156話 勇者対ガンロック
森を走る。
全力ではないが、まあまあのスピードは出ていると思う。
(ついてきてる? 大丈夫だよな?)
後ろを確認すれば、リルドがちゃんといた。
……
(ドジっ子じゃなかったんだな)
軽快に走る姿からして、ヒールが問題だったのだろう。
おれの肩に鎮座する三毛猫も、問題なさそうだ。
問題があるとすれば、目の前の城壁をどうするか、である。
高さとしては、一五~二〇メートルぐらい。
もちろん、飛び越えることは可能だ。
けど、それをするには、なさねばならぬことがある。
木々の隙間から見える城壁の前には、隊列を組む騎士団の姿が確認できる。
かなりの数がいて、おれを待ち構えているようだ。
その中に、一際雰囲気のある者がいる。
見間違うことはない。
ガンロックだ。
「あいつがいるとなると、空は危険だよな」
ジャンプ際や空中で狙われると、厄介だ。
「大罪人め、やはり来たな」
森を抜けたおれを見据えるガンロックの眼光は鋭く、全身から闘志を燃え上がらせている。
「メティス様に弓引く愚か者よ! 勇者パーティーが一人、ガンロックが成敗してくれる!」
「立派な口上だけど、おれもやったほうがいいか?」
この世界における名刺交換的な要素もあるのかもしれないから、一応訊いた。
「愚者と交わす言葉は持たん!」
必要ないらしい。
ガンロックが背負った大剣を手にし、突っ込んできた。
「くらえ! 剛力爆砕斬!」
振りかぶった大剣が目前に迫る。
紅く輝く刀身は、見ようによっては炎を纏っているように映る。
剛力爆砕斬という技名からして、なにかが爆ぜるのだろう。
肩に乗る三毛猫の安全を考慮すれば、受けるのは得策じゃない。
「よっ」
おれは横に飛び退いた。
「弐ノ型」
垂直に振り下ろした大剣を、ガンロックが無理やり軌道を変えて薙ぐ。
その間合いにおれはいないが、大剣から放たれた魔法らしき紅い珠の射線上にはいた。
(熱そうだな)
避けるのが無難だが、後ろに森があるのが問題だ。
紅い珠が予想通り火系統のモノであるなら、延焼はまぬがれない。
(まあ、消火すればいいか)
短絡的な思考かもしれないが、人手は足りるだろう。
おれはひょいっと躱した。
直後、紅い珠は森の樹々と衝突し、大炎上した。
「にゃ~!(森が燃えてるぞ!)」
言われなくてもわかっている。
「にゃ! にゃ! にゃ!(消せ! 消せ! 消せ!)」
そうしたいのは山々だが、すでにガンロックが目前に迫っている。
「剛力爆砕斬!」
避ければ、弐ノ型になるだけだ。
「ちっ」
舌打ちし、おれは竜滅刀を抜いた。
互いの刀身が激突し、激しい風と大地の揺れを巻き起こす。
「ヤベッ」
力負けはしていないが、暴風が森の延焼を広げてしまった。
「アイスショット」
最初に動いたのはリルドだった。
放たれた氷の粒が、森の鎮火に一役買う。
一足遅れ、騎士団も動いた。
『ファイヤーショット』
『サンダーショット』
アホな騎士が狙ったのは、おれだった。
ガンロックとのつばぜり合いが膠着したのを好機と捉え、魔法を放ってきたのだ。
「バカ野郎! 狙うならちゃんとやれよ!」
騎士団程度の魔法なら全身を覆った魔素のバリアーで充分防げるが、狙いの外れたモノまでは対処できない。
火や雷が、森の延焼をさらに広げていく。
「ずいぶんと余裕じゃないか」
歯を食いしばりながらも、ガンロックが口の端を持ち上げる。
まるで現状を楽しむような反応だ。
それが無性に、癇に障った。
「おい! お前の部下たちがやってるアホな魔法攻撃をやめさせろ」
いまも意味のない魔法攻撃は続いていて、その大半が見当はずれの場所に降り注いでいる。
「雨垂れ石を穿つ、という言葉を知らんのか?」
「そういうことを言ってんじゃねえよ。火災を拡げるな! って言ってんだよ」
「大事の前の小事だ」
大きなことを成し遂げるためには、小さな犠牲にはかまっていられない、という意味だ。
理解はできる。
けど……ガンロックは知らないのだ。
その言葉には、大きなことを成し遂げようとするときは、小さなことを軽んじてはいけない、という意味もあることを。
「偽善者と批難するつもりはねえけど、守れるモノを見過ごすお前は、正義の味方じゃねえよ!」
踏ん張り、竜滅刀を持つ手に力を入れた。
「なんだと!?」
ガンロックが両目を見開く。
腕力で負けるとは微塵も思っていなかったのだろう。
体ごと押し返されていることに、心底驚いている。
「悪いけど、お前以上のやつとも力比べはしてきてんだよ」
ほかの異世界の大魔王やら、身の丈が倍以上あるモンスターとも戦ってきた。
その中には、ガンロックより強いヤツもいた。
