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138話 勇者は四天王と対峙する

 五階から落ち、六、七、八階の床を突き破ったことまでは覚えている。

 が、そこからの記憶がない。

 なにがどうしてどうなったのかが、さっぱりわからない。

 けど、背中に地面を感じるから、横になっているようだ。

 後、目が覚めたから、生きている。


「あだだだだだ」


 体を起こそうとしたら、全身に痛みが走った。

 これも生きてる証拠だ。

 我慢しよう。


「あだだだだだ」


 ゆっくりとした動作にもかかわらず、ずっと痛い。

 強めの低周波を、絶えず全身に流されている感じだ。


「ふううう」


 上半身を起こすことには成功したが、立つのはしんどそうだ。


(座ったままでいいか)


 四方を見ても、暗くてなにも見えない。

 五階まであった明かりも皆無で、周囲は完全に暗闇に支配されている。

 ただ、生物はいるようだ。

 おれが視線を動かすと、それから逃げるように動いている……ような気がする。


(んん!?)


 いま初めて気づいたが、アローナの姿がない。

 放置されたのは若干腹立つが、無事なのだとしたら、まあいいだろう。


「んじゃ、どうすっかな」


 どれだけ気を失っていたのか?

 アローナはどこに行ったのか?

 そもそもここが何階なのか?

 考えることは山ほどある。

 あるけど……考えなくていいこともあるようだ。


「あら、やっと気づいたの?」


 火の点いた松明を片手に、アローナが戻ってきた。


「よかった。死んでなかったのね」

「おかげさんでな」

「嫌味じゃないわ。あんたには本当に助けられたと思ってる。だから、ちゃんとお礼を言いたかったの」


 アローナが深く頭を下げた。


「助かりました。ありがとうございます」


 素直にそう言えるということは、よほど堪えたのだろう。

 死人に鞭打つ行為は好きじゃないし、それをしようにも体が痛くて面倒だ。


「無事ならそれでいいよ。んじゃ、調べてきたことを教えてくれ」

「あんた、本当に気を失ってたの?」

「疑惑の目をむけられる意味がわかんねえよ」

「だってそうでしょ? そうじゃなきゃ、あたしが探査に行ったのを知るはずないもの」

「んなもん、戻ってきたのが答えだろ」


 アローナが首をひねった。


「落ちた後の状況は知らねえけど、おれが気を失っていたことと、おれより早くアローナが目覚めたことは疑いようがねえだろ。じっとしててもいいところを、ご丁寧に松明まで持って動いたんだ。なんかしら気になることがあったんだろ? そして収穫があったから、戻ってきたんだろ」

「馬鹿のお人好し。ってイメージだけど、違うみたいね」


 聡明なジェントルマンで通っているおれに対し、失礼なやつだ。


「ええそうよ。あんたより先に目が覚めたあたしは、周囲の散策を行った。ちなみに、この松明はリュックに入ってた物。衝撃で中身のほとんどが潰れていたけど、これを含めた数点は無事だったわ」


 言われて気づいた。

 背中にリュックがない。

 アローナの手にぶら下がった幼稚園児の鞄ほどのそれがあのリュックなら、寂しいことこの上ない。

 まあ、松明で照らされた床にごみ溜めみたいな箇所があるから、あそこがおれの落ちた場所なんだろう。


「で、どうだった?」

「信用するの?」

「言ってる意味がわからん」

「あたしはあんたを出し抜こうとしたけど、迷って戻ってきたらあんたが目覚めていた。だから、何食わぬ顔で合流した。かもしれないでしょ」

「べつにそれならそれでいいよ。ただ、情報はくれ」

「変なやつ」


 アローナは背をむけて歩き出した。


「おい待て! 話は終わってねえぞ」

「歩きながらでいいでしょ。急ぐ理由もあるし」

「ったく。勘弁してくれよ」


 立ち上がり、アローナの後を追う。


「あたたたたたた」


 やっぱり、まだ痛い。


 …………


 説明のないまま、無言が続く。

 おれから催促してもいいが、欲しがりさんみたいな印象になるのは好みではない。

 それに、いま複雑な話をされても、ちゃんと理解できるか自信がなかった。

 さっきから魔素を使って傷を治そうと試みてはいるのだが、思いのほかはかどらないからだ。

 理由はわかっている。

 魔法の効果にはイメージが大事なのだが、具体的な治療法やメカニズムが思い描けないのだ。

 出来ているのは絆創膏や湿布を張るようなイメージだけで、回復が遅々として進まないのもうなずける。

 それでも少しは効果があるのだからありがたいが、サラフィネが施してくれた回復術には遠く及ばなかった。


(んん!? そうだ! サラフィネはヒールって唱えてたよな)


 具体的な仕組みはわからないが、それが及ぼす効果は実感として覚えている。


(なら、出来んじゃねえか?)


