150話 勇者は核を破壊した
リルドたちに迫る触手を打ち払った。
「にゃん(よくやった)」
とことん上から目線な三毛猫である。
(これは、少し痛い目にあわせるべきかもしんねえな)
「にゃにゃん(そんなことを考えてはいけません! 真っ当に生きるのです)」
「いや、お前に言われたくねえよ。っていうか、やっぱり心を読んでいるよな!?」
三毛猫が首を横に振った。
「にゃんにゃにゃにゃん(そんなことできるわけないだろ。もしできるなら、こんなとこにいないで、好みのメスと盛ってる)」
下品な物言いだが、理解はできる。
相手の気持ちが解るなら、恋の駆け引きに負けることはない。
「って、この会話が成立してる時点でアウトだからな! お前」
「にゃにゃんがにゃんにゃん。にゃんにゃんにゃん(そう言うなって。マジで心なんて読めてないからね。観察眼が鋭いだけだから。第一、心が読めているなら、奥にいたモンスターたちに気づけたからね)」
三毛猫が必死に身振り手振りを加えて伝えてくる。
筋は通っているが、信用できない。
試しにおれは、触手の一本を打ち払わず、避けてみた。
むかう先は、三毛猫とリルド。
なにもしなければ命中するが、直前で触手を叩き、三毛猫の足元に突き刺さるように調整した。
「にゃあぁぁぁぁぁぁぁ」
三毛猫が三メートルぐらい跳び上がった。
よほど驚いたのだろう。
鳴き声が言葉として聞こえなかった。
……
(マジな反応っぽいな)
「にゃにゃにゃ~(姉ちゃん起きろ。いよいよもって、あいつの手に負えなくなってきてる。このままじゃ死ぬぞ! なんとかしてくれ!)」
恥も外聞もない必死な訴えとともに、リルドを滅茶苦茶に揺すっている。
「うううっ、世界が揺れてる~」
うわ言のようにつぶやくリルドの顔が、急速に青ざめていく。
「その辺にしとけ。それ以上やると、できることもできなくなるぞ」
注意したが、三毛猫はかまわず揺らし続けている。
猫の三半規管は強いというから、あのくらいで目が回ったり乗り物酔いが起こるとは考えないのだろう。
「うううっ、ぎもぢ悪い」
リルドは完全に状態不良を引き起こしている。
あれでは使い物にならない。
(それに比べて、こっちはえげつねえな)
魔力の塊は大きさも攻撃の勢いも、衰える気配がなかった。
中央にある核の魔素の凝縮率にも、さほどの変化は見受けられない。
(絶対……おかしいよな?)
モンスターを攻撃するために、魔素を消費しているのは間違いない。
触手がモンスターを屠るたびに細く短くなり、ときには消失しているのが、その証拠である。
消えるたびに新しい触手を生み出すことで外見的変化はないが、これで保有する魔素の量が減らないというのはありえない。
どこかから補給していると考えなければ、説明がつかない現象だ。
(リルド……じゃないよな)
起きてはいるが、顔面蒼白で一点を見つめている。
時折、うっ、と漏らしては口を押える様子からして、ほかのことに気を回す余裕はないだろう。
三毛猫に揺らされ続けた結果だが、いまやリルドのほうが助けを求めている。
(三毛猫……なわけねえよな)
可能性はゼロではないが、魔素の供給源とは考えられない。
リルドに見切りをつけ岩陰に隠れる姿は必死そのものであり、とてもじゃないが演技とは思えなかった。
なにせ、図体がデカイため、ほぼ丸見えなのだ。
大半が岩からはみ出ているのだが、体を丸め両の前足で頭を守る姿勢は、本気で避難していることをうかがわせる。
(だとすると、残る可能性は一つだよな)
核の自家発電……というよりは、自給自足だ。
触手を生み出し操る際、極微細ではあるが、核が収縮している……ような気がする。
たぶん、魔力を消費している……のだろう。
ただ、触手がモンスターに当たりダメージを与えると、やはり極微細ではあるが、核が膨張している……ように見える。
たぶん、攻撃対象が保有する魔素を吸収している……のだろう。
…………
なに一つ断定できないのは不安だが、おれの見立てが正しいなら、供給を断てば核はなくなる……はずだ。
試してみる価値は、充分にある。
「風波斬」
触手が当たる前に、モンスターを屠った。
おれ、三毛猫、リルドを狙う触手も、同時に切っていく。
「でりゃりゃりゃりゃ!」
風波斬を連射した。
注意するのは、核に当てないこと。
アレを傷つけたら、暴発する可能性も捨てきれない。
「でりゃりゃりゃりゃりゃりゃ」
室内にいるモンスターの数を減らしていく。
「でりゃりゃりゃりゃ」
通路から出てくる前のモンスターも、一気呵成に片付けていく。
「でりゃりゃりゃりゃ」
「にゃ~、にゃ~、にゃ~(いいぞ、兄ちゃん、休まずやれ」
三毛猫の言いなりになるのはシャクだが、ここで手を止めるわけにはいかない。
(もうちょっとで、核が反応しそうなんだよな……よし、きた)
このままでは魔力の調達ができないと悟り、核がおれを最初に倒すべき敵と認識したようだ。
室内に若干のモンスターはいるが、すべての触手をおれにむけてくる。
上下左右斜め。
あらゆる角度で触手が迫ってくるが、間合いに入ったモノから片っ端に斬り倒していく。
ガウとの戦闘が活きた形だ。
「おれも、ちょっとは強くなったみたいだな」
焦る気持ちが微塵も湧いてこない。
余裕をもって触手、三毛猫、リルド、モンスターのすべてを把握できている。
そしてなにより、魔法を理解し始めてるようだ。
供給を絶ったことで、見立て通り、核がどんどん収縮している。
力を補給しようにも、モンスターは駆逐済みだ。
(ついでに仕留めといて正解だったな)
風波斬を当てればいいだけだから、こちらも余裕だった。
いまや室内にいるのは、おれとリルドと三毛猫だけ。
通路のモンスターも屠り、打ち止めである。
「にゃ~」
悲鳴をあげる三毛猫に、触手一本触れさせない。
リルドやおれにもだ。
こうなってしまえば、後は自壊するのを待つだけだ。
(んん!?)
