154話 勇者は獣人の里で話をする
獣人族の里を一言で表現するなら、寒村だ。
(この異世界で立ち寄ったすべての村が、ほぼ寒村って……どうなんだ?)
迷宮で盛り上がっていた前の村も、人は多かったが建物などは大差ない。
良くいえばログハウスで、悪くいえば掘っ立て小屋だ。
(どこもかしこも不景気……ってわけでもなさそうなんだよな)
樹々と城壁で全貌はうかがえなかったが、少し先に見えた城は立派だった。
城下町もそれ相応に栄えているだろうから、この辺りの村とは一線を画している気がしてならない。
(あそこにいるかどうかはべつだけど、貴族のミルナスも羽振りはよさそうだったもんな)
煌びやかな雰囲気と余裕に満ちた物腰は、勝ち組そのものだ。
「ったく、場所や世界は違えど、物の見事に格差は不変なわけだ」
「格差だけではありません。差別や偏見も不変です」
リルドの表情から察するに、獣人族も漏れなくその被害にあっているのだろう。
けど、里の者には笑顔も多く、それを感じさせない。
「こちらにどうぞ」
小さな一軒家に案内された。
中は少し広めのワンルーム。
椅子が四脚あるテーブルと、スカスカな食機棚が置いてある。
一応、ベッドもあるにはあるが、マットレスも敷布団も掛け布団も見当たらない。
毛布すら皆無である様子からして、ここで寝泊まりすることは想定していないのだろう。
けど、放置されているわけじゃない。
空き家特有のカビ臭さがないし、チリ一つ落ちていない室内は掃除が行き届いている証拠だ。
「なにか飲みますか?」
「水でいいよ」
「客人をもてなすぐらいの余裕はあります」
気を遣わせる気はなかった。
といえばウソになるが、重しになりたくないというのは本音である。
「リルド様。ジュース持ってきたよ」
玄関戸が開き、先ほど逃げた子供たちが入ってきた。
その手にはお盆が握られており、色とりどりのジュースが乗っている。
「ありがとうございます」
「えへへっ」
リルドが礼を言うと、子供たちに笑顔が広がった。
頭をなでられた子はさらに破顔し、撫でられなかった子はほほを膨らませている。
(ははっ、人気者だな)
結局全員の頭を撫でるのだから、それも当然だろう。
「どれになさいますか?」
「任せるよ」
訊かれても中身がわからない。
となれば、判る者に一任するのが得策だ。
「では、これをいただきます」
リルドが手に取ったのは、オレンジジュースっぽいモノだった。
「それ一本でいいの?」
「ええ。後はみなさんで飲んでください」
『わ~~~い』
子供たちはたった一人を除いて、喜び勇んで出ていった。
残った子の腕には、ハイヒールを両脇に抱えた三毛猫が抱えられている。
「にゃあ(おまたせ)」
ここまでどうやってきたのか、などの謎は残るが、無事であったなら喜ばしい。
「この子も仲間?」
「そうですね。作業を共にしましたので、仲間です」
「じゃあ、はい」
子供が三毛猫を床に置いた。
「にゃにゃん(ありがとう。気をつけて帰れよ)」
三毛猫はジェントルマンを気取っているが、子供はジュースで頭が一杯らしい。
猫に見向きもせず、友達を追いかけていった。
無視された形になり、なんとなく気まずい雰囲気が流れる。
悲しかったのだろう、三毛猫の尻尾もしなだれていた。
「あなたも飲みますか?」
「にゃん(いただきます)」
三毛猫は何事もなかったように振る舞った。
なかなかのメンタルであるが、尻尾は正直だ。
上がったり下がったりしている。
心も同様で、浮沈を繰り返しているのかもしれない。
(がんばれよ)
平静を装っているのを指摘されるのも恥ずかしいだろうから、おれは心中でエールを送った。
リルドはなにも言わず、小さな食器棚からグラスを三つ用意し、オレンジジュースっぽいモノを注いでいく。
そして無言のまま注ぎ終えたうちの一つを手に取り、グイっと傾けた。
ゴクゴクと喉が鳴り、半分ぐらい空けたグラスをテーブルに置いた。
「どうぞ。安心してお飲みください」
毒はない、というアピールだろう。
遅効性や獣人族には効果がない、なども考えられるが、そこまで疑っていたらキリがない。
(まあ、そのときはそのときだな)
おれはジュースに口をつけた。
味は酸味の強いオレンジに似ている。
好き嫌いはあるだろうが、おれは好きな味だ。
冷えているのも嬉しい。
すぐにグラスは空になった。
