161話 勇者と四号の対面
なにをするつもりか知らないが、絶対にろくでもないことだ。
つぶさに観察すべきだが……無理だ。
薄氷の上を渡っているような現状、そんな余裕は微塵もない。
きっかけがあれば事態は動くと考えたが、まさかおれにだけ不利な要素が生まれるとは、思いもしなかった。
「全員で押し切るわよ!」
機を見るに敏なり、とはこのことだ。
アローナの号令の下、勇者パーティーが力を振り絞る。
(押し……切られる……わけには……いか……ない……けど……今度こそ……ダメ……かも……しれない)
ベイル、アローナ、マリアナ、ガンロックの合わせ技が、おれの風波斬を呑みこみつつある。
諦めたくはないが、敵はいても味方がいない現状、覆すのは至難の業だ。
(猫……にはなんの力もなさそうだしな)
視界の端にその姿が映る。
リルドに抱えられ、不安そうな表情を浮かべていた。
(大丈夫。お前はおれの仲間じゃなく、リルドのペットだ)
「にゃ~」
三毛猫が小さくかぶりを振った。
「ははっ」
偶然なのだろうが、意外な義理堅さに笑みが漏れた。
(まいったね)
このままなら四号にも出会えないし、メティスと決着をつけることもできない。
正直不満しかない結末だが、最後に少しでも笑えたことを思えば、御の字だろう。
「諦めるのか?」
『えっ!?』
おれだけに聞こえたモノではないらしい。
勇者パーティー全員が面食らっている。
「うおりゃあああああああ!!」
隙をついて、少しだけ押し返せた。
(助かった)
首の皮一枚繋がったことに安堵しながら、おれは声のした方を横目で確認する。
路地から出てきた男がいた。
一七三センチぐらいの身長で、痩せすぎず太りすぎず。
ルックスは……中の上。
いや、上の下……かな?
まあなんにしろ、よほどの奥手でないかぎり、相手には困らない外見をしている。
「よっ」
「おう」
気軽な挨拶に、おれも気軽に返す。
「元気だったか?」
「一応な」
「そうか。それはなによりだ」
「お前はどうなんだよ?」
「見ての通りだよ」
両手を広げる男も大丈夫そうだ。
切羽詰まる状況でなにやってんだ、と思うかもしれないが、これは必要な会話なのだ。
男の状態確認は、最重要案件にほかならない。
「にしても、お前のほうは大変そうだな」
「ああ、見ての通りだよ」
ギリギリ持ちこたえているのは相変わらずで、いつ均衡が崩れても不思議じゃない。
けど、そうはならないだろう。
「な、なんで、あんたが二人いるのよ!?」
アローナに先に言われたが、姿を見せたのは四号である。
おれが二人いることがよほど衝撃的なのか、勇者パーティーの合わせ技もほんの少し衰えている。
集中できていない証拠だ。
(やるならいまだな!)
メティスや四号に気を取られているのはおれも同じだが、切り替えはスムーズにできた。
「風波斬!」
気持ちを集中し、最大級の一撃を放った。
これでダメなら諦めよう。
それぐらい、おれの中にあるすべてを振り絞った。
新たな風波斬が勇者パーティーの技を呑みこんでいく。
「そ、そんな!?」
「まさか……」
「う、嘘でしょう!?」
アローナ、ベイル、マリアナの三人は、言葉とは裏腹に諦めてはいなかった。
動揺しながらも、技を維持しようと踏ん張っている。
「信じられんが、これまでか」
ただ一人、ガンロックだけは早々に見切りをつけてしまった。
四人の力が合わさった必殺技だからこそ、おれの全力の風波斬と互角だったのであり、一人が欠けたいま、雌雄は決したといっていい。
「諦めたら、そこで試合終了だぞ」
そのネタがわかるのはおれだけだが、
「そうよ!」
「その通りです!」
「こいつの言う通りだ! ガンロック! 諦めるな!」
四号の叱咤は、アローナ、マリアナ、ベイルに響いたようだ。
ただ、勇者パーティー全員ではなかった。
一番実直で意志が強固そうに思えたガンロックが、早々に折れてしまった。
あまつさえ、大剣を手放す始末だ。
「はあぁ、しかたねえな」
四号が刀を抜いた。
「本当はやりたくねえけど、これも仕事だ。悪く思うなよ」
視線がおれにむいているということは、おれに言っているのだろう。
嫌な予感がする。
「なにする気だよ」
「言ったろ。仕事だよ」
「内容は?」
「殱魔斬!」
四号がぶつかり合うおれと勇者パーティーの技を斬った。
大地震や火山の噴火など、自然の驚異を感じることは多々あるが、そのどれよりも激しい衝撃が生まれ、星が揺れた。
実際そうだったかを確認することは不可能だが、感覚としてそれ以外の表現ができない。
もちろん、立っていることも出来なかった。
風に飛ばされ、いや、巻き上げられている?
