151話 勇者はガウの遺骨を回収する
重い。
身体……主に右肩に漬物石が乗っているようだ。
「にゃ~にゃ~にゃ~」
猫が鳴いている。
「にゃにゃにゃんがにゃ~」
なにやら必死そうだ。
(お前もリルドにトドメを刺されそうなのか?)
唇は微かに震えたが、声は出なかった。
(まいったね。こりゃ、本当に死ぬかもしんねえな)
寒くて苦しいうえに、視界がぼやけてなにも見えない。
かろうじて意識はあるが、死の淵が迫っているのを感じる。
生存の可能性はゼロじゃないが、むずかしい気がしてならない。
「にゃ~」
どうでもいいが、三毛猫が鳴くたびに右肩に響くモノがあるのはなぜだろう?
「にゃ~」
なにかを打ちつけられるような感覚だ。
痛いというほどではないが、心地よいモノでもなかった。
「にゃ~にゃ~」
……
(ひょっとして、おれの肩で飛び跳ねてる?)
倒れたおれの上で三毛猫が跳躍を繰り返しているのだとしたら、この衝撃の説明がつく。
ただ、時折心臓から右腕にかけて痛みが走るのが謎だ。
(まさか、フライングボディプレスをかましている、ってことはないよな? ……いや、あの三毛猫ならやりかねない……こともないか)
思考が定まらない。
まるで寝ぼけているような感覚だ。
ただぼんやりと、あの三毛猫は理由もなく死体に鞭打つような行為はしない、と思えた。
「にゃ~~~~~!!」
三毛猫が一際大声で鳴いた。
次いで、右肩から指先にかけて、ビリビリッと電気が駆け抜ける。
「ああっ」
痛みに声が漏れた。
と同時に、呼吸も楽になった。
「お目覚めですか?」
暗かった視界に光が差し、クリアーになったそこには、腕を組んだリルドがいた。
「おはようございます」
挨拶は大事だ。
大岩に拘束されているのだとしても、ないがしろにしてはいけない。
ただ、状況確認はしよう。
「なんでこんな状態なの?」
大岩を背に足を延ばした状態で座っているのだが、上半身を魔素で作った鎖でグルグル巻きにされている。
「力を入れてみてください」
「あいよっ!」
言われた通りにしたら、簡単に鎖が弾けた。
「あだだだだ」
鎖が電撃に変わり、おれを痺れさせる。
「ロック」
鎖が修復された。
再度拘束されたのは不満だが、攻撃が収まったのはありがたい。
「逃走は許しません。わかりましたか?」
「口で言えよ。リルドといいサラフィネといい、なんで一度経験させんだよ」
心底辟易する。
「内包されていた魔素も消えたようですし、これなら安心ですね」
「んん!? なんのことだよ」
「彼に感謝してください。彼がいなければ、あなたは死んでいたかもしれません」
「にゃっふ~(やってやったぜ)」
二本足で立ち、前足で汗を拭う三毛猫は、充実感に満ち溢れていた。
「彼があなたの中にあった私の魔素を叩きだしてくれたおかげで、事なきをえました。処置が遅れれば、爆発していた可能性もあります」
「おいおい、危ねえじゃねえか」
「はい。間に合うかどうかは、紙一重でした」
声に抑揚がないのが恐ろしい。
「もしダメだったら?」
「みんなまとめて、木っ端微塵になっていたでしょう」
「にゃふん!(そんなことはさせないぜ!)」
鼻の下を擦り、きりっとした表情を浮かべる三毛猫は、ダンディーでカッコイイ。
「けど、なんで猫がやんなきゃいけないんだ? おれの中にあったのはリルドの魔素なんだろ? なら、リルドが処理するほうが簡単なんじゃねえか?」
リルドが大きくかぶりを振った。
「そう大きな違いはありませんが、魔素は個人によって微妙に違います。私とあなたの魔素は相性が悪いらしく、私が直に触ると爆発する可能性が高まってしまうようです」
よくわからないが、血液型のようなモノだろうか。
(適合性のない輸血をされたまま放置すると、最悪死ぬ可能性もある……はずだったよな?)