そしておれは、そいつらに勝ってきたのだ。
「お前に負ける道理はねえよ!」
「ふざけるな! 勇者パーティー一の怪力を誇るこの戦士ガンロックが、圧されるわけがない!」
目を充血させ、歯が欠けるほど食いしばるが、そんなものは関係ない。
「知らないなら教えてやるよ。お前みたいのを、井の中の蛙、って言うんだよ」
おれは一気に竜滅刀を振るった。
「ば、馬鹿なぁぁぁぁ!?」
「うあああああ」
耐えきれず後方に吹き飛んだガンロックが、部下を巻き込みながら城壁に突っ込んだ。
まさかの敗北に、騎士団の魔法を撃つ手も止まる。
(よし。この間に鎮火しちまうか)
「アイスショット」
森に目をむければ、リルドが懸命に消火活動をしている。
ただ、ピンポイントで氷の魔法をぶつけていては、効率が悪い。
「一気にドンッとやったほうが早くないか?」
「森の損害を考えれば、それは悪手です」
理解できなず、おれは首をひねった。
「あれは魔法の火ですから、魔素が消えるまで燃え続けます。よく見てください。一度消えた場所でも、再発火しているでしょう」
本当だ。
延焼は消えるどころか、いまなお広がっている。
「なら、なおのことデカイのでドン、のほうがいいんじゃないか?」
「それをすれば火は消えますが、魔力同士がぶつかった衝撃波が拡散し、広範囲の樹々がなぎ倒されてしまいます」
人のフリ見て我がフリ直せ、とはいったものだ。
おれのやろうとしていたことは、ガンロックと相違なかった。
鎮火という成果のために、壊さなくていい森林破壊をしては本末転倒だ。
「了解した。なら、ピンポイントで鎮火していけばいいんだな」
「お願いします」
燃えている箇所に、アイスショットを撃った。
完全に消える場所もあれば、再度出火する場所もある。
(マジで加減がむずかしいな)
一瞥しただけでは、ちょうどいい塩梅がわからない。
魔法を行使した者が違うからか、相殺しようにもその都度調整を強いられる。
が、数繰り返すうちにわかってきた。
必ずしも五分五分の力で相殺する必要はなく、ある程度の誤差は許容範囲であるようだ。
そして、凝縮した魔素を使用すると、相殺しやすい。
ただ、凝縮しすぎると、小さな爆発を生む確率が高くなるので、要注意だ。
(これぐらいかな?)
ダメだ。
力が弱すぎる。
いったん鎮火しても、再度発火している。
(んじゃ、これでどうだ?)
イイ感じだ。
(もういっちょ)
ダメだ。
都度都度調整しているが、同じ結果が得られない。
仕組みは理解はしていても、脳みそに浸み込んでいないのだ。
その点、リルドはさすがである。
目標の魔素量を瞬時に見抜き、手早く作業している。
(経験に勝る結果はねえな)
どんな些細なことでも、経験することで上手くなる。
それは魔法もITも同じだ。
その点において、おれはしつこい自負がある。
反復作業をこなし、より高いスキルを身につけることに苦痛はなく、至極の喜びを感じるタイプの人間だ。
「……る…………ぞ」
リルドを観察することで、なんとなく誤差の範囲がわかってきた。
「こ……け……勇……ガ……」
(あそこにはあれぐらいだな)
成功だ。
「馬……ども…………咎……」
(あそこはもう少し強くするか)
これ以降、爆発を生むことは無くなった。
我ながらすごい進歩だと思う。
「聞け!」
さっきから怒鳴り散らしているヤツがいるのには気づいていたが、集中していたから相手にする気もなかった。
「貴様らの不敬、もう許さんぞ!」
赤鬼と見紛うほど顔を真っ赤にし、ブチギレた様子のガンロックが近づいてくる。
「剛力爆砕斬! 弐ノ型!」
一発目よりデカイ。
剣閃からも怒り心頭なのが理解できた。
あれが森に衝突すれば、大炎上を引き起こすだろう。
ほぼ鎮火作業の終わったいま、練習を続けるならあれで再度燃やしてもいいが、目的のために手段を選ばないのはよろしくない。
「最後に一発試してみるか」
紅い珠を観察しながら、掌に魔素を凝縮していく。
「もうちょっとかな? いやいや、ちょっと多いな」
微調整を繰り返す。
「うし。こんなもんだな」
出来上がったモノには、結構な自信がある。
「アイスアロウ!」
魔力を氷の矢に変え、射出した。
「伏せろ!」
騎士団の一人がそう叫んだが、その必要はない……はずだ。
「よっしゃ!」
おれの読み通り激突した両者は相殺し、周りになんの影響も残さず、互いを消失させた。
「馬、馬鹿な!?」
茫然とするガンロックとの間合いを詰め、その顔面に拳を叩き込んだ。
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