149話 勇者は新たな魔法を観察する
「にゃ~。にゃ~。にゃにゃ~(左。右。もう一発ワンツー)」
三毛猫の指示は、的確だった。
まるで誘導されているかのごとく、モンスターたちが動いている。
「にゃ~。にゃ~。にゃにゃにゃん。にゃにゃんがにゃ~(左フック。右アッパー。スウェーバックからの右ハイキック)」
これも完璧だ。
面白いようにシバける。
ここまでくると、未来予知をしているんじゃないかと勘ぐってしまう。
「にゃ!(油断するな!)」
相手だけじゃなく、おれのことも見えているようだ。
(こいつは名トレーナーになるな)
などと感心したが、
「ってバカ野郎! 口だけじゃなく、おまえがやれよ」
三毛猫が逃げてきたから、いまがあるのだ。
つまり、おれが戦わなければならないのは、後ろで騒いでいる三毛猫のせいにほかならない。
「にゃっ! にゃぁ(うるさい! 黙って拳を振るえ。でなきゃ、世界は獲れないぞ)」
「二鳴きのくせによくしゃべんな!」
「にゃ~。にゃ~にゃ~(ジャブだジャブ。左を制する者が世界を制するんだ)」
おれの指摘など聞いちゃいない。
好き勝手にわめき散らしている。
最早モンスターより三毛猫を殴りたいが、ここで戦いをやめればモンスターの餌食になってしまう。
…………
(まあ、おれはどうとでもなるけどな)
ちょっとぐらいの劣勢で、雑魚モンスターに殺られることはない。
けど、三毛猫や昼寝中のリルドはべつだ。
放っておけば、無残な死を迎える可能性が高い。
…………
助ける義理はないが、知り合ってしまった以上、見て見ぬフリは気持ちが悪い。
「にゃにゃんがにゃんにゃんにゃん(そこだ! イケ! 休むな! たたみかけろ!)」
「マジでうるせえな」
そう感じたのは、おれだけではなかった。
「うるさ~~~~~~~~い!!!!!!」
むくりと起き上がったシリアが、気持ちのこもったイイ声で絶叫した。
それだけならなんの問題もないが、寝ぼけ眼のまま強烈な魔法の一撃を放ったのは、大問題である。
種類としては、レーザーショットだと思う。
けど、威力はまったくのべつものだ。
凝縮されている魔素の濃さがハンパない。
白銀の珠と同じか、それ以上を思わせる。
直撃したらおれたちは当然ながら、迷宮が消失するのも確定だ。
「っざけんなよ!」
迫りくる一撃を、間一髪上体逸らしで躱した。
(踏み止まるんだ、おれの足! そして持ち堪えろ、おれの腹筋!)
ここで倒れたら、二度目の射撃があった場合に詰む。
そうならないためにも、動ける姿勢だけは維持しておきたい。
「にゃ~! にゃ~! にゃあああああああああああああああ!(立て! 立つんだ! 名前も知らない兄ちゃぁぁぁぁぁぁん!)」
(ヤバイ。力が抜けそうだ)
お互いの名前すら知らない三毛猫を、助ける義理があるのだろうか?
破壊魔法を躊躇なく放つ寝ぼけた獣人を、かばう必要があるのだろうか?
ともに、否だと思う。
というより、もうその必要はない。
リルドのレーザーショットが、雑魚モンスターたちを駆逐している。
いままでは弾丸や矢の形をした魔素が命中し、負傷やら殺傷するなりしていたが、今回のは少し違った。
部屋の中央に位置する空中に留まり、一定範囲に近づいたモンスターを、触手のようなモノで薙ぎ払っている。
(とんでもねえ魔法だけど……便利そうだな)
仲間のいないおれは、多勢に無勢の状況が多い。
これが使えれば、戦闘はだいぶ楽になるだろう。
(教えては……くんねえだろうな)
敵に塩を送るようなことはしないはずだ。
(なら、もうちょっと近くで見ちゃおっかな)
高スペックのモノがあると、観察や解析をしたい。
そしてなにより、触ってみたい。
そんなIT屋の性が、騒ぎ出していた。
危険なのは百も承知だが、観察するくらいなら問題ない……はずだ。
(射程圏に入らなければ……大丈夫だよな)
慎重に慎重を重ね、忍び足で近づいていく。
(ほうほうほう)
目を凝らしたことで、理解できることがあった。
魔法の性質としては、レーザーショットで間違いない。
というより、純粋な魔素の塊といったほうがしっくりくる。
炎、氷、雷などの属性付与がないから、燃える、凍る、痺れるなどの現象が起きず、ただ純粋に触手で打ち砕かれているのだ。
そして特筆すべきは、中央にものすごく凝縮された魔素の塊があることだ。
そこを覆っている柔軟性のある魔素が、触手のように形を変えている。
(なるほど。あの凝縮された魔素が、いわば核のような役割を果たしているわけか……どれ、試しにやってみるか)
理論さえわかれば、そうむずかしい作業ではない……はずだ。
ただ、万が一の暴走なども考慮し、まずはコンパクトサイズのモノにしよう。
「それっ」
おれはピンポン玉サイズの凝縮した魔素を生み出した。
これは魔法を使う前段階でいつもやっているから、朝飯前だ。
「んっ……それっ……ていっ……いや、こうか!?」
やってみてわかったが、柔らかい魔素を被せる作業……これがなかなかむずかしい。
柔らかすぎればスライムのように垂れてしまうし、堅すぎると二段階構造の魔力弾ができるだけだった。
ちょうどいい加減が再現できない。
(こいつは結構、手強いな)
手の中で魔素をグチャグチャこね回すが、上手くいきそうでいかない。
けど、この感じは懐かしくもあった。
地球でのIT屋時代を思い出す。
(こういうスキルアップって楽しいんだよな。どれ、もうちょっと近くで観察するか)
心が躍り、調子に乗ったわけではない。
距離を詰めたといっても一歩二歩であり、節度ある間隔はあけたつもりだった。
けど、むこうの受け取りは違ったようだ。
核のような魔素が光り、おれに触手をむけてくる。
「うおちょ~い」
身を捻って避けながら、後ろに飛び退いた。
(ダメだな)
一度攻撃相手と認定されれば、距離は関係ないらしい。
ビュンビュン触手が襲い来る。
(さてどうしたもんかな)
迎撃するのは簡単だが、核が壊れて大爆発、なんてことは絶対に許されない。
というより、いまこの魔法が消失するのは許容できなかった。
おれがこんな風に遊んでいられるのも、通路から湧き出るモンスターを、現在進行形で触手が屠っているからだ。
この魔法が消えれば、雑魚の相手をおれがしなければならない。
「にゃ~~~~~」
三毛猫の悲鳴が轟いた。
触手が迫っているようだ。
これはおれの後ろにいたことが災いした形である。
「にゃ~。にゃにゃ~(やめて。こないで)」
瞬間移動を思わせるスピードでおれから離れたが、ムダだ。
一度ロックオンされてしまえば、影響下にいるかぎり狙われ続ける。
「にゃ~にゃ~にゃ~」
三毛猫が触手の接近を知らせるべく、必死にリルドを揺り起こそうとしている。
「むにゃむにゃ。うるさいですよ」
三毛猫の足を払いのけるリルド。
(まさか……創主を攻撃する……なんてことはないよな!?)
だとしたら、これを再現するのは考え物だ。
というより、すぐに中止しよう。
(あっ、これあるな)
触手の迫るスピードは、直前で止まるそれではなかった。
「よっ」
一足飛びに三毛猫のもとに行き、おれは迫りくる触手を打ち払った。