触手が動きを止めた。
(エネルギー切れはもう少し先だと思ってたけど、割と早かったな)
一息つきかけたが、違うらしい。
攻撃手段を変えるようだ。
触手を絡め、一本の大きなドリルのように姿を変えていく。
一撃にかけるのだろう。
「よし! ならば、こい!」
迎え撃つべく、おれは竜滅刀をかまえた。
「えっ!?」
ドリルの先端が下をむき、地面を掘りだした。
怒涛の勢いで掘り進み、次第にその姿を地中に隠していく。
「あっ!?」
下には、ロールを始めとした吸血鬼たちの死骸がある。
もしかしたら、生きている者もいるかもしれない。
核はそれを吸収しようとしているのだ。
違うかもしれないが、その可能性がある以上、見過ごすことはできなかった。
静かに眠らせる。
そう約束したのだ。
「ちょ、待てよ」
沈み込もうとする魔素の表面を、右手で掴んだ。
「あだだだだだ」
小さい痛みが連続で襲ってくる。
やはりこれは、レーザーショットの応用で間違いなかった。
手袋代わりに掌を魔素で覆っているのだが、意味がない。
むしろ、逆効果の気がする。
おれの魔素を取り込み、勢いが増している。
「グズグズしてらんねえな」
左手も差し込み、両手でがっちりと掴んだ。
「せえのっ」
一気に引っこ抜き、空に放り投げる。
「にゃ~!(デッカくなってる~!)」
三毛猫が驚くのも無理はない。
おれの魔素を吸収した核は、最初と同じか、それ以上に肥大していた。
「全力でイクぞ! 風波斬!!!!」
宣言通り、おれは渾身の力で風波斬を放った。
「にゃ~~~~~~(大爆発にゃ~)」
三毛猫の言う通り、間違いなくそれは起きる。
なにもしなければ、おれたちも無事では済まない。
「フォールシールド!」
いつもは上から下だが、今回は下から上にむかって筒状のシールドを生み出した。
この中で爆発させれば、おれたちに影響はない……と思いたいが、白銀の珠の威力を知っている以上、油断は禁物だ。
二重三重に施せる手段があるなら、惜しみなく行うべきだ。
「でりゃ!」
まずは距離を離す。
エレベーターのように、上に移動させるのだ。
これは体感したことがあるので問題ないが、予想より厳しかった。
「おもっ!」
核が抵抗しているようで、動きが鈍い。
「んぎぎぎぎ」
歯を食いしばって、全力で押し上げる。
と同時に、フォールシールドを空に伸ばしていく。
できるなら、大気圏まで届かせたい。
「魔法はイメージ! やればできる!」
自分に言い聞かせ、魔素を限界まで注ぎ込んでいく。
これで強度も上がったはずだ。
「でりゃあああああ!!」
力を振り絞り、核を押し上げた。
「おしっ!」
一度動けば、後は電車道だ。
グングン上昇していく。
ほどなくして、風波斬と核が衝突した。
一瞬で結界にヒビが入る。
中でものすごい衝撃波が生まれているのだろう。
「頼む。持ち堪えてくれよ」
もう注ぎ込む魔素がなく、強化も補修も出来ない。
破れたら、一巻の終わりである。
「にゃ~にゃ~(がんばれよ~。負けるなよ~)」
三毛猫も応援してくれている。
もうひと踏ん張りだ。
そう思っているのに、足が震えてどうにもならない。
「ヤバイな。そろそろマジで限界だ」
視界も雲がかかり、意識が薄れてきている。
「ダメだったらゴメンな」
三毛猫に謝り、おれは倒れた。
暴風などは感じない。
けど、これはおれの感覚が薄れているからかもしれない。
結果はわからないが、やれるだけのことはやった。
後は天に任せよう。
「これほどの力があるとは。あなたを生かしておくのは危険かもしれませんね」
リルドのそんな声が聞こえた。
どうやら、運命を天に任せることは出来ないらしい。
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最後に、150話に到達したので記念に書かせてもらいます!
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