155話 勇者が求める謎の答えは城にある
「してほしいことなどありません。ただ、あなたには事情を知っていただきたいと思っただけです」
リルドが窓から見える森を眺めながら、静かに言葉を紡いでいく。
「本来この森に住んでいるのは、夢魔族と獣人族だけでした。そこに人間が含まれることはありません。理由はご存じの通り、夢魔族がいるからです」
「夢魔族に感情を食べられるから、近づかないってことか」
「その通りです。夢魔族に感情を食べ続けられた人間は廃人になり、死ぬ未来しか描けません……いえ、違いますね。強制的に死に導かれるのですから、殺人に他なりません」
リルドの話は、べつの者たちから聞いた話と相違なかった。
だからこそ、疑問がある。
「おれが出会った村人たちは、廃人なんかじゃなかったぞ」
「それは夢魔族の遺跡の上に村が存在したからです。あれは古くからある迷宮で、森から得る喜怒哀楽を増幅することが出来るのです」
「一の感情を五にも一〇にも出来るってことか?」
「ええ。そう捉えてもらって結構です」
それなら納得できる。
夢魔族が遺跡の力を使って感情という名の食料を増やすことができるなら、村人も廃人になることはない。
「でもよ、それだと夢魔族にだけ生殺与奪の権利が与えられていることにならないか?」
一を一〇にできるからといって、満足するとはかぎらない。
生活が豊かになれば人口が増えるだろうし、より多くのモノを求めるはずだ。
それは人も夢魔族も変わらない。
生きとし生けるモノの性だ。
「その通りです。公にはしていませんが、あの遺跡には、感情の強制搾取、という別の使用方法も存在します」
それには心当たりがある。
というより、体験した。
強制的に昔の嫌な思い出を想起させられたアレだ。
「その機能があるので、あの迷宮は使用禁止になったのです」
妥当な判断だ。
使用者の一存で他者が発狂するような物を、ご自由にどうぞ、というわけにはいかない。
「けど、よく夢魔族は納得したな」
リルドがかぶりを振った。
「使用禁止の令が出たとき、夢魔族は猛烈に反発しました」
当然だと思う。
迷宮が使えるかどうかは、夢魔族にとっては死活問題にほかならない。
「ですから、メティス様は迷宮にロールを派遣し、夢魔族の集落にガウを派遣したのです」
力で抑え込んだわけだ。
酷いと感じるかもしれないが、おれはそうは思わなかった。
治政者からすれば、夢魔族より多くの民を取っただけである。
賛否はあろうとも、それはしなければならない決断だ。
「メティス様は長い時間を有してでも、夢魔族と人間を含めた多種族間で暮らしやすい世を作ろうとされたのです」
リルドがウソを言っているとは思わないが、にわかには信じがたい。
というより、絶対に違うと思う。
メティスは共存なんて考えていないし、平和な世にも興味がない。
もし仮にそれが念頭にあるのなら、夢魔族に迷宮の使用を禁止するはずがない。
用法さえ間違わなければ、あの遺跡は重宝するモノだ。
リルドがそれに気づかないはずはないだろうから、おれに見落としがあるのかもしれない。
「なあ、どうしてそう思うんだ?」
「メティス様の忠臣である四天王は、獣人族である私と、吸血鬼のロールと、魔族のガウと、人間のセイで構成されています。その四種がこの国に現存する種族であり、すべてを蔑ろにしない、というメティス様の考えであり、メッセージでもあります」
「夢魔族は入らないのか?」
「メティス様がそうです」
驚きだ。
おれはてっきり、魑魅魍魎の類だと思っていた。
当然といえば当然なのだが、あいつにもルーツがあったわけだ。
なら、なおのこと理解できない。
「夢魔族は他人の感情を食べて生きているんだろ? メティスは良くてほかの夢魔族がダメな意味はあるのか?」
「メティス様は感情を食べていらっしゃいません」
「飲まず食わずであんなに元気なのか?」
「あなたにどう映っているかは存じ上げませんが、メティス様の力は年々弱まっています」
リルドは心痛な面持ちを浮かべている。
演技……ということはなさそうだ。
「う~~~ん」
うなってしまった。
色々なものが腑に落ちない。
けど、断片的に見れば整合性があるような気もする。
「なにか思うところがあるのですか?」
「まあな。けど、それを上手く言葉に出来ねえんだよ」
出来事と動機が結びつかない。
おれの知るメティスと、リルドの知るメティスが違いすぎるのだ。
同様に、この世界に対する認識にもズレがあるのだろう。
まずはそれを埋めるべきだ。
「この森では人と夢魔族は共存できないんだよな?」
「はい」
「なら、なんで獣人族はここに集落をかまえているんだ? 正確な括りはわからないけど、人間の部分もあるよな」
耳と尻尾を隠せば、外見上は相違ない。
喜怒哀楽も示せ、会話も成り立っている。
種族名に人という字が入っていることからしても、獣人族を人とみなしている証拠ではなかろうか。
「答えは簡単です。私たちに獣の血が混じっているからです。夢魔族は『人』の感情を食べるのであって、獣の感情は食べません」
リルドは殊更に、人、という単語を強調した。
「わかるような気もするが、それっておかしくないか? 吸血鬼のロールが言ってたぜ。夢魔族は我らの天敵だ、みたいなことを」
「おかしなことはありません。吸血鬼とは、元を辿れば人間に行き当たりますからね」
「それは獣人族も同じじゃないのか?」
「違います。我々獣人族は人と獣が結ばれたことで生まれた新種ですが、吸血鬼は人が成ったモノです」
「なるほど。誕生の過程が違うわけか」
それなら納得できる。
吸血鬼や獣人族が迫害されているのも、人間とは祖が違うからだ。
(うん? 待てよ)
納得しかけたが、この話の矛盾点はそこじゃない。
国の統治者が夢魔族であるメティスである、ということがおかしいのだ。
「社会的地位の低い嫌われ者の夢魔族の女が、どうして国のトップに収まれるんだよ?」
「メティス様に絶対的な力と知識。そしてなによりも、世界を愛する心があるからです」
間髪入れずそう答えたリルドの表情は、恍惚に輝いている。
それを目の当たりにすると、
「ウソつけ! あいつに世界を愛する心なんかあるか!」
とは言えなかった。
けど……
(ウソつけ! あいつに世界を愛する心なんかあるか!)
