141話 勇者はロールの言葉の意味を知る
「あのバカ、ふざけんなよ」
シリアを追って入った通路内で、おれは歯噛みした。
そこかしこに死体が散乱している。
女子供も関係なく、目に留まった者を手当たり次第に斬り刻んでいる。
が、シリアは逃げながら狩っているわけではない。
おれとロールが戦っている間に、悠々と凶刃を振るっていたのだ。
「あ~、くそっ。もう少し早く気づけてれば」
ロールが護りたかったのは、死んでいった仲間たちだ。
自分が倒れおれやアローナが進めば、戦う力のない同胞が散る、と考えたのだろう。
だからこそあの部屋で待ち構え、おれに休戦協定を申し込んできたのだ。
「貴殿の討つべき敵は、ここにはいない」
姿ないメティスは当然ながら、戦う意思のないロールは、討つべき敵、ではなかった。
「貴殿の討つべき敵は、内にいる」
これについてはいくつか候補があるが、考えを裏付ける決定打がない。
それを得るためにも、ここでシリアを逃がすわけにはいかなかった。
「くそ!」
松明の明かりでは光が弱い。
細い通路はいいが、部屋に入ると全体の把握に時間がかかってしまう。
アリの巣のようにいくえにも別れた通路を一つ一つ確認していたら、差が開く一方だ。
「たしか……ホーリーライト! だったかな!?」
明かりの仕組みは、大まかに言えば熱だ。
温度が上がり白熱させれば、光になる。
イメージとしては、炎系の魔法をさらに過熱する感じで大丈夫だろう。
「おしっ!」
手のひらに電球ほどの明かりが生まれた。
それを天井付近に投げれば、隅々まで見渡せる。
「うおっ!?」
斬り刻まれた死体を直視し、ちょっと驚いてしまった。
けど、シリアがここを通った形跡にも気づけた。
血だまりを踏んだせいで、足跡が残っている。
「ホーリーライト」
電球サイズの明かりを手に、おれはその足跡を追った。
下へ下へと移動しているようだ。
迷いなく一直線に走っていることがうかがえる。
(速いな)
体の痛みはすでに消えていて、おれは全速力に近いスピードでシリアに迫っている。
にもかかわらず、背中はおろか足音すら聞こえない。
(まるで、迷宮の構造を把握しているみたいだな)
そんな風に感じるが、シリアと迷宮は無関係なはずだ。
森という括りは一緒だが、幻夢と一見で名称も違う。
ただ、もしそれが同一の場所であるのなら……
「貴殿の討つべき敵は、内にいる」
の意味も理解できる。
「ったく、ほとんど禅問答じゃねえか」
グチりはするが、謎が解けた満足感もあった。
「さあ、答え合わせといこうかね」
いままでで一番広い部屋に出た。
その中央で、仁王立ちするシリアが待ち構えている。
「もう逃げないでいいのか?」
「その必要はないもの」
薄ら笑いを浮かべるシリアは、余裕しゃくしゃくだ。
「ここが最下層でいいんだよな?」
「そうよ」
一応、依頼達成だ。
これで四億六〇〇〇万ソペはチャラ……にはならないだろう。
相互証人のアローナが不在である。
(待ってる間、やることやるか)
にらみ合っていても、時間の無駄だ。
有効活用させてもらおう。
「お前ら夢魔族ってなんなんだよ?」
「質問の意味がわからないわ」
「おれが出会ったとき、夢魔族はジリ貧だったろ? それがいまや、森の強者だ。躍進にもほどがあるだろ」
「すべては勇者様のおかげ。あなたがガウを殺すチャンスをくれたから」
顔の横で両手を組み、シリアが身体をクネクネさせる。
「あたしたちにとって、あいつがとにかく邪魔だったの。ガウが森にくだらない結界を張り巡らせたせいで、あたしたちは死に絶えるしか術がなかったんですもの」
「勘違いしたよな。夢魔族という衰弱した者たちが弱者で、四天王という称号を冠したガウが悪。そんな図式を、勝手に描いちまった」
思い込みに決めつけ。
仕事をするうえで、一番してはいけないことだ。
なのに、それをしてしまった。
「貴殿が討つべき敵は、ここにはいない」
それはつまり、四天王であるガウやロールは敵ではない、ということだ。
「貴殿が討つべき敵は、内にいる」
夢魔族とこの迷宮は無関係。
ではなく、迷宮を含めた村全体……いや、一見の森を含むすべてが、夢魔族の勢力図の中にあったのだ。
それはつまり、この迷宮には敵がいないが、村の外の森には敵がいるよ、という意味である。
(わかりづれぇなぁ。もっと簡単に教えてくれよ)
不満をぶつけるように、髪をガジガジと掻いた。
けど、出来ない理由があったことは理解している。
手加減はされていたが、攻撃を続けていたのが、その証拠だろう。
(なんにしろ、後で問い詰めてやる! だから生きてろよ。ロール)
可能性は低いかもしれないが、本気でそう願った。
「でぇ? なんで夢魔族は嫌われてんだよ?」
「失礼ね。嫌われてなんかいないわ。メティスたちが、一方的にあたしたちを嫌ってるだけよ」
「嫌われ者はそう言うよな。あたしは悪くない。あたしを嫌う他人がおかしいんだ、ってよ」
シリアが目尻を吊り上げた。
「あんたに何がわかんのよ! 食べることすらままならず、衰えていくことに抗えない虚無感が、あんたにわかる!?」
おれが訊きたいのはそこだ。
「たしか、お前ら夢魔族は感情を食べるんだよな」
「そうよ。今も迷宮で生まれる喜怒哀楽を食べてる。お腹いっぱいになる感覚に、みんなが喜んでるわ」
「メティスたちが、それを喜べねえ理由はなんだよ?」
「知らないわ。数年前から急にイジメられだしたのよ!」
理由がない。
そんなのはウソだ。
ストレス発散などといったアホらしくも理不尽な理由も含め、それは必ず存在する。
そして、おれにはその心当たりがあった。
「夢魔族の魔力って強大だよな」
「はあ!?」
シリアが眉をひそめた。
リアクションからして、気づいていないのかもしれない。
それはわからないでもなかった。
あるのが当たり前だと、その重要性に気づけないことは、意外と多い。
「考えてもみろよ。たった一晩で村を変貌させられる力を持った連中なんて、脅威以外のなにものでもないだろ」
寝ている間にログハウスが建った光景を、おれははっきりと覚えている。
眠りを妨げるような騒音もしなかったから、建設の主な力は魔力と考えるのが妥当だ。
「しかも、他人の感情があれば食うに困らないんだぜ。戦力としてはピカイチだけど、反乱分子としては危険この上ないだろ」
「そっか。だからイジメられたんだ。ふふっ……メティスたちは、あたしたちが怖いんだ」
シリアが嬉しそうにケタケタ笑っている。
「教えてくれてありがとう。ここが解放されれば、あたしたちの天下だわ」
「んなわけねえだろ!?」
「お礼に教えてあげる。この迷宮はあたしたち夢魔族の隠し要塞だったの。村からの入り口が塞がれて入れなくなっちゃったんだけど、力を取り戻したあたしたちなら新たに作ることも簡単。で、ここを甦らせれば、あたしたちは更なる力を得られるの」
シリアの足元に魔方陣が浮かんだ。
「そんなことはさせない! 龍殺滅死斬!」
おれが動くよりも早く、部屋に飛び込んできたアローナが必殺技を放った。