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15話 勇者は大魔王誕生を目撃する

 雑事に要した数分を取り返すため、おれは一直線に城に向かっていた。


「にしても、デカイな」


 距離が詰まるたび、そのシルエットがはっきりしてくる。

 正直、想像の三倍ぐらい立派だ。

 あの中にいるであろうたった一人の神官を探すのは至難の業だが、やるしかない。


(問題は、それをどうやるか、だよな)


 正面から飛び込み、城内を隅々まで捜索する。

 ある程度の予測をし、ピンポイントで捜索する。

 おれは後者を推す。

 理由は単純だ。


(ラスボスは、玉座の間にいるもんだしな)


 それがお約束であり、様式美(テンプレート)でもある。

 ただ、問題の玉座の間がわからない。


(外観からは、さっぱりなんだよな)


 けど、ある程度の目測はついている。


(中央の比較的高い場所だよな)


 大抵の悪者は上から市中を見下し、優越感に浸っているのが常だ。


(頼むからいてれくれよ)


 一番高い所にあるステンドグラスをぶち破って、おれは城に飛び込んだ。



 正解だった。

 おれが降り立った場所は玉座の間であり、件の神官もいた。


「あっ……はっ……ふぅ……っ」


 艶やかな吐息を漏らしながら、見知らぬ男とまぐわっている。

 怒りよりも、疑問のほうが強かった。

 子作りとは、テレポートで逃げた先ですることなのだろうか?


「ちょっ、やめ、見ないで」


 男のほうが恥ずかしがるのも、どうなのだろう。

 神官のほうは男の腰を両足でがっちり挟み込み、逃げられないようにしている。


「デリカシーッ!」

(そう言いながら、腰をヘコヘコするんじゃない)

「ダメ。ダメだったら。見ないで!」

(恥ずかしいなら、行為を中断しろ)

「もう、ホントにダメ~ッ!!」


 言葉とは裏腹に、グラインドする腰のスピードが増している。


「ダメなのはお前だ! 大体、そういうことは衆目の中で行うものではありません! って、お母さんみたいなことを言わせるな!」

「あっ、あっ、あああああああ」


 おれの注意もむなしく、桃色吐息を漏らしながら、男が果てた。


 ??


 目の錯覚だろうか?

 心なし、男が縮んだ気がする。


「まさか……ねぇ」


 体力を消耗するのは間違いないが、一回の行為で目に見えて痩せる、なんてことはありえない。


「ふうっ」


 神官が絡めた足を解き、立ち上がった。

 ドサッ、と男が床に倒れ込む。

 その様は、事切れているように映った。


「ふふふ」


 神官が微笑を浮かべた。

 服がはだけ上気した肌は艶っぽいが、そそられない。

 むしろ、おれの背筋には冷たいものが流れていた。

 踏んだら終わり。

 そんな地雷のような空気が、神官からビンビンに伝わってくる。


「うふふっ」


 口角を上げ唇を舐める姿から察するに、おれは地雷を踏んだらしい。


「見て。宿ったわ」


 言われなければわからないが、神官の腹が膨れている。


「ウソだろ!?」


 いまさっき行為を終えたばかりなのだ。

 身籠るには早すぎる。


「アハッ、アハハハ。育っていくわ」


 神官の腹が急速に大きくなっていく代わりに、情事に勤しんでいた男は干からびていく。

 まるで、養分を養分を吸われているようだ。


 …………


 一分もしないうちに、骨と皮だけになってしまった。


「生まれるわ」


 十月十日は必要ないらしい。

 神官の腹は臨月を通り越し、張り裂けんばかりに膨らんでいる。

 早産にもほどがあるが、猶予がないのも事実だ。


「『大』魔王誕生の瞬間よ」


 神官が鋭い爪を使って自分の腹を裂いた。


(おおっ!! マジかよ!)


 出産は妊婦にも負担がかかり、ときには生きるか死ぬかの瀬戸際に陥る大変な行為だ。

 コウノトリが運んでくることもないし、キャベツの中心に隠れていることもない。

 そんなおとぎ話のようなきれいごとを言うつもりはさらさらないが、これはダメだ。

 グロすぎる。

 とてもじゃないが、直視に耐えれない。

 おれは視線を逸らせた。


「歴史的瞬間なのに、もったいない」


 ベチャッ、という音がした。

 横目で確認したら、床になにかが産み落とされていた。

 たぶん、一メートルぐらいある。

 赤ちゃんとしては、規格外の大きさだ。


「ガアアアアア!!!」


 しかも、吠えた。


「グルアアアア!!!」


 これが産声であり、生まれて初めての肉声だ。


(なにも、そんな凶暴に泣くこともないだろうよ)


 あまりのことに言葉が出てこない。


「血だ! 肉だ! 力を寄こせ!」


 生後一分もしないうちにベラッベラだ。

 光陰矢の如しとはいうけれど、成長が早い。

 早すぎる。

 もうすでに二本足で立っているし、おれと同じくらいデカイ。


(これじゃあ、普通の出産は無理だよな。腹を裂くのも納得だよ)

「食べなさい」


 内臓が飛び出た神官が、干からびた男を蹴った。


「こんなもんで満足できるわけねえだろ」


 そう言いながら、頭から食べるのはどうだろう?

 バリバリ、ガリガリ、ゴリゴリ鳴る咀嚼音から察するに、アゴの力は強そうだ。

 大魔王の生まれたては黒い毛に覆われたオオカミ男のようだったが、ミイラを食べていくごとに体毛が抜け、その姿を変化させている。

 凶悪な魔物のように恐ろしい外見になるのかと思ったが、その姿は徐々に人間に近づいている。


「…………アンタ、美味そうだな」

(大魔王よ。母である神官を見ながら、よだれを垂らすのはダメだと思うぞ)


 近づいているのは、外見だけのようだ。


「ふう、仕方ないわね」


 ため息を吐きながら、神官が右腕を千切って大魔王に渡した。


(マジかよ!?)


 両目を見開くおれを尻目に、


「思った通りだ。超ウメエ」


 大魔王は舌鼓を打っている。


(信じらんねえな)


 躊躇なく母の腕を貪る姿は、想像を絶する。


「あの男を殺しなさい。それが出来たら、おかわりをあげる」

「人を指さすんじゃない!」


 なんてふざけている場合ではなさそうだ。


「まあまあ、美味そうだな」


 おれをロックオンした大魔王が舌なめずりをしている。

 追加のご飯に決定したようだ。

 大魔王はいまやおれより屈強で、二メートルぐらいあるイケメンにモデルチェンジしている。


(さぞモテるだろうな)


 他者を射殺すような眼光と、少し大きめな口から覗く鋭い犬歯が無ければ……だが。


「お前を喰えば、完成するかもな」


 なにが? とは訊かない。

 ミイラや神官の腕を食べることで変異しているのだから、そういうことなのだろう。


(肉や骨はアウトだが、血だけならセーフ……とはいかないよな)


 たぶんだが、吸血鬼のように生き血を吸うだけでもパワーアップするはずだ。


「ヤバイかもしんねえな」


 現状おれは、無傷で大魔王に勝たなければいけない。


「それって可能なのか?」

「喰えばわかる」


 自問だったのだが、食欲旺盛な大魔王が返答してきた。


「俺様の血肉になれることを喜べ」


 その言葉を最後に、おれと大魔王の決戦は始まった。


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