160話 勇者対勇者パーティー
「いくぞ!」
宣言通り、ガンロックが口火を切った。
「剛力爆砕斬!」
距離を詰め、愚直に振り下ろされる大剣。
それはガンロックの一途さを反映した一撃、と表してもいいだろう。
好意的な解釈をすれば、真っすぐで男前だ。
けど、そうでないおれからすれば、バカの一つ覚えにほかならない。
思考にも行動にも、柔軟性のカケラも感じない。
ひょいっと横に躱し、がら空きの横っ面を殴るのも簡単だ。
「でりゃ」
「ぐっ」
予想していたのか、踏みこらえたガンロックがおれをにらむ。
「今度は負けんぞ!」
思うところがあるのは理解できるが、如何せん、おれたちの間には大きな実力差がある。
これは、気合いだけでどうにか出来るものではない。
「せりゃ!」
左拳を引き、あごを狙って再度撃ち込んだ。
クリーンヒットした。
眼球が不規則に回転した後白目をむき、膝が消失したように倒れ込む。
脳震盪による気絶を起こし、ガンロックはピクリとも動かなくなった。
「癒しの雨」
マリアナが撃ち上げた魔素の弾が空中で割れ、勇者パーティーに魔素の雨が降り注ぐ。
言葉通りなら回復系の魔法だが、ダミーの可能性も考慮するべきだ。
おれは癒しの雨の範囲外に退いた。
杞憂だったようだ。
降り注ぐ魔素の雨を受け、ガンロックの赤く腫れた打ち身が消えていく。
すぐに意識も回復し、立ち上がろうとしている。
ただ、全回復とはいかないらしく、少しモタモタしている印象だ。
(広範囲にする意味は……アローナか)
闘気を立ち昇らせているが、アローナは立っているのも辛そうだ。
けど、回復魔法の効果もあり、その表情からは苦しみが徐々に取り除かれつつある。
傷だけでなく、体力を回復させる効果もあるのかもしれない。
(おれも回復できるかな?)
そんな淡い期待もよぎるが、実行する気にはなれなかった。
なにかあってからでは、取り返しがつかないからだ。
(マジかよ!?)
しれっと癒しの雨を浴びる三毛猫に目を見張った。
何食わぬ顔でそこに居れるのがすごい。
毛づくろいをしながら全身で癒しの雨を浴びる姿は、自分野良猫なんで、みたいな雰囲気を全面に押し出している。
(お前は普通の猫の倍ぐらいデカイんだぞ。それを忘れるなよ)
背中を丸めても意味がない。
その辺の野良猫がバレーボールぐらいだとしたら、三毛猫は小さなバランスボールぐらいのサイズ感があるのだ。
しれっと街並みに紛れ込むには無理があるし、おれの肩に乗っていたところも目撃されているだろう。
(早く逃げろ。そこに居れば、また巻き込まれるぞ)
念を飛ばした。
お前なら感じ取れるはずだ、という思いを込めて。
…………
(ダメだな)
よほどあそこが心地いいのか、動く気配が微塵もない。
「ハアアアアアアアア」
「ヤアアアアアアアア」
ベイルとアローナが大きく練った闘気を収縮させていく。
あれが完成した瞬間が、この戦いが終わるときだろう。
待つ必要はないのだが、いまおれが特大の風波斬を放ったら……完全に悪者だ。
三毛猫が逃げる時間も必要だし、もう少し待つ以外の選択肢は選べなかった。
「皆さん、サポートします。マルチ・ブースト!」
マリアナによって、勇者パーティー全員に身体向上が付与された。
『アアアアアアアアアアア』
ベイルとアローナの声が重なる。
(これはそろそろヤバイな)
おれの頬を冷や汗が伝うが、三毛猫は微動だにしなかった。
(マジであいつ死ぬかもな)
この状況を理解できないなら、その可能性は高い。
「そこにいては危険ですよ」
リルドが三毛猫を抱え、強制退場させた。
(ナイスッ!)
