167話 勇者対大魔王メティス
「裁きを受けなさい!」
見るからに硬そうな黒と白の体毛が、無数に飛来する。
「よっ」
飛び退いた地面に、それらが突き刺さった。
(うん。避けて正解だったな)
さっきまでおれがいた場所は、剣山みたいになっている。
しかも一本一本が長く、一メートルくらいの高さがあった。
(白と黒の違いに意味はあんのか? 片方が毒で、もう片方が補助、みたいな)
試しに竜滅刀で斬ってみたが、特になんてことはなさそうだ。
髪の毛の矢、という認識で、いまのところ問題ない。
「まだまだイキますよ! それそれそれ!」
「ったく、調子に乗ってるとハゲるぞ」
「ご心配は無用です。これは永久に生えてきますので」
そうであるなら避け続る意味はなく、対処しなければ針のむしろだ。
「ウインドショット」
魔法で吹き飛ばし、上手くいけばメティスに跳ね返す。
そうなれば万々歳だったが、無理らしい。
毛針はおれの放った突風など、おかまいなしに迫りくる。
(お~お~、ずいぶん強力じゃねえか……いや、待てよ)
単純に、おれの魔法が弱いだけかもしれない。
「ウインドアロウ」
魔法の威力を上げても、結果は変わらなかった。
接近速度が若干落ちたような気はするが、微々たるものすぎてよくわからない。
(魔法は無理だな)
初心者に毛が生えた程度では、ラスボスに歯が立たない。
「んじゃ、これならどうだ!? 風波斬!」
これまで、何度となく窮状を打開してきた必殺技だ。
「よしっ」
風の刃は眼前に迫っていた毛針をすべて粉砕し、メティスに直撃した。
「ああっ」
通行人と肩がぶつかったぐらいの軽い悲鳴とは裏腹に、メティスの身体から盛大な血しぶきが上がった。
(イケる!)
盛り上がりには欠けるが、このまま終わらせてしまおう。
「風波斬!」
トドメのつもりで放ったそれが、メティスにクリーンヒットした。
けど、血しぶきはおろか、体毛を刈ることさえ出来なかった。
「ふふふ、その技はもう通じませんよ」
「でまかせ……じゃなさそうだな」
余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で泰然自若とした雰囲気は、自信の表れだろう。
…………
「マジかよ!? ピンチじゃねえか」
唯一の必殺技が、有効打ではなくなってしまった。
威力の調整や物理特化のゴリ押しなど、やれることはまだあるが、心許ないのも事実である。
「けどまあ、やるしかねえんだよな」
急に手札が増えることはありえない。
あったとしてもそれは急造で、切り札にはなりえない。
いまあるもので最善を尽くす。
それが第一だ。
「それっ」
「させませんよ」
まずは竜滅刀による直接ダメージを試みたが、メティスが撃ち出した大量の毛針に遮られ、接近すらできなかった。
地面を蹴って正面から側面に移動したが、全身毛だるまのメティスには関係ない。
どの角度に移ろうとも、毛針の射線上にいることに変わりはなかった。
「ったく、冗談じゃねえよ」
近づくどころか、どんどん離されていく。
一足飛びに間合いを詰めるという手もあるが、空中で毛針を迎撃しながら痛恨の一撃を見舞う、というのはむずかしいだろう。
「マジで邪魔だな」
地面に突き刺さった毛針は高さもあり、おれの視界を遮る。
上は大丈夫だが、足元で細工をされている場合、対処が遅れる可能性が出てきてしまう。
「風波斬」
竜滅刀を薙ぎ、多くの毛針を切断した。
が、すぐに元通りにされてしまう。
(際限なく撃てるっていうのも、本当みたいだな)
「どうしました? 手詰まりですか?」
「否定はしにくいが、それはお前も同じだろ」
毛針でおれに致命傷は与えられない。
それはメティスも理解しているはずだ。
「では、次の手といきますか。サンダーアロウ!」
手のひらを上にむけ、メティスが複数の雷撃の矢を上空に放った。
「ショット!」
振り下ろした手に同調し、打ち上げた雷撃の矢が急降下する。
??
