140話 勇者とロールの休戦協定は邪魔者によって破棄された
「お前……そいつを知っているのか?」
「当然だ。吾輩はメティス様に従う四天王であるぞ」
「じゃあ、ガウもそうなのか?」
「ああ。やつもそうだ」
(マジかよ!?)
まったく関係ない話が続いているんだと思っていたが、ちゃんと本筋のレールに乗っていた。
「驚きだな」
「貴殿なら予想できていたであろう」
「バカ言うなよ。世の中わからないことだらけだよ」
「そうか。では、メティス様のことを交渉材料にさせていただこう」
ロールが蜃気楼のようにふわっと消えたかと思えば、すぐ目の前に出現した。
「貴殿の戦うべき相手は、ここにはいない」
言葉とは裏腹に、ロールは爪による攻撃を繰り出す。
「言ってることとやってることが無茶苦茶だな」
竜滅刀で捌きながらも、おれには思い当たる節があった。
そして、それこそが鍵なんだと思う。
言動の矛盾。
その根幹を理解できれば、この戦いは回避できるはずだ。
「貴殿の戦うべき相手は、内にいる」
当然ながら、これは精神論じゃない。
なら、仲間内と捉えるのが普通だろう。
「っとと」
爪に集中していたら、ロールがコウモリを飛ばしてきた。
危うく当たるところだった。
(頭を働かせながら戦うのって、むずかしいな)
けど、少しずつ身体から痛みが抜けてきている。
回復魔法が効いているようだ。
「お前の言う内は、こいつらじゃねえよな」
コウモリを追いかけ、ペシッと数匹叩き落とした。
当然、斬り落とすこともできたが、おれはあえてそれをしなかった。
(休戦協定交渉の席には、まだついているぞ)
と示すために。
「当然だ。その子たちは吾輩の内であり、貴殿とは何の関係もない」
ということは、ロールの指す内とは、仲間のことで間違いない。
しかし……おれに仲間はいない。
唯一そう呼べる者がいるとしたら、サラフィネだけだ。
(ただ、あの女神が敵だとは思えねえんだよな)
もし仮にそうだとしても、異世界に手を出せないサラフィネではどうすることもできないし、神界に戻ることができないおれも手の打ちようがない。
なら、サラフィネは候補から外してもいいだろう。
(ってことは、仲間じゃなくて、知り合いも含まれる、ってことなんだろうな)
第一候補はアローナだ。
ただ、ロールには、おれが戦うべき相手はここにはいない、とも告げられている。
「なあ、答えがないのが答え、みたいな禅問答ってことはないよな?」
…………
ロールは答えず、爪による単調な攻撃を繰り出し続けている。
おれ自身で気づけ、ということなのだろう。
「そもそも、ここは最下層ではない」
ロールのヒントは続くようだ。
奥に続く通路があるから、ここがゴールでないことは理解していた。
けど、四天王が登場した以上、この階にゴールがある、とも勘違いしていた。
「そうか。道半ばなのか」
「そこに吾輩がいることに、疑問はないか?」
「ある。大いにあるよ」
普通、四天王クラスの実力者はボスであり、こんな中ボスみたいな感じで出てくるキャラクターではない。
「この地にいた者を考えろ」
(そうか!)
わかった気がする。
「この先にいっても、意味がねえんだな」
独り言を、あえて口に出した。
ロールの攻撃速度が、一段上がった。
正解不正解は不明だが、琴線に触れたのは間違いない。
最後にこれだけ確認しよう。
「お前たちに野心はないのか?」
ロールが動きを止めた。
答えはイエスであるようだ。
「休戦協定を結んでくれるか?」
「無理に決まってんじゃない!」
女の声がしたのと同時に、ロールの顔が歪んだ。
「ガハッ」
胸に刺さった剣が呼び水となり、吐血する。
デジャブのような光景だ。
「あんたの仕事は侵入者を殺すことでしょ。何勝手に休戦とかしてんの!?」
ロールが倒れ、背後にいた人物が顔をのぞかせた。
「お久しぶり。勇者様」
夢魔族のシリアが、気安げに手をヒラヒラさせる。
「お前に勇者と名乗った覚えはねえよ」
「教えてもらったの。もう一人の勇者様に」
「そっか。あいつも生きてたか」
驚きはないが、ホッとした。
「で? なんでここにいるんだよ? 住んでる村はここじゃねえだろ」
「決まってるでしょ!? 裏切り者を罰しに来たの」
シリアがロールに振り下ろした剣を、おれはすんでのところで弾いた。
「何するの?」
「それはこっちのセリフだよ」
「あたしは勇者様のお手伝いをしようとしたのよ。だって、こいつ敵でしょ」
シリアがロールの顔を踏みつける。
「ヤダッ! 何怒ってるの!? ゆ・う・し・ゃ・さ・ま」
「あぐがっ」
刺された箇所をシリアに踏まれ、ロールが苦痛に悶える。
おれは無言で竜滅刀を薙いだ。
「ヤダッ! 危ないじゃない」
驚いた様子は見せているが、シリアは余裕でおれの斬撃を躱している。
「ふふっ。ベイルが言った通りね。見かけと違って、意外と正義感が強いのね」
「んなもん強かねえよ。ただ、お前の行動が気にいらないだけだよ」
「そうは言うけど、勇者様にとってこいつは敵でしょ。こいつの上にいるボスは、あなたの敵なんだからさ」
その通りだ。
メティスとは決着をつけなければならない。
その過程で戦わなければならないのなら、剣を取る覚悟もある。
が……戦う相手はおれ自身で選ぶ!
「あら? あたしと戦うの?」
「これ以上、おれを不快にさせるならな」
「じゃあ、あたしは帰ろうかな。怖いお姉さんも来たし」
踵を返し、奥の通路へとシリアが消えていく。
「駄、駄目だ。か、彼女を止めてくれ」
ロールが胸を押さえて立ち上がった。
しかし足に力が入らないのか、フラフラしている。
「おい。大丈夫か?」
「お待たせ! 助太刀するわ!」
おれの声を、アローナの決意に満ちた大声がかき消す。
「さすがね」
すぐに状況を把握したようだ。
「美味しいところだけ貰うようで悪いけど、トドメはあたしがやるわ!」
「おい! アローナ。ちょっと待て!」
「シリアを追ってくれ」
か細い声だった。
たぶん、アローナの耳には届いていない。
「あいつを放っておけば、貴殿は更なる窮地に立たされることになる」
「んなこと言ったってお前」
「安心しろ。それが吾輩の利益に繋がるから言っているだけだ。だから、頼む」
ロールに胸を押された。
弱弱しい。
これが精一杯なのだとしたら、ロールは長いことない。
「ったく、わかったよ。ただ、生きる努力はしろよ。いいな」
「それも条件なら、考慮しよう」
「ああ。譲れない重要条件だ」
ロールが笑った。
それを最後に、おれはシリアを追った。
いいねやブックマーク、ありがとうございます