164話 勇者は四号と合体した
『あああああああああああ』
最初に悲鳴をあげたのは、勇者パーティーの四人だった。
みな一様に頭を抱え、もんどり打つように転がっている。
だれ一人死んでいないことが判明したが、あの苦しみようを見てしまうと、それがよかったのかどうかは疑問だ。
発狂こそしないが、おれも嫌な記憶が走馬灯のように駆け巡っている。
(これはアレだな。夢魔族の迷宮で体験した悪夢だ)
おれに対する切り札としては弱い気がするが……
「あれ?」
地面にヒザをついた。
身体に力が入らず、立っていられない。
というより、全身から力が抜けている。
(こりゃ、ヤベェな)
「助けるぞ。いいな」
四号の提案はありがたいが、二つ返事でお願いします、とは言えなかった。
「お前はそれでいいのかよ?」
おれの問いかけに、四号が複雑な表情を浮かべた。
「正直、複雑ではあるよ。メティスに世話してもらったのは、事実だからな」
気持ちはわかる。
四号がこの世界に来た経緯は不明だが、ごく普通の地球人がこんなところに飛ばされたら、だれかしらの庇護がなければやっていけない。
「メティスが善人じゃないのはすぐに分かったけど……中々な」
気まずそうにこめかみを掻く四号からは、多様な感情が読み取れる。
いいことも悪いこともあったのだろう。
けど、そのどれもが、いまの自分を形成する材料になっている。
「やったことに後悔してるのか?」
「してねえよ」
「なら、胸張れよ」
「張ってるよ。張ってるからこそ、お前に託すんだ」
胸をドンっと叩かれた。
「おれには思い残すことがねえんだよ。だから、思い残しがある、お前がやれ!」
後処理を含めてぶん投げられたわけだ。
(でもまあ、その通りだよな)
少し前の話じゃないが、システムを作って終わりじゃない。
管理運営まで責任を持つことが、依頼を請ける最低条件である。
「やらせてもらいます!」
「おう! 任せた!」
おれと四号はガッチリと握手をし、合体した。
傷が一瞬で回復し、力も入る。
状態は万全だ。
いや、前より断然いい。
(これならイケる!)
「レーザーアロウ」
立ち上がると同時に、メティスが魔法を撃ってきた。
「よいしょ」
右手を突き出し、掌に魔素の盾を生み出した。
ガンッという音と体に伝わる小さな衝撃。
それ以外はなにもなかった。
「ちっ」
舌打ちするメティスは、とりあえず保留だ。
まずは状況確認を優先しよう。
足元の魔方陣は巨大で全貌を掴むことはできないが、遠くからも発狂したような絶叫が聞こえる。
(城壁内は、間違いなく有効範囲だな)
『うあああああああああああ』
『ぎゃああああああああああ』
耳に届く阿鼻叫喚の大きさからして、城壁の外の森まで届いている可能性もある。
「感情豊かな子供は夢魔族の好物であり、感情を喰われ続ければ廃人になってしまう」
というようなことをロールが言っていたが、危ないのは子供だけじゃない。
ベイルやアローナたちのような強者たちが痙攣しているのだから、常人なら事切れていても不思議じゃない。
いや、すでにそうなっている者もいるだろう。
「こりゃ、一刻を争うな」
全滅までのカウントダウンは、すでに始まっている。
「風波斬」
「キャアアアアアアア」
メティスの身体が真っ二つになり、溶けて消えた。
「ええっ!?」
パワーアップしたかもしれないが、この結果は予想外だ。
けど、終わったなら問題ない。
(次だ。次)
シリアを止めないかぎり、事態は終息しないのだ。
「どこだ? どこにいる?」
周囲を探るように視線を方々に散らすが……ダメだ。
手がかりすらない。
「危ない!」
リルドの声がしたのと同時に、背中に激痛が走った。
「よそ見はいけませんよ。勇者様」
振り返ると、笑顔のメティスと目が合った。
その手にはアローナの使っていた剣が握られている。
「このっ」
怒りを込めて竜滅刀を薙いだが、メティスはヒラリと後方に避けた。
「乱暴者は嫌われますよ」
「卑怯者となら、どっこいどっこいだろ」
イヤミにはイヤミだ。
刺さるモノがあったらしく、メティスの口元がヒクヒクしている。
「心の狭いやつだな」
「シリア! 出力を上げなさい」
「いいわよ!」
魔方陣が光り、負荷が大きくなる。
体力が急速に削られ、背中の痛みが増す。
「風波斬!」
跳び上がり、地面に斬撃を叩きつけた。
土が削られ魔方陣が欠けたが、影響はなさそうだ。
「元を潰さなきゃ意味ねえな」
「勇者様に出来ますか?」
「出来る!」
小馬鹿にしたような口調に、おれははっきりと答えた。
けど、すぐには無理だ。
メティスを放っておくことはできないし、シリアの居場所もわからない。
「でりゃ」
袈裟斬りに振るった竜滅刀が、メティスを斬った。
手ごたえはある。
けど、これではダメだ。
「ふふっ。今度は油断しないのですね」
すぐに元通りに回復してしまう。
たぶん、細切れにしても同じだろう。
魔法で細胞一つ残さず消滅させても、復活する可能性は否定できない。
(でも、試してみる価値はあるか)
魔素を手の平に集中させた。
「ファイヤー」
ボールというのはやめた。
「ふふっ」
笑いながらメティスが移動したのは、勇者パーティーがうずくまるすぐそばだった。
おれが本気でファイヤーボールを撃てば、あいつらも巻き込んで殺してしまう。
敵ではあるが、殺したいほど憎んではいない。
それに、あいつらも被害者だ。
同情はしないし、仕える相手を間違えたのも自業自得だが、
『アアァァああァァグアガァ』
頭を抱え悶え苦しむ以上の制裁は必要ない。
「お前、本当に性格悪いな」
「誉め言葉として受け取っておきます」
メンタルも立て直したのか、イヤミも効かなくなってしまった。
(どうしたもんかな……)
時間はない。
こうして悩んでいる間も、どんどん体力は減少している。
「にゃああ!(集中しろ!)」
三毛猫の声にビクッとした。
(まったくもって、その通りだな)
油断して、背中に傷を負ったばかりではないか。
「サンキュー」
「にゃ(いいってことよ)」
三毛猫はリルドに抱きかかえられながらも、男前な表情を浮かべていた。
(んん!?)
不安そうな表情を浮かべているが、リルドは平然と立っている。
「無事なのか?」
「多少辛いですが、問題ありません。夢魔族の力は、獣人族には効きづらいですから」
そういえば、そんな話を聞いた覚えがある。
「なら、一つ頼めるか?」
「物によりますね。メティス様に弓引くことはできません」
「なら大丈夫だ。夢魔族のシリアの居場所を探ってくれ」
「ふふっ、ご乱心ですわ。勇者様」
言葉の表面を見れば、それで間違いない。
けど、おれはリルドが動くことを確信している。
「見つけたときの伝達方法はいかがしましょう?」
「空にドデカい魔法をぶっ放してくれ」
「了解しました」
トコトコとリルドが走り出した。
いいねやブックマーク、ありがとうございます。