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153話 勇者は空を飛ぶ

 雲が流れ、風を切る。

 前後左右、どこを見てもおれを遮るものはない。


「これがそうなんだな」


 思わずつぶやいてしまうぐらい、感動的な体験だ。

 生まれて初めて、おれは空を飛んでいる。


 …………


 正確には吹き飛ばされているだけだが、ネガティブになってもしかたがない。

 ここは気分を盛り上げるためにも、アレをやろう。

 おれは両手を前に伸ばした。


(おおっ!)


 ほんの少しのアレンジを加えただけで、自力で飛んでる感が沸き起こる。

 いまなら曲がれる気もする。


「そりゃっ」


 重心を左に傾けた。


(うん……気がしただけだな)


 まったく変化がなかった。


(って、こんなバカなことをするより、やることやんねえとな)


 まずは状況確認だ。

 おれに飛行能力はなく、現在進行形で少しずつ降下している。

 このままなら、後数百メートル進むのが限界だろう。

 下に広がる森がだんだんと接近しているのだから、それは疑いようがない。

 この状況を放置すれば、森に不時着するのは決定だ。


(あそこに行くのは無理だよな)


 遠くに城のような建造物が見えるのだが、ここからでは距離がありすぎる。


(にしても、デカイ森だな)


 木々が連面と生い茂る大地に、着地に適した場所はなかった。

 魔法で強制的に更地を作ることは可能だが、森林破壊は気が引ける。


 ……


 枝や幹に激突する未来が、ありありと脳裏をよぎる。


(痛そうだな)


 どうにかしたいが、どうすることもできない。

 運命を受け入れるしかないだろう。


「ウインドブロウ」


 後ろから風が吹き、落ちていた高度が上昇した。

 空の旅はまだ続くらしい。

 首を動かし後方を見やると、リルドがいた。

 ということは、さっきの風は彼女の魔法で確定だ。


(んんっ!?)


 猫の姿が見当たらない。


(まさか、置いてきたのか?)


 それほど仲良くなったつもりはないが、一抹の寂しさを感じている。


(まあ、見えないだけで同行してんだろうな。靴も預けてたし、そこまで無下には扱わない……よな!?)


 言い切れないところが、互いの関係性の薄さを表している。

 それだけに、リルドの行動の真意が掴めなかった。


「なにがしたいんだ?」


 伸ばしていた腕を胸の前で組んだ。

 具体的なことは理解できないが、あの場所からおれを遠ざけたかった、ということはわかる。

 たぶん、ガウやロールたちの墓を壊したくなかったのだろう。

 あそこで戦えば、嫌でも被害は出る。

 そして、騎士団から遠ざけたい、という思いもあったのではなかろうか。

 本人は決着うんぬん言っていたが、それをしようと思うなら、チャンスはいくらでもあった。

 墓の外に出て急に言い始めたところを考慮すれば、体裁は整えておきたい、ということなのだろう。

 ただ、それが騎士団に対してなのか、メティスに対してなのかは不明だ。


(まあ、色々とわかんないのはいまに始まったことじゃねえか。考えるだけ無駄だよな)


 開き直りと批難されればそれまでだが、考えても答えは出ない。

 現状をパズルで表すなら、欠けたピースが多すぎる。

 この状態で全体像を把握することなど、土台無理な話である。


(あそこに行けば、なにかわかんのかな)


 再加速されたことで、遠目に見えていた城が近づいている。

 どうやらあの城は、森と隣接しているらしい。

 なにを思ってリルドが飛ばしたのかは知らないが、あそこにむかわせたいのは間違いない。


「えっ!?」


 急に下に引っ張られた。


「おっ、ちょ、えぇ!?」


 パニックだ。


(なにがどうしてどうなった?)


 見えない網のような物が絡まっているのか、手足が上手く動かせない。


(ダメだ。まったくどうにもならん)


 唯一理解できたのは、漁網にかかった魚もこんな感じなのかな、という感覚だけだ。


『そ~れっ!』


 何人かの声が重なって聞こえた。

 それを合図に、グンッと引き下ろされる。


「アダッ」


 地面に叩きつけられ、腰を盛大に打った。

 唯一の救いは、枝や幹に激突しなかったこと。

 おかげで、擦り傷切り傷の類は一切ない。


「ったく、なんだってんだよ」


 痛む腰を摩りながら、周囲を確認した。

 子供と目が合う。

 一人二人ではない。

 ざっと数えただけでも、十数人はいる。

 全員が樹に隠れるようにしているが、身体隠して顔隠さずだ。


「それじゃ意味ねえだろ。ありゃ!?」


 子供たちの頭に、ケモミミがあった。

 ということは、あの子らも獣人だ。


「お~い。ちょっといいか」

「ギャー!」

「逃げろ~」


 脱兎のごとく走り去られた……ショックだ。


(声か? 声がいけなかったのか?)


 いつもの感じではなく、明るくポップな声色のほうが受け入れてもらえるのだろうか。


「あっ、あっ、あ。ボクたち、ちょっといいかな」


 喉の調整をし、男前な声を発してみた。


(完璧だ。これならイケる!)


 声だけなら、イケボ声優としても通用するだろう。


「嫌~」

「妊娠させられる~」

「助けて~」


 残っていた一部の子供たちも、揃って逃げ出した。


「声で妊娠はしねえだろ」


 だれもいないのだが、一応注意というか訂正をした。

 誹謗中傷や誤解は、こんな些細なことから始まるケースもあるのだ。


「あなたはなにを言っているのですか?」


 リルドがおれのすぐ側に着地した。


「いや、あの子供たちが」

「? 子供などどこにもいないではありませんか」

「さっきまでいたの」

「そうですか。では、ついてきてください」


 おれの発言は軽く流され、リルドが歩き出す。

 迷いなく進んでいく姿からして、目的地があるのだろう。

 そしてそれは、あの獣人の子共たちがむかった先でもある。

 リルドが自分の背丈ほどの草を掻き分けて進む。

 大変そうではあるが、足元を見れば獣道があり、それに沿って歩いている。


「代わってやろうか?」

「いえ、もう着きました」


 足元ばかりを見ていて気付かなかったが、視線を上げれば村があった。


「獣人族の里へようこそ」


 リルドの招きにより、おれはそこに足を踏み入れた。


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