144話 勇者とロールの別れ
結論からいうと、生きていた。
土に埋もれ身動きは取れないが、たしかに生きている。
飛行機が落ちたときは、即サラフィネのもとに飛ばされたことを思えば、血の味と降り積もった土の匂いがする場所が、極楽浄土なわけがない。
「イデデデデ」
動かそうとすると、体中に痛みが走る。
これも生きている証拠だ。
……けど、勘弁してほしい。
毎度毎度、苦しみで生を実感するのはイヤだ。
「はあぁぁ」
無意識にため息がもれた。
(イカン。イカン)
弱気になっている。
(うしっ。いっちょやるか)
心を奮い立たせ、脱出しよう。
簡単なのは魔法で土砂を退けることだが、外の状況がわからない。
出来れば穏便に済ませたいし、派手にいった結果、二次災害を引き起こしてベイルやアローナに戻ってこられても困る。
可能性としては低いが、シリアと手を組み三対一の構造にでもなっていようものなら、目も当てられない。
(しかたない。ここは地道にいくか)
まずは、魔素で傷口を覆う。
イメージとしては、消毒と回復を促す薬を染み込ませた包帯を巻く感じだ。
「イダダダダ」
思い込みかもしれないが、傷口が痛んだ。
小学生のとき、保険医から擦り傷に容赦なく消毒液をぶっかけられたときを思い出す。
(さらば雑菌。お帰り健康な皮膚。化膿するのは、不可能だよ)
そうあってほしいと、切実に願う。
…………
(ダメだな)
冷静になればなるほど、最後のダジャレはイマイチだ。
(よし。気持ちを切り替えて、次は脱出法を考えよう)
掘り進んでいくしかないのだが、問題はどう掘るか、である。
魔法の使用は確定しているが、なにを選ぶかはよく考えなければいけない。
(ファイヤーショット……はダメだな)
おれが燃える可能性があるのと、酸素が消失して死ぬ可能性がある。
(サンダーショット……もダメだよな)
痺れるぐらいならいいが、感電した結果、死んでしまう恐れがある。
(アイスショット……も危ないな)
氷漬けになることも恐ろしいが、緩んだ土砂にグチャグチャにされる可能性がある。
(ダメだな)
どれも考えただけでブルッと震えてしまう。
(となると、残る選択肢は一つしかないんだよな)
レーザーショットだ。
唯一問題があるとすれば、どう撃つか、である。
何度も言うようで申し訳ないが、おれはいま土砂に埋まっている。
それはもう、がっちりきっちり埋まっている。
正直、指を動かすぐらいのことしかできない。
(ここはアレだな。悪の帝王になるしかないな)
指先からピーッと撃つチャンスだ。
「ほぉ~っほっほっほ」
それっぽく笑い、レーザーショットを放った。
ズバン!
盛大な音を立て、土砂の一部が消失した。
「さすがは悪の帝王。恐ろしい威力だな」
無関係にもほどがあるが、おれは戦慄した。
が、穴が掘れるのもわかった。
「ほぉ~っほっほっほ」
スバン!
「ほぉ~っほっほっほ」
ズドン!
「ほぉ~っほっほっほ」
ガシャン! ドン!
調子に乗った。
悪の帝王のマネをすることに夢中になりすぎて、無計画に撃ちすぎた。
結果、再度崩落が起きた。
若い人にはわからないだろうが、小錦が乗っかってきたような感覚があったから、間違いない。
せっかく開けた穴も埋まってしまった。
今度は慎重に掘り進めよう。
「ほぉ~っ」
眼前に竜滅刀が現れ、おれの口に鍔を差し込んだ。
黙りなさい!
