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148話 勇者と猫の意思疎通

 地形が変わった。

 というか……周りになにもなくなった。

 周辺を更地に変えるとんでもないもんをぶっ放した張本人(シリア)もいない。

 爆風に吹き飛ばされ、遠くのほうで目を回している。


「おい。起きろ」


 近寄り、頬を二、三度ぺちぺちと叩いた。


 …………


 反応がない。

 完全に気を失っているようだ。

 水でもぶっかければ目を覚ますだろうが、肝心の水がない。

 無理に起こすのも面倒だし、しばらく放置しよう。

 責任は目覚めたときに追求すればいい。


(まずはやるべきことを片付けるか)


 地上は更地になったが、地下の迷宮は現存している。

 これをロールとの約束通り、埋めてやろう。


(さて、どうすっかな)


 足元に迷宮があるのは間違いないが、問題は入り口が何ヶ所あるかわからないことだ。

 おれが入った場所とシリアが入った場所の二つは確定している。

 勝手な想像ではあるが、第三第四の入り口もある気がしてならない。


(感情の搾取場として考えるなら、侵入者が多いに越したことはないもんな)


 下手をしたら、一〇や二〇も考えられる。

 全部潰すのは面倒極まりないが、やるしかない。

 そのままにしておけば侵入者は必ず現れるし、採掘する者もいるはずだ。

 ただ、広大な森に点在する入り口を探し回って塞ぐというのは、実質無理な話でもある。


(迷宮ごと潰すか)


 それが一番手っ取り早い。

 埋めるための土砂は足りないが、サンドショットで補充すればいいだろう。


(時間もかけてらんねえしな)


 メティスの行方は謎だが、時間的猶予を与えれば与えるだけ、こちらが不利になる可能性が高い。

 仮にそうならないのだとしても、性格の悪い女に時間を与えるのはよろしくない。

 まず間違いなく、不快にさせられる。


「よし! そうと決まればやるか! せぇの!」


 相撲の四股のように右足を高く上げ、一気に踏み下ろした。

 地面に小さくひび割れが生じたので、それをもう一回。

 ひびは大きく深くなったが、まだ持ち堪えている。


「もう一回ぐらいかな?」


 感覚としては、それで地面を踏み抜けるはずだ。


「そぉれっ!」


 打ち付けた足から、振動が伝わる。


(うん。イッたな)


 後は、地面が崩れた瞬間に飛び退くだけだ。

 グラグラと揺れる足場に、タイミングを計り続ける。


 …………


 心も体も準備万端だ。

 いつでも華麗に対応してみせよう。


「さあ、こい!」


 揺れが収まった。


 …………


 ギリギリで持ち堪えたようだ。

 理由はわからないが、耳が熱くなるのを感じた。

 キョロキョロと周りを確認する。

 吹き飛んだ騎士団はいない。

 シリアも気絶したまま。


(よかった。目撃者はいないな)


 いたら……いや、その先は言うまい。

 証人を消す、などという蛮行は、悪人のすることだ。


「にゃ~」


 猫の鳴き声がした。

 真後ろからだ。

 振り返ると、地球サイズの倍くらいある三毛猫がニヤッとしていた。


「恥ずかしい!」


 見られていたこともそうだが、なぜか浅はかな考えが見破られているような気がして、体温が急上昇している。


「いや、こうなるはずだったの!」


 言い訳するように、再度四股を踏んだ。

 一瞬だった。

 まばたきする間もなく、地面が割れて消失した。

 力強く踏み抜いたせいで、飛び上がることも出来なかった。

 正直、反応するしない以前の話である。


「あ~あっ」


 アホみたいな声を発しながら、おれは落ちた。


「にゃ~」


 三毛猫と一緒に。



「あだっ」


 打ちつけた背中が痛い。

 空中三回転からの綺麗な着地が理想だったが、気を失わなかったので、よしとしよう。


「にゃ~」


 三毛猫も落ちてきている。


(助けてやるか)


