162話 勇者は賭けに負けるが立ち上がる
「お前の仕事は、人殺し、じゃないよな?」
…………
四号の目を見て訊いたが、答えはなかった。
これをどう取るか。
無言の肯定か、守秘義務による沈黙か。
個人的には、両方だと思う。
けど、決めつけはよろしくない。
人生の明暗がかかっているのだから、慎重に進めよう。
「なんでそう思うんだよ?」
ほんの少しの躊躇で、会話の主導権を奪われてしまった。
けど、問題ない。
望む結果にいたれるのなら、それは些事である。
「黙ってないで教えてくれよ」
四号にこちらを探る雰囲気はない。
気になったから訊いた。
そんな感じである。
「んなの答えるまでもねえだろ。殺しが案件なら、さっき殺れたんだからよ」
「いまだって出来るぞ」
四号が剣先をおれにむける。
その実力を推し量ることは出来ないが、言葉や態度にウソや迷いは感じられない。
「でも、やる気はないんだろ?」
挑発しているわけじゃない。
おれには、その根拠がある。
「仮に殺しが目的なら、おれとアローナたちが押し合い圧し合いをしていたときに出来たし、そのタイミングを逃すわけがないんだよ。少なくとも、『おれ』なら逃さない」
「そうだな。『おれ』も逃さないだろうな。けど、『おれ』はお前じゃない」
互いに、『おれ』という単語を強調した。
それはつまり、自分たちは似て非なる者だと告げているのだ。
これまで出会ってきた二号三号もそうだった。
外見は同じでも、性格は微妙に違う。
だから、驚きはない。
けど、『おれ』であることに間違いはなかった。
そして、それこそがおれの求めていることだ。
「お話し中のところ申し訳ありませんが、勇者様にはそろそろ死んでいただこうと思います」
笑顔のメティスが割り込んできて、おれに指先をむける。
「レーザーアロウ!」
放たれた矢が、脇腹を貫いた。
「がはっ」
灼けるような痛みが全身を突き抜け、吐血した。
「あれ?」
地面に小さな血だまりが生まれたのを最後に、視界がぼやけ、靄がかかるように白んでいく。
(これはヤバイな。死んじゃうかもな)
なぜか視界が低くなっていく。
五感も鈍っている。
そのせいで足に力が入らず、立っていられないのだろう。
いや、青っぽいものが視界に広がっているから、仰向けに倒れたのかもしれない。
「にゃあああああ」
三毛猫の鳴き声がした。
「に……に…………」
続けて鳴いてるようだが、だんだんと耳も聞こえなくなってきている。
(あ~、こりゃダメだ。賭けはおれの負けだな)
手足の感覚がまるでない。
三毛猫を撫でてやろうとしても、腕や指が動いているのかすら把握できない。
(こりゃ死ぬな)
??
暖かい。
焚火などで感じる熱さではなく、人肌に触れたときの柔らかな温もりを感じる。
「にゃあ! にゃああ! にゃあああ!(起きろ! 起きるんだ! 死ぬのはまだ早いぞ!)」
三毛猫の声が変換されて聞こえる。
視界の靄は晴れないが、指先の感覚は蘇ってきた。
「リルドさん、なにをしているのですか?」
メティスの声も、はっきりと聞こえた。
口調こそ優しいが、声音には険が含まれている。
「恩を返しています」
「恩、ですか?」
「はい。恩です」
リルドの声がすぐそばで聞こえる。
ということは、彼女がおれになにかをしてくれているのだろう。
「具体的にお聞かせいただいてもよろしいですか?」
「ガウとロールに、安住の地を与えてくれました」
「あの二人はすでに死んでいます」
メティスの言う通りだし、おれはあの二人になにもしてやっていない。
「静かに眠っています」
…………
それ以上のことが要りますか?
おれにはそう聞こえた。
「たったそれだけのことで、リルドさんは私に弓引くのですね?」
…………
リルドは答えなかった。
ただ、温もりが消えないということは、その意思がある、ということだろう。
「そうですか。まあ、いいでしょう。最早、リルドさんは用済みですからね」
「えっ!?」
「何を驚いているのですか? 当然でしょう。あなたは私を裏切ったのですから」
「違います。私はメティス様を裏切ってなどいません! メティス様から与えられた恩を返すため、これからも全力で尽くすつもりです!」
腹の上で振るえているのは、リルドの手だろう。
全身を包む暖かさは、そこから伝わっている。
「では、ヒールをやめなさい」
やはり、リルドがおれの命を繋いでくれていたようだ。
「どうしたのですか? 聞こえないのですか? 私の言葉が」
典型的なパワハラ上司だ。
「……はい」
了承の返事はしたが、回復は続いている。
「にゃああ」
三毛猫が鳴いたが、言葉にならないようだ。
「ごめんなさい」
魔法が消える寸前、リルドはそうささやいた。
その小さなつぶやきは、メティスには届かない。
たぶん、おれか三毛猫に対して発したのだ。
「にゃあ(ありがとう)」
三毛猫の言う通りだ。
感謝こそすれ、責める道理はどこにもない。
視界も晴れてきた。
一番最初に見たのがリルドの泣き顔だったのはあれだが、回復を実感する。
次いで、全身の感覚も戻ってきた。
状態としては、レーザーアロウをくらう前と大差ない。
けど、立ち上がるには充分だ。
「あらあら、またやられるために立ち上がるのですか?」
「七転び八起き、って言うだろ」
「では、後六回は転んでいただかなければなりませんね。レーザーアロウ」
嗜虐心たっぷりの笑みとともに、メティスが魔法の矢を放つ。
(あ~、ヤダヤダ。ああはなりたくないね)
こっちは立っているだけで精一杯なのだ。
避けるなど出来ようはずもなく、右ふくらはぎに穴が開いた。
悲鳴が口をついて出そうになったが、ぐっとこらえた。
竜滅刀を支えにし、倒れることも拒んだ。
「反抗的ですね」
「おたくのパートナーとは違うんでね」
少しだけ眉を吊り上げるメティスに対し、おれはベッと舌を出した。
「まったくもってその通りです。彼とは雲泥の差です」
「出会ったときから全然違ったのか?」
「ええ。彼は最初から協力的でした」
「でも、交渉はむずかしかったよな」
「そうですね……」
メティスの表情が変わった。
しゃべり過ぎたのに、気づいたようだ。
「やっぱりそうか。お前とあいつの間には、契約があるんだな」
おれと四号は、似て非なる者である。
二号も三号も例外じゃない。
けど、全員が『おれ』なのだ。
だから、これだけは断言できる。
おれたちは『フリーランス』であり、仕事を『選ぶ』者だ!