165話 勇者はメティスを許さない
「お待ちなさい! あなたがやろうとしていることは、私に対する反逆です!」
メティスの一喝に、リルドが足を止め振り返った。
「救済をもたらす私の想いと乖離した行いを、到底許すことはできません!」
泣きそうな表情で尻尾もうなだれるリルドに、メティスの言葉が追い打ちをかける。
「いや、だれ一人救ってないお前に、それを言う権利はねえだろう」
「そんなことはありません! メティス様がいてくださったからこそ、今の私と獣人族があるのです! そこに一切の異論はありません!」
呆れるおれに、リルドが吠えた。
真摯な想いも伝わる。
リルド……いや、ガウやロールにも、おれには理解できない恩や想いがあるのだろう。
(あいつらだけじゃねえか。きっと……四号にも)
訊くことはできないが、それはきっとあるはずだ。
「けど、わからないのです。私たち獣人族を助けてくださった心優しいメティス様は、もういらっしゃらないのですか?」
二人の関係はまだ壊れていない。
互いが歩み寄れば、修復は可能だ。
「あなたのこれから次第です」
メティスの答えは、高圧的で突き放したモノだった。
リルドにどう響いたかはわからないが、おれには「黙って従え」と聞こえた。
「わかりました」
リルドの瞳から大粒の涙がこぼれる。
痛みに耐えるような表情が、すべてを物語っていた。
「さようなら」
訣別の言葉を残し、リルドは背をむけた。
「レーザーアロウ」
無慈悲に撃たれた魔法を、リルドは避けないと思う。
恩人に殺されるならしかたがない、ぐらいのことを思っているはずだ。
「んなもん、許すわけねえだろ!」
射線上に割って入り、竜滅刀で弾いた。
「まだまだイキますよ!」
乱射されるレーザーアロウを、片っ端から斬り落とす。
上下左右に曲がり、変則的にリルドを狙うモノもあったが、それらには魔法で対処した。
「時間稼ぎがしたいのか?」
「なぜそう思われます?」
「これを続けたって、おれやリルドに当たらないのは百も承知だろ? なら、目的はほかにあるはずだ。その筆頭は、魔方陣でエネルギーを吸い尽くすこと、と考えるのは、ごく自然なことだろ」
メティスが魔法を撃つのをやめた。
「やりにくい人ですね」
「んなことねえよ。ここまでは立派に、手のひらで踊ったろ?」
「踊り手がそう認識している時点で、猿回しにはなっていません」
「なら、お前が用意した舞台を教えてくれよ」
正直、いまだにわからないことが多い。
「魔族のガウ。吸血鬼のロール。人間のセイ。獣人族のリルド。そして、夢魔族のメティス。それらすべての種族を蔑ろにしない。それが、お前の掲げた統治だよな? んなもん掲げなくても、国の掌握くらい出来たろ」
「ええ、出来ましたよ。ですが、それでは今の状況は作れません。それぞれが微妙に互いを虐げることで、勇者様はどこにも肩入れしない。その状況を作りたかったのです」
それは上手くいったはずだ。
おれは過度にだれかに入れ込んではいない。
「そうすれば、勇者様はだれも殺さない。それすなわち、油断が生じる、ということです。そこをあなたの魂のカケラに攻撃させれば、肉体と精神の両方にダメージを与えられますからね。唯一の誤算は、勇者様の魂のカケラが従順ではなかったことです」
「たしかに、あれがなければ死んでたな」
「惜しかったですけど、問題はありません。その可能性は、十二分に考慮していましたから」
メティスが口角を高く持ち上げた。
「先ほども言いましたが、勇者様はだれも殺しませんでした。無力化しただけです。この状況で、逃げることは適いません」
足元に転がるベイルを、メティスが踏みつけた。
「あぐっ」
苦痛に歪んでいるベイルの表情が、さらに歪む。
「この子たちを筆頭に、この国にいるすべての人間の力が私のモノになるのです。もちろん、勇者様も例外ではありません」
「なるほど。おれの物はおれの物。お前の物もおれの物。理論か」
わからないではない。
人間だれしも、欲張りたいときはあるものだ。
「まあなんにしろ、やっと理解できたよ。お前の目的はおれに精神的な嫌がらせをしながら、自分をパワーアップさせることだったんだな」
「不本意な言われ方ですが、概ね間違いありません」
メティスが掌を前に突き出した。
「レーザーボール!」
放たれたそれは、巨大にして絶大な威力を兼ねている。
国はおろか、星を破壊するレベルかもしれない。
「時間稼ぎは充分みたいだな」
おれは竜滅刀を一閃した。
絵本で見る桃太郎の桃のように、レーザーボールが綺麗に割れた。
「うりゃりゃりゃりゃ」
竜滅刀を振るう手をとめず、レーザーボールをガンガンに小さくしていく。
理想はみじん切りだ。
「うりゃりゃりゃりゃ!」
斬る斬る斬る!
「うりゃりゃりゃりゃりゃあぁぁぁぁぁ!!!!」
完成だ。
「フォールシールド!」
粉みじんにしたそれを、チリ一つこぼすことなく、シールドの中に閉じ込めた。
後は床を押し上げるだけだ。
イメージはエレベーター。
「あらよっと」
床がせり上がり、小さくなったレーザーボールのカケラを上空へと運んでいく。
どんどんどんどん高度を上げる。
雲を越えたそこが、終着点だ。
「風波斬!」
舞落ちてくるカケラにむかって、特大のやつを放った。
断続的に小さな爆発音は聞こえたが、振動やらなんやらはない。
(二度目ともなれば完璧だな)
「勇者様という人は……信じられないことをしますね」
「人の感情をおもちゃにするお前ほどじゃねえよ」
「いちいち癇に障る男ですね!」
メティスが顔を真っ赤にし、爪を噛んだ。
それに呼応したわけではないだろうが、空に花火のような魔法が打ち上がる。
リルドの合図とみて間違いないだろう。
(場所は……城のあった辺りか)
グッと拳を握った。
「決着は、あそこでつけようぜ!」
間合いを詰め、メティスの顔面に拳を叩き込んだ。