そう言われているような気がする。
「ごへんなはい」
調子に乗っていた自分を見られていたことも恥ずかしく、おれは素直に謝った。
解ればいいのです。ここは私に任せなさい。
なぜか、竜滅刀が胸を張っているように見えた。
「頼みます」
光りを纏った竜滅刀が、ドリルのように回転する。
一瞬だった。
進んだと認識した瞬間に、穴が完成していた。
立っては無理だが、四つん這いなら余裕で進める。
「ありがとうございます!」
おれはほふく前進で穴を進む。
すぐ突き当りになった。
どうやら、おれのいたフロアーは、丸々土砂に埋まっているようだ。
「んじゃ、こっからは上に頼みます」
了解です。
竜滅刀が今度は上に掘り進む。
意志疎通はバッチリだ。
「よっ」
両手両足を広げ、体が落ちないように突っ張る。
ここからは体力勝負だ。
「あっ、それそれ」
手、足、手、足の要領で壁を上っていく。
竜滅刀が掘り進んでいるのだが、頭上から土砂が降ってくることはなかった。
「ありがたい」
感謝を告げてからほどなくして、おれたちは土砂の上に立った。
「ありがとう」
もう一度感謝し、おれは竜滅刀を納刀した。
「ホーリーライト」
周囲を照らしたことでわかったのは、迷宮全体が崩れたんじゃないということ。
ここが何階なのかは不明だが、頭上には天井がある。
照明の数が少ないことから、四階よりは下なのだろう。
「にしても、ずいぶん高えな」
天井の高さが半端ない。
おれが通ったフロアーの二、三倍はありそうだ。
「んん!? ……なるほど。上の階の床が崩れたのか」
明かりで照らされた場所を注視したことで、壁に通路のような穴が開いていることに気づけた。
「よっ」
通路にジャンプした。
降り立ったそこは、行き止まりではないらしい。
ここでジッとしてても始まらないし、おれは通路を進むことにした。
さいわいにして、上に繋がっている道のようだ。
「おっ!」
階を上がったフロアーに、ロールらしき人物がいた。
うつ伏せに倒れているが、間違いないと思う。
「おい、大丈夫か?」
駆け寄り、助け起こした。
脈は弱く、顔色も悪い。
…………
元からこんなだったような気がしないでもないが、放っておけば死んでしまうだろう。
(やってみるか)
おれの微弱な回復魔法では間に合わないが、ちゃんとした回復魔法ならチャンスはあるはずだ。
「ヒール」
「ごふっ」
ロールが血を噴いた。
(ダメか!?)
「ああ、貴殿か」
うつろな瞳は、本当におれを映しているのだろうか。
「吾輩たちは……安住の地が欲しかったんだ。吸血鬼というだけで迫害されぬ安住の地。何百年もの間、それを欲し続けた。言い換えれば、それしかいらなかった」
声は弱弱しいが、内包される想いはとても強く感じる。
「メティス様は、それをくださると仰った。代価は、その場の警護でいいともな」
ロールが嬉しそうに笑う。
「唯一の不安は、そこが夢魔族の勢力下であるということだけだった。やつらは他人の感情を喰らう悪魔であり、感情を食われ続ければ、誰もが抜け殻になってしまう。特に感性豊かな子供たちはあいつらの好物であるため、慎重を期さねばならなかった」
(そうか。だから、夢魔族は他者と共存できないのか)
「だが、メティス様はやつらの天敵であるガウも同行させてくださった。あやつは結界魔法のスペシャリストだからな。この森に人が入れないようにするのも朝飯前だ。などとぬかしていたな」
その瞳には、在りし日のガウが浮かんでいるのだろう。
「まさか、友が死ぬとはな」
ロールの目端から涙がこぼれた。
「すまない」
「……気にする必要はない。生きる者すべてに終わりは来るのだ。それが早いか遅いかの違いでしかない。吾輩も……後少しだ」
ロールが再び血を吐いた。
「ヒール」
重ね掛けに効果があるのかは不明だが、やらないよりはマシだろう。
「もういい」
ロールがそっとおれの手を払った。
「貴殿には充分救われた」
弱弱しい笑みだが、その表情は充足感に満ちているようにも思える。
「これ以上は望めないが、もし可能なら吾輩の願いを叶えてくれないか?」
「おれにできることなら言ってくれ」
「迷宮を出たら、ここを埋めてほしい。誰も入って来れぬよう、深く硬く埋めてくれ。さすれば、吾輩たち吸血鬼は安心して眠れる」
「わかった。約束するよ」
「感謝する」
安らかな表情で、ロールは事切れた。
寝かせた遺体にロールが羽織っていたマント被せ、おれは地上にむかう。
「お待ちしておりました。勇者様」
迷宮を抜けた瞬間、聞き覚えのある声がした。