 イメージは万全なのだ。

 魔素も十分だろうし、再現できない理由はない。


「ねえ? 気づいてる?」


 急に話しかけられ、ドキッとした。


「もちろん」


 と勢いで肯定しそうになるが、おれには霊感少年時代の経験がある。


「いいえ、まったく。全然、気づいてません」


 大人になったおれは、正直に答える勇気を持ち合わせていた。

 というよりは、それどころじゃない。

 何度も言うが、節々が痛いのだ。


「さっき少し歩いたときも感じてはいたの。ここが何階なのかわからないけど、モンスターの質が明らかに変わったな、って」

「そうなのか?」

「ええ。今も狙われてるわ」


 アローナが松明を持ち上げた。

 明かりが周囲に広がると、そこからササッと逃げるように影が動く。

 たしかに、いままでのモンスターたちとは違うのかもしれない。

 これまでは目が合う、もしくはテリトリーに入った瞬間に襲ってきた。


「強い?」

「大したことはないわ。けど、知性がある分だけ厄介ね」

(知性ねぇ……)


 おれにはそれが厄介なモノだとは思えなかった。


「なんで食べられなかったんだろうな?」

「はあ!?」


 アローナは眉をひそめたが、納得できないものは出来ない。


「だっておかしいだろ? 知性があるなら、気を失っているおれは恰好の餌だぜ。急所をガブリッとやれば仕留められるわけで……それをやらないということは、さほど頭は良くないんじゃないか?」

「はあぁぁ」


 今度は盛大なため息を吐かれた。


「あんた馬鹿ね」


 カチンとくる物言いだ。


「あんたやあたしを一撃で仕留められるモンスターなんて、この迷宮にいるわけないでしょ。もし仮にいるとすれば、迷宮のボスか魔王ぐらいのものよ」


 盛大なフリだろうか……なんか嫌な予感がする。

 ごくっ、とアローナののどが鳴った。

 そういえば、おれものどが渇いた。


「ねえ、気づいた?」

「もちろん」


 アローナの顔や剥き出しの肌に玉のような汗が浮かんでいる。

 着替えたい。

 もしくは、汗を拭いて身だしなみを整えたいのだ。

 けど、おれがいたらそれは出来ない。


「松明、もう一本あるよな?」


 アローナは無言でうなずき、松明を渡してきた。


「先行くぞ」

「あたしも行くわ」

「いや、気持ちと身なりを落ち着けてからでいいよ」

「……ありがとう」


 なんだかんだいって女の子だ。

 強気な性格をしていても、オシャレには気を使っているらしい。

 次の部屋は目の前だ。


(もう一つ奥の部屋に行ったほうがいいだろうな)


 覗く気はないが、少しでも離れたほうが気兼ねなく仕度できるだろう。


「ほう。吾輩の気配に気づきながら、臆さず来たか」


 部屋に入ると、そんな声が聞こえてきた。

 先客がいたようだ。

 輝く銀髪をオールバックにした色白男子が、黒のタキシードとマントを身につけている。


「貴殿が彼の勇者か」


 口を開くたび、立派なキバが見え隠れしている。


(吸血鬼みたいだな)


 定番のキャラ設定に、おれはそんな場違いなことを考えてしまう。


「吾輩はロール。吸血鬼王(バンパイアロード)にして、四天王の一人である」

(あれ? なんか、ボス戦始まろうとしてる?)

「貴殿の生き血は吾輩の糧となり、永久の時を刻むであろう」


 間違いない。


(これ、始まるよね?)

「光栄に打ち震えるがいい」


 決まりだ。

 絶対に始まる。


「さあ、決闘(デュエル)だ!」


 唐突に、決戦の火ぶたは斬って落とされた。

 問題なのは、おれのテンションがそこまで燃え上がっていないことと、全身の痛みが引いていないことである。


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