そんなことを小耳に挟んだ気がするが、思い出せない。
…………
(ダメだ)
うろ覚えの知識では、ここが限界だ。
ここはひとまず、おれとリルドの魔素は相性が悪い、ということだけ覚えておこう。
(いや……待てよ)
…………
「たしか、ヒールをかけてくれたよな?」
地上で大爆発を起こした白銀の珠を打ち上げたとき、おれはリルドに回復してもらった。
「あれは微細な魔素ですからね。あれぐらいならなんの問題もありません」
海に一つまみの塩を溶かしても大差ない、ということだろうか。
この辺も勉強が必要だ。
「あなたは、そんなことも知らないのですか?」
「勉強不足で申し訳ない。魔法を覚えたのが、つい最近なもんで」
取り繕ったり言い訳したりもできるが、ここは素直に頭を下げたほうが得策だ。
可能性としては低いが、アレコレいろいろと教えてくれるかもしれない。
「そうですか。では、今後は注意してください。あなたの力は、むやみやたらに誇示していいものではありません」
「はい。すみませんでした……って、ちょっと待て! おれがああしなきゃいけなかったのは、リルドのせいだろ!?」
…………
「ところで、ここにはなにがあるのですか?」
露骨に話を逸らした。
しかも、急にキョロキョロし始める三文芝居つきだ。
下手くそだが、追求してもモメるだけ。
それも面倒臭いし、ここは見逃そう。
「なにもねえよ。下にロールたち吸血鬼が眠っているだけだ」
「えっ!?」
リルドが目と口を大きく見開いた。
口にせずとも、驚きが伝わってくる。
さっきとは雲泥の差だ。
「ほ、本当ですか!?」
おれはうなずいた。
「そうですか。彼がこの下にいるんですね」
リルドが足元の土を撫でた。
同じ四天王同士、積み重ねた想いがあるのだろう。
「経緯を教えてもらってもいいですか?」
かいつまんで話した。
「そうですか。では、案内してください」
おれを拘束していた魔素の鎖が消える。
「んじゃ、上に戻るか」
どこへ? とは訊かなかった。
この世界でおれが案内できるところは、この村を除けば、夢魔族の集落しかない。
「にゃにゃ~(待て。付いてこい)」
三毛猫がおれを制止し、歩き出した。
むかう先は、奥の通路のようだ。
「おい。そこは魔物が来た道だぞ」
「にゃん(問題ない)」
逃げ帰ってきた猫の言葉とは思えないが、その姿はやけに堂々としている。
「行きましょう」
リルドがついて行くようなので、おれもその後を追った。
しばらくは平坦な道であったが、次第に勾配が付いてくる。
上にあがっているようだ。
ゆっくりとしたペースで進み、二、三〇分過ぎたころ、明かりが見えた。
「にゃん(到着だ)」
通路を抜けた先にあったのは、夢魔族の集落だった。
「おい、その板はこっちだ」
「おうよ。今いく」
集落は活気に満ちていた。
白銀の珠の影響で壊れたのであろう家を、ムキムキの男衆たちが片付けている。
「あっちですね」
リルドが歩き出した。
目指す場所は、なんとなく理解している。
だから、おれもその後に続いた。
(やっぱ、ここだよな)
着いたのは村の中央。
言い換えれば、おれとガウが戦った場所だ。
そこに台が設えてあり、晒し首のようにガウの骨が放置されていた。
敬意などは微塵もない。
「悪いけどアレ……片付けてくれるか?」
「あ、あなた様は!?」
おれたちが姿を見せたことに、長老のブネは驚いたようだ。
けど、悪びれた様子はない。
村人たちはガウが死んだことを喜び、骨を砕いている者までいる。
積年の恨みがあるのかもしれないが、見ていて気持ちのいいものではなかった。
「ですが」
「うるさい! 口答えせず、さっさとしなさい! それとも、私が手を下しましょうか?」
ブネの反論を、リルドの怒声が遮った。
全身から溢れ出す魔素が、込み上げる怒りを体現している。
抑えたくても、抑えられないのだろう。
「皆の者、すぐにその手を止めよ」
慌てふためくブネを筆頭に、村人たちは一斉に骨を砕く手を止めた。
中には不満そうな表情の者もいたが、リルドに気づいた瞬間、逃げるように姿を消した。
「ガウの遺骨を渡しなさい」
「わかりました」
瞬く間に獄門台は解体され、大きな布袋にガウの骨が詰め込まれた。
「これでよろしいでしょうか?」
「よくはありません。ですから、あなた方には罰を与えます」
「そんな!? ご無体です」
「駄目です。許しません。あなたたちには罰として、あの迷宮に潜ることを禁じます」
「それだけでよろしいのですか?」
もっと苛烈な要求をされると思っていたのだろう。
肩透かしともいえる内容に、ブネの顔が輝いた。
「破ったときは、私がこの村に死を与えます」
「ははぁ」
ブネが土下座した。
「私たちが戻った後、入り口も塞ぎなさい。いいですね」
「仰せのままに」
「では行きましょう」
持てなくはないのかもしれないが、小柄なリルドにガウの骨の入った布袋は大きすぎる。
それでも懸命に運ぼうとするのだから、よほど大事な存在なのだろう。
ひょいっと布袋をかすめ取った。
「……ありがとうございます」
一瞬不満そうな表情を浮かべたが、リルドは素直に礼を口にした。
「約束守れよ」
大丈夫だとは思うが、最後に念を押した。
おれの力を知っているブネたちなら、効き目はあると思う。
「にゃあ(絶対だぞ)」
三毛猫もすごみを利かせている。
これだけ忠告してダメなら、どうなってもしかたがない。
リルドの逆鱗に触れ滅亡するなら、それまでだ。
未来はわからないが、おれたちは再度迷宮に潜った。