158話 勇者対アローナ
迫りくる斬撃は、細く小さかった。
街中かつ人込みであることから、アローナは龍殺滅死斬の威力を抑えたのだろう。
(いや、違うな)
前に見たそれとは似ても似つかないから、たぶんべつの技だ。
(ってか、コレ……ただの飛ぶ斬撃だよな!?)
避けるのは簡単だし、当たっても大したダメージは負わない気がする。
初手で決める、と息巻いていたが、これでは無理だ。
だとするば、べつの目的があるのだろう。
(なんだろうな?)
思いつくのは、市民が逃げる時間稼ぎをすることであったり、戦場を移すことで街への被害を減らすこと、などである。
もし仮にそうだとするなら、おれに異論はない。
けど、賛同できるのは前者だけだ。
メティスと決着をつける以上、戦場になる城下町が無傷で済むことはない。
むしろ、城下町だけで済めば上出来だ。
多かれ少なかれ、必ず犠牲は生まれる。
その覚悟は出来ているし、批難から逃げるつもりもない。
けど、可能なかぎり犠牲は減らしたい、というのも本音である。
(そのためには、コロコロと戦場を変えるべきじゃねえんだよな)
平時有事にかかわらず、人が動ける速度などたかが知れている。
大事なのは、ここに留まれば危ない、と認識させ、避難するように誘導することである。
「よいしょ!」
アローナが放ったのと同程度の風波斬を撃った。
互いが激突し、相殺された。
爆風も衝撃波も生むことなく、静かなものだ。
けど、戦闘の緊張を生み出すことには成功した。
「戦えない者は、さっさと避難しなさい!」
アローナが城の外を指さす。
危機感も重なり、若い連中はすぐに走り出した。
けど、老人や子供はそうはいかない。
老人は動くのに時間がかかるし、子供たちは事態を把握するのに時間がかかる。
「あたしはあんたのことを、少しだけ買ってたのよ」
急な話だが、時間稼ぎにはもってこいの手法だ。
何食わぬ感じで付き合ってやるのが、大人の対応だろう。
「おれはお前の露出狂的な部分は、改めたほうがいいと思ってたぞ」
「殺す!」
アローナが斬りかかってきた。
短気なやつだ。
(まあ、確信犯だからあわてることはねえけどな)
アローナの一撃を、竜滅刀で受けた。
「でぇ? お前が勇者っていうのは本当なのか?」
「ええそうよ。あたしは天啓を受けた正真正銘の勇者。文句ある!?」
接近戦なら周りへの被害も少ないと判断したのか、その表情は次第に好戦的なそれへと変貌していく。
「いや、文句はねえけど、ベイルってやつも勇者を名乗ってるぜ」
「彼も天啓を受けているからね。間違いじゃないわ」
「天啓ってなんだよ?」
「神様の言葉よ。あんたそんなことも知らないの? 馬っ鹿じゃない」
「無知だからこそ教えてくれよ。神様の言葉ってあれか? ある一定の年齢になったら、全員が恩恵やらスキルを授かる、みたいなやつか?」
「んなわけないでしょ。天啓は選ばれし者のみが聴く神の声よ」
「じゃあ、神様には直接会ったのか? それとも、声だけが降ってくるパターンか?」
おれは死んでサラフィネに会い、勇者になった。
もしかしたら、アローナたちも同類なのかもしれない。
「ベイルは神の代弁者であるメティス様から神託を授かったけど、あたしは直でお会いして、勇者に任命されたわ」
二パターンあるようだ。
けど、それより気になったのは、アローナの表情である。
神様に会って勇者という誉れを授かったにしては、苦々しい表情をしている……ような気がしてならない。
それと、メティスが神の代弁者というのも、信じがたい。
「あの」
「おしゃべりはここまでよ」
おれの言葉はピシャッと遮られた。
短い時間であったが、住民の避難は完了したようだ。
「全力であんたを殺すわ」
次いで放たれたのは、言葉と同様の鋭い斬撃だった。
宣言通りではあるが、これでは無理だ。
「よっ」
アローナの袈裟斬りを、かち上げるように弾いた。
「やるじゃない。でも、まだまだ」
弾かれた反動を利用し、アローナは回転しながら逆袈裟に剣を振るう。
「それっ」
「まだまだまだ」
一合二合三合……と、互いの剣閃がぶつかり火花を散らす。
(やっちまったな)
歯噛みした。
ここにきて、おれは気づいた。
いや、気づかされた。
元々、アローナの一撃は鋭く重いのだが、そこに反動が加わったことで、重さと速さが加速度的に増している。
初期段階なら力づくで静止させることも可能だったが、いまの手に伝わる感触からして、もう無理だ。
それ相応の力で対処しなければ押し切られてしまうし、受け流すことしかできない。
(まんまとハメられたな)
いや、後手後手に回った時点でダメだったのだろう。
(なら、これはどうだ!?)
逆袈裟に対し、両手持ちにした竜滅刀を薙ぎでぶつけた。
(ダメだな)
剣線のむきが変わるだけで、勢いは衰えなかった。
「にゃあぁぁ(あぶないぃぃ)」
叫ぶ三毛猫の気持ちもわかる。
最早、いつ当たってもおかしくない。
おれも三毛猫も。
逃がしてやりたいが、そんな余裕もなかった。
(しかたねえ。奥の手を出すか)
『ブースト!』
おれとアローナの声が重なった。
苦虫を潰したような表情をしているであろうおれと、してやったりという表情を浮かべるアローナ。
それだけで、どちらが有利かは語るべくもない。
(このままじゃジリ貧だな。どうにかしねえと)
現状の両手持ちから片手持ちに切り替え、あいた手で魔法を放つ。
トライしてみる価値はあるが、成功の可能性は薄いだろう。
理由は片手持ちで竜滅刀を振っても、防げるのはいいとこ二、三撃だ。
下手をすれば、一発で竜滅刀が弾き飛ばされる可能性だってある。
あいた手で魔法を放っても、状況を打開できるだけの威力を出せるかも疑問だ。
強い魔法を放つには魔素の凝縮が不可欠だが、そこに集中する余裕がない。
考えるよりも感じろ。
ジークンドーの達人が映画の中で言った有名なセリフだが、それを実践するには圧倒的に経験値が足りていない。
ゆえにこの状況で撃てる魔法などたかが知れているし、当たっても大した影響はないだろう。
「充分ね」
(あっ、ヤバイ!)
本能的にそう感じた。
「逃げろ!」
三毛猫がおれの肩から飛び降りた。
こいつもここにいたらヤバイと感じたようだ。
中々の危機察知能力だし、思い切った行動力も良し。
「龍殺滅死斬!」
「風波斬!」
自分を含め、周りがどうなるかは二の次だ。
全力でやらなければ、間違いなく死ぬ。
アローナとおれの渾身の必殺技が、至近距離で激突した。