おれは下を指さした。
「忘れ物など……」
事実を悟り、大魔王の目が見開かれた。
現状、そこにあるべきはずの下半身がない。
おれの斬撃で切り離されたのに気づかず、上半身だけが移動したのだ。
「貴様~ぁ」
怒気に顔を赤く染める大魔王。
その宙に浮いた上半身を、おれは真っ二つにした。
死の断末魔すら上げることを許さず、大魔王は滅んだ。