157話 勇者は市民にウケが悪い
吹き飛んだガンロックが、再度城壁に激突した。
飛び散るガレキと巻き起こる粉塵。
それらが衝撃のすさまじさを物語っているが、腐っても勇者パーティーの一員である。
この程度で死ぬことはないだろう。
(ってか、ラッキー。これで飛び越えなくていいじゃん)
城壁には大穴が開いている。
これは思わぬ副産物であり、モタモタしてたら騎士たちに塞がれてしまうかもしれない。
そうなる前に、さっさと入ってしまおう。
(でもその前に……)
確認を怠ってはいけない。
「森は無事か?」
「無事か無事じゃないかの二択なら、無事ではありません」
リルドは苦々しい表情を浮かべている。
延焼は食い止めたが、結構な規模で森が消失してしまったからだ。
中にはジュースの果実が採れた樹もあったと思うと、残念でならない。
「ですが、被害は最小限に止められました。ありがとうございます」
リルドが頭を下げると、騎士団にざわめきがおきた。
「おいっ!? あれを見ろ! 愚者に感謝しているぞ!?」
「四天王とはいえ、所詮は獣人族だ。誰にでも尻尾は振るさ」
(とんでもねえ偏見だな)
聞こえていないと思っているのだろうが、バッチリと聞き取れてしまった。
そして、これこそがこの国の実態を表している。
「言わせといていいのか?」
「構いません。けど、注意は必要ですね」
リルドを取り巻く魔素が大きく濃くなった。
それは自分たちをはるかに凌ぐモノであり、騎士団の連中が身震いする。
嘲るようなセリフを吐いた者にいたっては、仲間の背後に隠れ、必死に存在感を消そうとしている。
しっぺ返しが怖いなら口にしなければいいだけだが、そう簡単でもない。
民族的には下だと思い込んでいる獣人族が、自分よりはるか上の地位に就いているのだ。
やっかむ気持ちは、わからないでもない。
(けど、それを胸に留めておけないようじゃ、ダメなんだよな)
人としても、上司部下としても。
「この森に手を出すことは許しません! もし仮にそれが守れないなら、私はあなたたちを殺します」
その点、リルドは立派だ。
個人を叱責しなかった。
けど、優しいだけで終わらせるつもりもない。
現にリルドを取り巻く魔素は、それが可能だと暗に告げている。
「その権限は四天王を拝命した際に、メティス様より頂戴しています」
釘を刺すついでに、自分はおれの仲間ではなくメティスの部下だ、とアピールしているわけだ。
上手い方法である。
これだけやってダメなら、なにをしても無駄だろう。
(まあ、おれにはなんの関係もないけどな)
有象無象にどう思われようが、知ったことじゃない。
森の鎮火も確認できたし、ガンロックが開けた穴をくぐってしまおう。
近づくと、思いのほか穴がデカイことに驚いた。
三~四メートルぐらいある。
城壁が高いから小さく見えていたが、これは結構な衝撃だったはずだ。
(死んでないよな?)
大型トラックに轢かれたぐらいの衝撃に、おれの打撃が加算されているのなら……ないとは言い切れない。
地面に這いつくばって気を失っているガンロックの首筋に、恐る恐る指を添えた。
(オッケー。脈がある)
無益な殺生をせずに済んだ。
(いや~、よかったよかった……もう一発ぐらい、カマしてもいいよな!?)
安心すると同時に、胸に込み上げるヘイトを抑制できない。
「これは傷つけられた森の分だ」
少年漫画の主人公が仲間の仇をとる際のセリフとともに、おれはガンロックの顔を踏みつけて城下町に入った。
「これは犠牲になった動物たちの分です」
リルドもガンロックを踏みつけていた。
おれより怒りが強いのか、一度ではなく、二度ほど強く足を振り落としている。
「にゃ!(ちょっと失礼)」
三毛猫がおれの肩から跳び、ガンロックの顔にボディープレスをかました。
(お前も思うところがあったんだな)
晴れやかな表情が、満足感を表している。
「んじゃ、行くか」
「にゃあ(あいよ)」
三毛猫がおれの肩に飛び乗った。
「いや、自分で歩けよ」
なんだかんだで、一般的な猫の倍ぐらいデカイのだ。
正直、肩の上に居られるとバランスが悪い。
「にゃんにゃん、にゃにゃにゃん(イヤイヤ、離れたくない)」
表現しうる最大限の可愛い表情を浮かべているのだろうが、おれの心は一ミリも動かなかった。
というより、三毛猫はマスコット的立場から、とうの昔に外れている。
そのことに気づかないわけはないのだが……
(わかってるよね?)
口は開いたが、言葉にならなかった。
いや、訊くのが怖かった。
もし万が一、いまもそのポジションにいるつもりだとしたら、おれは泣いてしまうかもしれない。
「そこにいたいのか?」
「にゃん」
三毛猫がうなずいた。
(よし)
折衷案ではないが、肩に乗るぐらいは許してやろう。
「リルド、この街に来たことあるか?」
「ありますが、案内できるほど詳しくはありません」
「そっか。なら、まずは大通りから攻めるか」
地面は石畳で舗装され、石造りから木造まで多様な建築が並んでいる。
おれたちは穴が開いた場所から入ったが、少し遠くには大きな門も見える。
馬車や人の出入りがあるそこは、道も広そうだ。
「あそこがメイン通りっぽいな」
読み通りだった。
道幅は片側四車線ぐらいの幅がある。
左右に露店が建ち並んでいることを考慮すれば、五、六車線は優に超えるだろう。
しかも、すぐ外で戦闘があったとは思えないほど、活気に満ちていた。
客引きや値段交渉の声が、ひっきりなしに飛び交っている。
その中の一人と、目が合った。
「えっ!? 嘘でしょ!?」
視線の合った若い女子が、大きく目を見開く。
未確認生物を目の当たりにしたようなリアクションだ。
「きゃ~」
「わ~」
「逃げろ~」
毎度おなじみになりつつあるが、おれを見た途端、一般市民が逃げ出した。
「いや、やめて」
視線の合った子は腰を抜かし、涙を流しながらかぶりを振っている。
「そこまでよ!」
制止する声が聞こえたが、おれはなにもしていない。
事実無根もいいところである。
「あんたはやっぱり、女の敵だったのね」
言いがかりにも思えるが、あながち間違ってはいない。
おれの敵は、メティスという女である。
「あんたの相手は、勇者であるあたしがしてあげる」
「いや、頼んだ覚えはねえよ」
「安心しなさい。あんたには借りがあるから、苦しまずに殺してあげる」
おれの前に立ちはだかったアローナのセリフは、悪役そのものだ。
もし仮にアローナが勇者であるなら、この世界は終わったも同然である。
「龍殺滅死斬!」
問答無用の必殺技が、戦いの幕をあげた。