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143話 勇者は死ぬかもしれない

 おれの放った風波斬によって、魔方陣が砕けた。


「あああ!」


 余波のあおりで吹き飛ばされたシリアが、ドンッと壁に体を打ちつける。


 …………


 ピクリとも動かない。


(大丈夫か?)


 少し不安になってしまった。


「あああああああああああああ!!!!」


 急な絶叫に驚いて、ビクッと身をすくませた。


(脅かすんじゃないよ)


 高鳴る胸を押さえ、おれは奇声を上げたアローナに視線を移す。


「ああああああああ」


 頭を抱えてのたうち回っている姿は、変わりない。


 …………


 寝転んでいる女が二人と……それを見下ろす男が一人。

 しかも、男の手には刀が握られている。


(アウトだな)


 後ろ暗いことはしていないし、この結果も正当防衛だ。

 けど、事情を知らなければ、勘違いを生むだろう。


「お前! 何してんだ!?」


 部屋に現れたベイルが、まさにそれだ。

 まなじりを吊り上げ、おれをにらんでいる。

 来てほしくないときに来る。

 ベイルはそういうプロフェッショナルだと思う。


「おい! なんとか言え!」


 怒ってはいるが、こちらの話に耳を傾ける余地はあるようだ。


「いや、これには訳があってよ」

「あああああああああああああああああああああ!!!!」

「うるせえよ!」


 立ち上がりおれの耳元で絶叫したアローナを、反射的に叱責してしまった。


「これはあれだよ。叫んだことを怒ったんじゃないんだよ。耳のすぐ近くで叫ばれたから、注意の言葉がきつくなっちゃっただけなんだよ。マジで、他意はないから」

「そうか。彼女に語られるとマズイんだな」

「いやいや、そうじゃねえって。お互い言いたいことはあるだろうけど、まずは落ち着いて話をしようよ。な!?」

「ああああああああああああああああああああ!!!!」


 おれの提案は、アローナによって却下された。

 いつの間にか落とした剣を拾っていて、斬りかかってくる始末だ。


「おいおいおい。マジかよ」


 こうなってしまえば、話し合いどころではない。

 眼球がせわしなく動き、視野の定まっていないアローナでは、もとよりそれは困難であった。


「あああああああああ」


 おれにむけて振り下ろされた剣を、バックステップで躱す。


「ああああああああああああああああ」


 二撃三撃と攻撃は続くが、ただ滅茶苦茶に剣を振り回しているだけだから、対処はむずかしくない。

 ときに避け、ときに竜滅刀で捌く。

 スタミナ切れまで待ってもいいが、そうもいかないようだ。

 力一杯振り下ろすアローナの一撃が迷宮を揺らし、パラパラと天井の土を降らせている。


(ヤベェな。下手すりゃ崩れるぞ)


 自業自得ではあるが、風波斬もその一翼を担っている。


「龍殺滅死斬!」


 これを避けるわけにはいかない。

 初見の威力からして、いまの迷宮に炸裂すれば、ほぼ間違いなく崩落する。

 どこまで影響が広がるかは不明だが、最悪の場合、浅い階層にも影響が出るだろう。

 そうなれば、被害は甚大だ。

 直接の原因はおれではないが、崩落の下地を作った責任は問われるかもしれない。


(これ以上の負債は勘弁してくれよ)


 そしてなにより、生き埋めは御免だ。


(やっぱり、一時の感情に任せて動いちゃダメだな)


 心中で反省しながら、おれはぐっと踏ん張った。

 竜滅刀で受け止める気概ではいるが、直撃はリスクが高い。

 直前で風波斬をぶつけ、相殺を狙うのが吉だ。


(ダメでも、威力は削れるだろうしな)


 大事なのはタイミングだ。

 遅くても早くてもダメ。

 威力調整も大事だ。

 そしてなにより、ピンポイントで龍殺滅死斬に当てる必要がある。

 余波であろうとも、受け身やガードの取れないアローナに当てるのは危険だからだ。

 シリアの前例もあるし、慎重に事を進めるのが得策だ。


「ああああああああああああああああ!!!!!!」


 アローナが縦一文字に剣を振り下ろした。

 ここしかない。


「風波斬!」


 下からかち上げるように、竜滅刀を振り上げた。

 剣閃、威力、ともに申し分ない。

 相殺した……はずだった。


「サウザントブレイド」


 突如真横から放たれたベイルの斬撃によって、おれの肩から血しぶきが上がる。


「ぐあっ!」


 腕の力が抜ける。

 同じように力を失った風波斬では、龍殺滅死斬を相殺できない。


「ああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 アローナによって押し込まれた一撃が、おれに直撃した。


(こりゃダメだ)


 感じたのは焼けるような痛みと、巨大ハンマーで押し潰されるような衝撃。


(多少威力を削いでコレか……フルパワーだったら、即死だな)


 事前に踏ん張っていたおかげで、おれはなんとか立っているし、踏み止まってもいる。

 けど、急速に視界がブラックアウトしていく。


(意識のあるうちに確認しておくか)


 アローナは最後の一撃を放って、意識を失ったようだ。

 ベイルがなにか叫んでいる。

 その後ろから冒険者たちが姿を見せ、急いでアローナとシリアを担ぎ出していった。


「見損なったぞ。トドメを刺さないのは最後の慈悲だ。じゃあな」


 近づいてきたベイルが、おれの耳元でそうささやいた。

 発言の真意はわからないが、この際どうでもいい。


(おれが死んだら……残りのおれはどうなるんだろうな?)


 べつのおれが回収の任務に就くのだろうか?


(完遂は……無理だよな?)


 おれが死んでしまえば、魂のカケラがすべて揃うことはない。


(いや、待てよ。不完全じゃダメとは言われてないよな?)


 八割九割でも転生できる可能性は残されているはずだ。


(でもまあ、ダメだろうな いや、イケんのかな?)


 浮かぶのは疑問ばかりで、走馬灯のその字もない。

 この迷宮では嫌な思い出ばかり掘り返されてきたのだから、最後くらい楽しい思い出を呼び起こしてもいいと思うのだが……


「まあ、死ぬと決まったわけじゃないしな。ケセラセラだ」


 バタッと倒れ、おれは意識を手放した。


ブックマークやいいねなど、ありがとうございます。

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