(ダメだ)
すでに天地の感覚がない。
あるのは、時折吹き飛んできた瓦礫が当たって痛い、ぐらいである。
「ぐあっ!」
もみくちゃにされた後、地面に叩きつけられた。
体感にすれば一、二分だったと思うが、それ以上の恐怖体験だ。
「イテェ」
骨の何本かは確実に折れている。
ただ、息も出来るし手足に痺れもない。
前後の記憶もはっきりしているから、重篤な損傷はないはずだ。
「ヒール」
回復を試みたが、魔素の消費もあり上手くいかない。
「イデデデデ」
痛みに表情を歪め、おれはのろのろと上体を起こした。
「マジかよ!?」
城を含め、街は消えていた。
石畳も家もなにもかもが跡形もない。
ただ、どうやったのかは知らないが、逃げ遅れた人と城壁は現存していた。
おれがガンロックを吹き飛ばしてあけた穴のそばで、一塊になっている。
「ったく、冗談じゃねえよ」
立とうとするが、足に力が入らない。
ガクガクブルブルと震えている。
(ほかのやつらは……)
ベイル、アローナ、マリアナ、ガンロックの姿はあるが、ピクリとも動かない。
死んでいる可能性もあるが、おれが生きているのだから、彼らも生きているだろう。
リルドと三毛猫は……無事だ。
腰を抜かし茫然と一点を見つめているが、着衣を含め外傷は見当たらない。
「んよっと」
歯を食いしばり、震える足を手で押さえながら、無理やり立ち上がった。
「へえぇ~、立てんだな」
「どういうつもりだよ!?」
感心するような口調の四号をにらんだ。
「最初に言ったろ? 仕事だよ」
「ご理解いただけているとは思いますが、その仕事は私が依頼したものです」
メティスが歩いてきて、四号の肩に手を添えた。
現れた順番からその可能性はあると思っていたから、驚きはない。
いざこざがあったのもおれとメティスであり、四号は無関係だ。
だから、四号がメティスと雇用関係を結んでいても、文句はない。
けど、四号が引き起こした結果には、大いに不満がある。
「街の破壊がしたかったのか?」
「まあな」
「ふふっ、彼はあなたとは違うのです。なにせ、私のパートナーですからね」
悪びれた様子の無い四号に愉悦の笑みを浮かべ、メティスがしなだれかかった。
(んん!?)
普通ならイチャイチャするところなのだろうが、四号はメティスを押し返した。
その行動は理解できる。
おれも人前でイチャコラするのは好きじゃない。
けど、違和感を覚えた。
(もしかしたら……)
ある考えが浮かんだ。
もしそうなら、すべてに合点がいく。
ただ、違う可能性も十分にある。
これは一種の賭けだ。
自分の命が掛け金の危ないヤツだが、分はいいと思う。
なにせ、四号はおれなのだ。
(まあなんにせよ、おれはこれに賭けるしかねえんだよな)
このままなら確実に死ぬ。
変わるのは、だれにトドメを刺されるか、だけだ。
「お前の仕事は、人殺しじゃないよな?」
おれは一世一代の賭けにベットした。