145話 勇者の誘導尋問
メティスがいた。
やっと会えたわけだが、待っていたのは彼女だけじゃなかった。
背後には、フルプレートアーマーに身を包んだ大勢の騎士が陣形を組んでいる。
全員が手にしているバトルアックスと甲冑に同じマークが刻印されているのだから、同じ所属なのだろう。
「彼奴が件の勇者を騙る不届き者ですか?」
その先頭に立つ一際大柄な騎士団長らしき大男が、バトルアックスでおれを指した。
(デケぇな)
周りと比べても頭二つ三つ高い。
二メートルには届かないが、それにかぎりなく近いように思う。
(いや、そんなねえか)
肉体の厚みと遠近法が空間認識を妨げている……ような気がする。
実際は一八〇台後半、ではなかろうか。
とはいえ、彼が特別であることに変わりはない。
階級なのか自信の表れなのかは不明だが、彼だけは兜をかぶっておらず、角刈りの素顔をさらけ出している。
甲冑も意匠が凝っていて、これでもか! という、作り手の気概が伝わってくる。
「勇者を騙る不届き者かどうかは判断出来かねますが、彼が件の容疑者であることは間違いありません」
この世界でも、おれは札付きになったわけだ。
(はあ~ぁ、世界を救うより、犯罪者になっている数のほうが多い気がするな)
あまりの不遇に、ため息が止まらない。
しかし、それを嘆いている時間はなさそうだ。
「後のことはお任せください」
大柄な角刈り男が、メティスの前に歩み出た。
「油断は禁物ですよ。それで痛い目にあった仲間が、沢山います」
「問題ありません。我々は虎もネズミも差別はいたしません! 必ず、捕縛します」
『捕縛します!』
やる気満々に呼応する騎士団に、角刈りがニッと笑う。
(暑苦しいな)
おれにむけられたわけじゃないが、体育会系の匂いに胸やけがする。
「ふふっ、頼もしいかぎりです。では、お願いしますね」
「なあ? おれの罪状を教えてくれよ」
いなくなりそうな雰囲気があったので、そうなる前に訊いた。
「ふふっ」
「鼻で笑われる質問じゃねえだろ」
…………
今度は無視だ。
「ったく、嫌な予感はビンビンにしてるんだよな……ありえないとは思うけどよ……これ、おれのせいにしないよな?」
恐ろしいことに、周囲には村人や冒険者の死体がゴロゴロ転がっている。
老若男女おかまいなしの惨殺だから、質が悪い。
「しらばっくれるな! 大量殺人もお前の罪状に含まれているに決まっているだろう!」
「冤罪だ!」
怒髪天を衝く様相の角刈りに反論したが、その声はむなしく響くだけだった。
だれ一人反応しない……わけでもなさそうだ。
全員が、無言でおれをにらんでいる。
せめて一人ぐらい、「言い訳するな!」とか言ってもいいはずだ。
「言い訳するな!」
騎士団の中からあがった声に、おれはガッツポーズをしてしまった。
「その喜びが動かぬ証拠である。大人しく捕まり、罪を償え」
「断る! やってないものはやってない! おれは断固として戦うぞ!」
拭えないのだとしても、冤罪を認める気はない。
「いいだろう。これで貴様の罪状には反逆罪が加えられた。最早、死ぬときは横になれぬこと、肝に銘じるのだな。総員かかれ!」
角刈りの指示で、騎士団全員で襲いかかってくる。
総数は一〇〇から二〇〇ぐらいだろう。
この程度なら、物の数ではない。
やろうと思えば、全力の風波斬で半分ぐらいは削れるはずだ。
(けど、さすがにそれはマズイよな)
目の前にメティスがいるとはいえ、それをしないだけの分別はわきまえている。
第一、こんな泥仕合に付き合う理由はみじんもない。
「よいしょっ!」
気合い一発。
おれは騎士団の間を縫い、メティスに迫った。
「それ以上の接近は、このガンロックが許さん!」