どうしても我慢できなかったので、心中で思いっきり叫んだ。
「まあ、なんにせよ、これ以上ここで話をしていても、真相はやぶの中だな」
唯一理解できたのは、ここでの会話もメティスの策略の一つであるのだろう、ということぐらいだ。
なら、これ以上ここにいる理由はない。
おれは席を立った。
「どこに行くのですか?」
「目の前の城。あそこにいるんだろ? メティスは」
「何をするつもりですか?」
リルドの眼光が鋭くなる。
獣人族の娘から、四天王に切り替わったようだ。
「おれのやることはたった一つだよ。メティスと決着をつける。それだけだ」
正直、この世界の仕組みや価値観などはどうでもいい。
どんなに思うところがあろうとも、異世界人であるおれに出来ることなどたかが知れている。
協力してやれることはあるかもしれないが、世界や価値観を変えることは不可能だ。
何度も、そして何回でも言うが、それは異世界人であるおれがやるべきことではないし、絶対にやってはいけない。
むしろ、そんなかりそめの改革に縋るぐらいなら、現状に甘んじたほうが百倍マシである。
「メティス様に危害を加えるなら、許しません!」
「ここでやるのか?」
村に被害が出るぞ、と暗に言っているわけだが……
「致し方ありません」
リルドは一歩も引く気はないらしい。
「にゃあにゃあ(まあまあ、二人とも落ち着け)」
三毛猫が仲裁に入るが、おれたちの心に響くモノはなかった。
「表出ろ」
あごをクイッとし、おれは外に出た。
リルドもそれに続く。
「覚悟はいいんだな?」
「その言葉、そっくりそのまま返します」
おれが竜滅刀の柄に手をかけ、リルドは魔素を膨らませる。
「にゃあ!(やめろって!)」
もう遅い。
おれたちはすでにやる気なのだ。
「いくぞ! ……なんてな」
おれは地を蹴るフリをした。
いままでなら、ここで確実に横やりが入った。
けど、今回はそれがない。
「準備は整ったみたいだな」
「あなたは何を言っているのですか?」
「ああ、悪い悪い。ここで戦う気はねえよ。ただ、たしかめたかっただけだ」
怪訝な視線をむけてくるリルドに、おれは柄から手を放し降参するように両手を上げた。
「何をですか?」
リルドはいまだ戦闘態勢を取っている。
「言ったろ。準備は整ったみたいだ、ってよ」
「準備……ですか?」
「ああ。ここで邪魔が入らねえってことは、城で待ってるんだと思うぜ」
おれを殺す戦力であったり、罠が用意されているはずだ。
「根拠はあるのですか?」
「ある。けど、上手く説明できねえから、気になるなら一緒に来いよ」
「味方はしませんよ」
「ああ。それでいいよ。自分の身の振りかたくらい、自分で決めればいい」
おれもそうして生きてきたし、これからもそうするつもりだ。
「わかりました。ここでの戦闘はやめましょう」
「サンキュー。んじゃ、お前とはここでお別れだな」
おれはひざを曲げ、三毛猫と目線を合わせた。
「短い間だったけど、楽しかったぞ」
「にゃあ。にゃあ(バカ言うな。ぼくも行くぞ)」
「あぶねえぞ」
「にゃにゃんがにゃん(自分の身の振りかたくらい、自分で決めるさ)」
毎度毎度、男前だ。
「護ってやれないかもしれないぞ。そして、今度こそおれとリルドが戦うかもしれないんだぞ」
「にゃ~ん。にゃん(それでも一緒に行く。蚊帳の外は御免被る)」
覚悟を持って選ぶなら、それを邪魔するのは野暮だ。
「んじゃ、行くか」
「にゃん!(おう!)」
三毛猫がおれの肩に飛び乗った。
相変わらず重い。
けど、これが最後かもしれないと思えば、不快ではなかった。
メティスとの決着をつけるべく、おれは城にむかった。