対処すべきなのだろうが、そのどれもがおれの頭上にはない。
毛針の上に落ちて掃除してくれるならありがたいが、そんな意味のないことをするわけもなかった。
「だよな!」
雷撃が落ちた衝撃で、白い毛針がしなるように曲がる。
そして戻ってきた反動を利用し、そこら中に雷撃を飛散させた。
パチンコやピンボールを連想するそれは、落ちる角度やスピードでそれぞれが違う動きをするので、非常に予測しづらい。
「ああもう!」
見てから反応するので、どうしても回避が遅れてしまう。
「ファイヤーアロウ! アイスアロウ! サンドアロウ!」
メティスが各種魔法の矢を打ち上げる。
雷だけでなく、それらすべても飛散させる気でいるようだ。
「マジで性悪だな」
このままだと、被害だけが大きくなる。
見渡すかぎり更地だから影響は少ないが、復興を視野に入れるのなら、傷跡は浅いに越したことはない。
「んじゃ、おれもマネるか」
左手を銃のようにし、狙いをつける。
「レーザーアロウ」
標的はメティスの奥にある黒い毛針。
計算通りの角度で当たれば、跳ね返ってメティスに当たるはずだ。
「よしっ」
見事に命中した。
けど、思惑通りにはいかなかった。
おれのレーザーアロウは黒い毛針に吸収され、どこかに消えてしまった。
「レーザーアロウ」
黒がいけなかったのかもしれない。
おれは改めて、白の毛針に魔法を撃った。
反射しそうだったが、ダメだ。
しなった拍子に黒の毛針に触れ、レーザーアロウは消失した。
メティスの魔法が黒の毛針と接触しても消えないのは、術者の特権なのだろう。
相手の技を逆手にとって形勢逆転するチャンスだったが、むずかしそうだ。
「ああもう、マジで面倒くせぇな! こうなりゃ、すべて焼き払ってやるよ!」
悪役感たっぷりの言葉とともに、おれはファイヤーボールを撃った。
射線上に飛散するメティスの魔法を蹴散らしつつ、毛針に激突した。
「えっ!?」
白の毛針を消失させていくが、黒の毛針に当たるたび、ファイヤーボールが一回り小さくなっていく。
おれとメティスの間には無数の黒の毛針があり、すべてを焼き尽くすことなく、ファイヤーボールは効力を失った。
「なら、もう一発だ」
「どうぞご自由に」
おれが再度アタックするのと同時に、メティスも毛針を飛ばす。
続けざまに二発三発と重ねても、意味がない。
どれもこれも、メティスにたどり着く前に消えてしまった。
「どうすんだだだだだ」
油断していた。
メティスは毛針をおれとの間だけでなく、横や後ろにも飛ばしていたようだ。
死角から飛んできた雷撃が当たり、身体が痺れる。
(多少イテェけど、これなら我慢できるな)
将来的には、トラ柄ビキニの宇宙人と付き合うことも、夢ではなくなった。
なんてくだらないことは思い浮かぶのに、これといった打開策は浮かばない。
「しゃ~ねえけど、やるしかねえか」
勝利するには、無茶をするしかなさそうだ。
「風波斬!」
幅を厚めに放ち、それを隠れ蓑に接近する。
後方やサイドから魔法が当たるが、こちらも身体を覆う魔素を厚く濃く展開して防ぐ。
「風波斬!」
こちらは毛針を刈りこむため、出来るだけ低く地平を這うような高さに撃った。
短くできれば、その上を走ることも可能だろう。
「イデッ」
貫通はしなかったが、毛針は踏むと痛かった。
けど、足は止めない。
もう少しで、竜滅刀の間合いに入るのだ。
「アイアンメイデン」
メティスが両手をバチンと合わせた。
(やべっ)
おれは反射的に上空に跳んだ。
正解だった。
おれのいたところは、左右の毛針が曲がり串刺しになっている。
その様子は、まさに鉄の処女と呼ばれる処刑具を連想させた。
「反射神経は褒めますが、そこから動けますか?」
メティスが笑っている。
こうなってしまえば、絶好の的だ。
「ニードルフラッシュ!」
「風波斬!」
大量の毛針に風波斬をぶつけるが、すべてを粉砕することはできなかった。
飛んできた毛針から、身体を丸め腕と足を盾にし、顔や心臓を守る。
「ぐあっ」
大量の毛針が突き刺さる。
魔素のガードが無ければ、皮膚と骨を貫いて致命傷になっていたかもしれない。
けど、耐えることには成功した。
「でりゃああああああ!」
落下の勢いそのままに、おれは竜滅刀を振り下ろした。