これで心置きなく戦える。
「いくぞ! 剛力爆砕斬! 弐ノ型!」
絶妙なタイミングで、ガンロックが技を放った。
渾身の一撃であるそれは、いままでより圧倒的な力を有している。
「メテオバースト!」
サポートにとどまらず、マリアナがマグマの塊のような獄炎を撃った。
ともに火属性であるためか、重なった剛力爆砕斬とメテオバーストが混じり合い、急激な炎の膨張が起きる。
その光景はバックドラフトというより、太陽フレアを連想させた。
まだ少し距離はあるのだが、熱量はビンビンに伝わってきているし、肌の表面が乾きヒリヒリする。
「あたしのすべてを、この一撃に賭ける!」
アローナが地を蹴った。
「龍殺」
振り上げた剣に、剛力爆砕斬とメテオバーストが生み出した爆炎が吸収され、巨大な火柱を形成した。
その色は赤ではなく、より高温の青……でもなく、黄色に近い白だ。
太陽の光に酷似しているそれには、それだけの熱量が含まれているのだろう。
「滅死斬!!!!」
アローナ自身、無傷で終わることは考えていないようだ。
肌と髪が焼けるような匂いとともに、剣を振り下ろしている。
当然、おれにもその覚悟はある。
「風波斬!!」
必殺技で迎え撃った。
互いが激突し、ものすごい衝撃が生まれた。
ここから押し合い……にはならなかった。
身体が後ろに圧されていく。
(やっぱ無理か)
とてもじゃないが、持ちこたえられそうにない。
わかっていたことだが、余力を残した状態では歯が立たない。
けど、こうしなければいけないのだ。
「ハアアアアアアア」
ベイルは動くことなく、いまだに力を集結させ続けているからだ。
行動に移らない理由は、結果を待っているのだろう。
アローナの一撃が勝っておれを殺せるならそれでよし。
引き分けや万が一負けた場合、打ち終わりの一拍の隙を狙って必殺技を叩き込むつもりなのだ。
どちらにせよタイミングが命であり、その一瞬を逃さぬよう、目を見開き闘気を練り続けている。
あちらに奥の手があるのは理解しているが……もう無理だ。
このままなら、ベイルの出番なく押し切られてしまう。
(やるしかねえ!)
おれはリミッターを外した。
「風波斬!」
全力の全力。
一切の妥協なしだ。
押し返せないボールを弾くように、全力で竜滅刀を前に押し出す。
「ふぐぐぐぐぐぐ」
全身の筋肉を総動員する。
(イケるかもしんねえな)
少しだけ押し返せた。
これならどうにかなるかもしれない。
「サウザントブレイド!」
ベイルの必殺技が加味された。
(ちょ、お前、ふざけんなよ!)
大きい声で文句を言いたいが、口を動かす余裕がない。
せっかく押し返した分も、あっさり取り返されてしまった。
(大体、四対一って卑怯だろ!? それが勇者パーティーのやることか!?)
心のグチが止まらないし、後退も止まらない。
劣勢なのも相変わらずだ。
(マジできつい!)
けど、やらねばならぬ。
「ぜりゃあああああああああ!」
力を振り絞る。
スッカラカンになるのだとしても、これだけは押し返す。
『ハアアアアアアアアアア』
ベイル、アローナ、マリアナ、ガンロックも力を振り絞っている。
まさに意地のぶつかり合いだ。
少しでも諦めたほうが負ける。
「せりゃああああああああ!!」
『ハアアアアアアアアアア!』
五分の力でせめぎあう。
この拮抗は、きっかけがないかぎり続くかもしれない。
「ウソだろ!?」
目を見張った。
視界の奥に見覚えのあるやつが現れたからだ。
「ふふっ」
冷酷な笑みを浮かべたメティスが、ベイル達の背後に姿を見せた。