自覚はなかったが、のどが渇いていたようだ。
「もう一杯どうですか?」
「お願いします」
遠慮なく差し出したグラスに、ジュースが注がれる。
「にゃあ(ぼくにもください)」
三毛猫のグラスにも、ジュースが注がれた。
(お前、オスだったんだな)
ぼくっ娘の可能性もあるが、記憶の中には好みのメスと盛ってる、などの発言もある。
(いや、LGBTも……って、どうでもいいか)
性別や趣味嗜好は関係ない。
三毛猫であることが重要なのだ。
(うん。いい感じにまとまったな)
そんなくだらないことを考えられるのも、平和で穏やかな時間が流れているからだ。
元気に遊ぶ子供たちの声を聞きながら、ちびちびとのどを潤す。
常世の春とまではいわないが、人生を謳歌するには充分だ。
「この森をどう思いますか?」
唐突な質問であり、答えにくい質問であった。
子供たちが持ってきたジュースは一種類ではなかったのだから、実を生す樹が複数種類あるのは間違いない。
空を移動していたときに、イノシシなどの獣も多く散見した。
自然豊かな資源に恵まれた森、であることに疑いはない。
けど、それが幸せとはかぎらなかった。
そこに住まう者が富んでいないのは、大きな問題だからだ。
森の中にある集落だからとか、辺境だから、という理屈は通らない。
森の資源が豊富にあるということは、売って対価を得る物がたくさんある、ということでもあるのだ。
おれが飲んでいるジュースだって、その一つに違いない。
獣人族の里は立派な城のすぐ近くにあり、多少買い叩かれたとしても、充分な対価を得ることは可能なはずだ。
それをしない、もしくは出来ない、理由があるのだ。
「差別や偏見はひどいのか?」
「ええ」
質問に質問を返したが、リルドは驚くことなく肯定した。
たぶん、想定の範囲内だったのだろう。
「理由は?」
「人でないからです」
この発言をどう受け止めるかも、重要だ。
額面通りなら、獣人を人とは見なさない、ということになる。
だから、城や城下町に住む人間たちは獣人族をイジメ、取引などには応じない。
その側面はあると思う。
おれを見て子供たちが逃げたのも、そのせいだとすれば説明がつく。
けど、いささか疑問も残る。
もし仮に獣人であることを理由に迫害されているのだとしたら、なぜ迷宮のあった村まで寒村なのだろうか?
あそこにいたのは、すべて人間だった。
なら、彼らに交渉させれば問題ないはずである。
獣人族が表に立たなければ、不平等な扱いもされないはずだ。
…………
(いや、そうじゃねえか)
この森には夢魔族もいた。
彼らも外見は人そっくりなのだ。
一見しただけでは、見分けがつかない可能性だってある。
しかも、夢魔族は他人の感情を食べる種族なのだ。
不用意に近づくのは危険すぎる。
「森にいる。それだけで差別や偏見の的になるのか」
リルドが無言で首肯した。
「でも、それっておかしくねえか? この森が厄介なら、なんでメティスは四天王なんか派遣してんだよ?」
「領地管理は当然の責務だと思います」
その通りだ。
けど、おれが訊きたいのはそんなことじゃない。
「四天王ってことは、国家の最重要であり、最優秀戦力じぇねえのか? その内の二人を常勤させるのはマズイだろ。だれが聞いても、ここが需要拠点だと理解できるだろ」
「メティス様が仰っていたことも、間違いではないようですね」
試されていたわけか。
「異世界から召喚される勇者が、我々にとって最大の敵になる。そう言われたときは半信半疑でしたが、対峙すればその意味が解ります」
立ち上がり、リルドが杖をかまえた。
「それはしなきゃいけないのか?」
「なんのことです?」
「戦うフリだよ」
「フリではありません」
「怖がってるぞ」
窓には不安げな表情で室内を覗く子供たちが張り付いている。
「リルドがどういうつもりでおれをこの村に飛ばしたのかは知らねえけど、少なくともあのチビたちを怖がらせるためじゃないだろ」
「やりにくい人ですね。あなたは」
リルドが杖を下ろした。
「お前も相当なもんだぜ」
「馬鹿を言わないでください。あなたに比べれば、私は可愛いものです」
「にゃんにゃん(そうだそうだ)」
三毛猫が激しく同意するのだが、いまは黙っていてほしい。
「にゃ~ん」
「で? おれになにをしてほしいんだ?」
かまってほしそうに鳴いた三毛猫を無視し、おれは話の核心を突いた。