目前に来ても慌てる様子がないのは、角刈り男こと、ガンロックが割り込んでくるのを確信していたからだろう。
一太刀も浴びせられないのは残念だが、声が届く距離まで来れたから、目的は達成だ。
「おれが迷宮から出てくる前に、ベイルという男が出てこなかったか?」
「貴様にそれを教える筋合いはない」
バトルアックスを捨て、ガンロックは背中に背負っていた大剣を振り下ろす。
ほかの者とは違い、盾にもなりそうな幅広の大剣が、彼の武器であるようだ。
(教える筋合いはない、ときたか)
これをどう取るべきか。
情報は所有しているが、宣言通りおれに教える気がない。
もしくは、情報を持っているか否かすら言う気はない、と意を汲んでやるべきか。
(まあ、両方だろうな)
でなければ、ここまでの舞台は用意できない。
「じゃあ、この村にミルナスという伯爵がいただろ? お前らが到着したとき、彼は生きていたのか?」
「ああ。伯爵はご存命だ。残念だったな」
振り下ろされた大剣が地面にぶつかる直前、ガンロックが無理やり薙ぐような軌道に変化させた。
力任せの戦法だが、鍛えられたすばらしい足腰をしているようで、フラつきなどは一切なかった。
威力が衰えないのも立派だ。
「貴様の仕事が中途半端だったおかげで、我々は伯爵を無事保護できた」
上体を後ろに逸らし、リンボーダンスの要領で避ける。
これが出来るのだから、おれの体幹も立派だ。
「伯爵はアローナと会ったか?」
「なぜだ!? なぜ貴様が、アローナのことを知っている!?」
ガンロックが盛大に驚いた。
剣閃が少し鈍ったことからも、本気で動揺したのは間違いない。
(意味がわかんねえな)
おれとアローナは一緒に迷宮に潜っていたのだから、知っているのは当然だ。
ミルナスから話を聞いているなら、それは周知の事実であるはずだが……
「集中しなさい! 悪の言葉に耳を傾けてはいけません」
「はっ! 了解しました」
メティスの忠告にガンロックがうなずき、再度大剣を振り下ろす。
が、その太刀筋は鈍いままだ。
動揺している証拠であり、口裏合わせが出来ていない証拠でもある。
(こりゃ、チャンスだな)
出会って間もないが、ガンロックという男は正直者に違いない。
いや、ウソがつけない性格と表現するべきか。
(突けば口を滑らせるな)
そんな確信のもと、一手を打った。
「おれと伯爵……いや、いつも通りミルナスと呼ぶのがいいかな」
「伯爵を呼び捨てだと!?」
ガンロックがイイ感じに反応してくれる。
思った通り、扱いやすい男だ。
「他人に言ったことはないが、おれたちは仕事を頼まれる間柄でね。ああ、もちろん正規のやつじゃないぜ」
借金の形代わりという変化球である。
ただ、そこに意味を持たせるべく、おれは口の端を持ち上げた。
「ま、まさか……伯爵が非合法なことを!?」
「当然だろ。偉くなればなるほど、汚れ仕事もこなさなくちゃならないんだからよ」
「う、嘘だ」
あきらかに鈍った剣閃を半身で躱し、おれはガンロックとの間合いを詰めた。
「アローナはおれと同様の仕事を受けていた。あいつが無事なら、ミルナスはいまごろヤバイかもな」
「そんなことはありえん!」
思いのほか、否定の声が力強かった。
ただそれは、自分に言い聞かせているようにも聞こえる。
「よくもそんな作り話をペラペラと言えるものだ! 感心を通り越し、怒りが湧いてくる!」
ガンロックの放ったボディーブローが、おれの腹に突き刺さった。
「ぐあっ」
呼吸が詰まり、慌ててバックステップで距離を取る。
「ミルナス伯爵と貴様の関係は不明だが、アローナは我らの味方だ。汚い仕事など、請けるわけがなかろう!」
「ガンロック!」
メティスが叱責するような声をあげた。
けど、もう遅い。
「やっぱり、お前らグルなんだな」
おれはそう確信した。