 おれは素早く起き上がって落下地点に入った。


「にゃっにゃっにゃっ」


 三毛猫が平泳ぎをするように空気を掻く。


「それで進むのは無理だぞ! それができるのは空想の中だけだ……って、進めんのかよ!?」


 三毛猫は空を泳いでいた。


「にゃっふっ!」


 気合い一発。

 空中で身を丸め、クルクルと三回転を決める。

 そして、シュタッと華麗に着地した。

 膝のクッションで衝撃を逃がすのも見事だ。

 競技体操なら、満点間違いなしである。


「うん。いいもの見せてもらった」

「にゃっふぅ(よせやい。テレるじゃねえか)」


 惜しみない拍手を送るおれに、三毛猫がそう言っている気がする。

 はにかむ姿も男前だ。


(握手してもらおう)


 一歩踏み出したおれの頭上に、なにかが落ちてきた。


「ぶべっ」


 巨大な落下物が直撃し、押し潰された。


「イッテ~な」


 正直、おれじゃなかったら死んでいたと思う。


「って、なんだよ!? おお!?」


 落ちてきたのはリルドだった。


 zzzzzz


(あれ? こいつ寝てんの?)


 信じられない。

 ついさっきまで暴れ狂ってたのもそうだが、おれに当たった衝撃だって軽くはないはずだ。


(いや、待てよ。狸寝入りという可能性もあるんじゃないか?)


 おれが油断しているところに、ズドン! 的な策略が潜んでいる可能性もある。


(確認が必要だな)


 仰向けで大の字になって寝ているリルドの腹に手を乗せた。

 上下動を繰り返している。

 これは腹式呼吸をしている証拠だ。


(寝てるな)


 警戒は必要だが、このまま放置してもいいだろう。

 おれはリルドから手を放し、上空を見上げた。

 降り注ぐ光りはあるが、薄暗い。

 状況確認もかねてちゃんとした明かりが欲しいところだが、起こすのも悪い気がする。

 寝る子は育つというし、起きたリルドを相手にするのも面倒だ。


「にゃ~」


 三毛猫の目が光っていた。

 猫目というやつだ。


「なあ? ひょっとして、バッチリ見えてる?」

「にゃふ」


 三毛猫が右前足を持ち上げた。

 そこにはほんのりだが、力こぶも確認できた。

 これまでの経緯といい、高い知能をうかがわせる。


「悪いけど、一つ頼んでもいいか?」

「にゃ~(任せとけ)」


 と言われた気がする。


「んじゃ、このフロアーに通路があるのかと、おれたちのほかにだれかいるか調べてきてくれよ」

「にゃ」


 うなずき、三毛猫は颯爽と歩いていった。

 が、急にその足をピタッと止めた。


「にゃにゃにゃ~ぁにゃにゃ~(俺が戻るまで、その子を守ってやってくれ!)」


 間違いなく、そう語っている。


「任せてくれ。約束は必ず守る」


 力こぶを作って見せると、三毛猫は闇に消えた。

 なにも言わないところがカッコイイ。

 大きな体躯に見合う男気を兼ね備えていた。


「覚えておけ。あれが他人(ひと)のために戦地に向かう男の背中だ」


 不意に、昔読んだ漫画のセリフが思い出された。


(憧れたな。あの主人公に)

「にゃ~~~~~~~」


 感傷に浸るおれのもとに、三毛猫が猛ダッシュで戻ってきた。


「どうした!?」

「にゃにゃにゃ~にゃにゃ~にゃにゃぁ」


 焦っているのだけはよくわかる。

 なにせ、いままで可能だった意思疎通が、まったくもって理解できない。

 そしてなにより、さっきまで四足歩行だった猫が、二足歩行している。

 それほど異常事態なのだろう。


「にしても、速いな」


 その姿はウサイン・ボルトと見紛う、わけはないが、それを彷彿させる美しいフォームだ。


「にゃっ!」


 三毛猫が跳んだ。

 これまたすごい跳躍だ。

 その姿はハビエル・ソトマヨルと見紛う、わけはない。

 どう見ても、猫は猫だ。

 けど、素晴らしいのも、また事実であった。

 問題があるとすれば、三毛猫が連れてきたモンスターの大群だろう。

 しかも、三毛猫はおれを盾にするように隠れている。


(こいつをちょっとでもカッコイイと思った自分が情けない。しかも、憧れのキャラクターに似てるなどと、なぜ勘違いしたんだ!?)


 過去に戻って、あのときの自分をぶん殴ってやりたい。


「にゃにゃにゃにゃにゃ!(前前。前を見ろ!)」

「やかましいわ!」


 猫にツッコミながら、おれは迫りくるモンスターをドツいた。


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