14話 勇者は城に突き進む
「ウ、ウヮアアアアアア」
振動とともに伝播する恐怖。
絶対的な存在であった巨大オークが一瞬で骸にされたことで、一団はパニックに陥った。
「に、逃げろおおおおお」
空にいるガーゴイルにも、それは波及している。
チャンスだ。
「死にたくなければ道を開けろ! 風~」
オークが避ける時間を作れるように、あえてタメを作った。
より強烈な一撃が繰り出される。
そういった思考と恐怖を与えるためだ。
「波~」
「ウヮアアアアアアア」
オークたちが民家の壁を壊し、部屋になだれ込んでいく。
脅しは成功だ。
「斬!!」
目的は達成したのだから、実際に撃つ必要はない。
けど、おれは撃った。
狙いは、前方に見える城の最上部。
あそこなら壊れても問題ないし、壊した破片が落ちても巻き込まれる者は少ない……はずだ。
剣線も斜め上に進むため、通りに横たわる一般市民や、戦意を失ったオークたちを巻き込むこともない。
(無益な殺生は、避けるべきだよな)
人道的な意味合いもあるが、本音は自分のためだ。
日本人であるおれは、ゲームの中以外で他者の命を奪った経験はない。
高揚しているいまは良いかもしれないが、落ち着いたとき、自責の念に潰される可能性だってある。
そうなれば魂のカケラの回収はおろか、冒険にすら出られなくなり、おれの未来は永遠の虚無をたゆたう、一択になってしまう。
(ダメだ。そんなことは許さん!)
そしてなにより、契約不履行はおれの矜持が許さない。
スパッ
城の上部が切断され、瓦解した。
…………
モンスター軍団に動く者はいなくなった。
狙い通りだ。
圧倒的な武力行使が可能であるということを示せば、抑止力になる。
「まだやるか?」
鋭い眼光でにらむと、オークたちがかぶりを振り、武器を捨てた。
中には鎧を脱ぐヤツまでいる。
「これ以上、住民には手を出すな!」
必死になって何度もうなずくオーク。
「これは約束だ。お前らが守るなら、これ以上はやらない。だが、破るなら、同じ目にあわせる! いいな。お前らもだぞ!」
指揮官のガーゴイルは不満そうであったが、部下のガーゴイルたちは武器を捨て、深くうなずいている。
「やんのか!?」
「投降する」
おれが剣先を向けると、苦虫をつぶしたような表情のまま、指揮官のガーゴイルが剣を手放した。
当然それは落下し、下にいた青年の腹に刺さった。
「ぐあああっ」
「おっと悪い。気づかなかった」
ニヤニヤ笑いながら、指揮官はもろ手を挙げた。
戦意は維はない、というアピールだ。
無益な殺生はしたくない。
それは本音だ。
けど、やらなきゃいけないときがあるのも、理解している。
自責の念が積もろうとも、やらねばいけないのだ。
おれは無言で飛び上がり、指揮官の首をはねた。
「次はどいつだ?」
「おい。これを飲め」
おれが睥睨する中、一匹のオークが腹を刺された青年に近づき、薄緑の液体が入った瓶を差し出した。
「ううっ、痛い。助けて」
「ああ。助けてやる。だから、これを飲め」
痛みがひどいのか瓶を受け取らない青年の口に、オークが中身を無理やり流し込んだ。
青年の傷がみるみる塞がっていく。
「ありがとうございます」
感謝を告げるぐらいに回復したが、まだ辛そうだ。
というより、回復したそばから搾取されているのだろう。
「俺たちは投降する。信じてもらえるか?」
青年を道路の端に寝かせ、もろ手をあげた。
(大丈夫そうだな)
このオークは信用できる。
そう思わせるにたる行為だ。
「ああ。十分だ。約束は守る」
おれは剣を鞘に納め、再度手近な民家の屋根に跳び、一直線に城へ向かった。
襲ってくるモンスターはゼロに近い。
ほとんどがおれの視界に入らぬように飛び退って投降の意思を示したが、隠れた野心家というのはどこにでもいるようだ。
「ケアアアア」
目先の武勲に目をくらませ、奇声を上げながらアタックしてくる雑魚も散見する。
無視して突き進んでもいいが、後のしこりになる可能性を残すつもりはない。
(一般市民を人質に取られれば、面倒なことにもなるしな)
一番いいのは返り討ちにすることだが、時間がかかる。
ほとんどのモンスターは一太刀で斬り伏せられるが、襲い来るやつらは正面から対峙すれば勝ち目がないのを理解していて、視界の外から不意打ちをしかけてくるのだ。
それを屠るため、おれは身体の向きを変えたり、足を止めなければいけなかった。
数秒が無駄に過ぎる。
たいした時間ではないが、積もれば数十秒……数分と膨れ上がっていくのも事実だ。
そのわずかな時間で、命を落とす者だっているだろう。
ジレンマだが、焦りはない。
(ITのなんでも屋を、ナメるなよ)
生前、おれはこういったことに対処するのに慣れていた。
おおまかなシステムを正常運行させながら、細かい不具合を修正していく。
それはシステムエンジニアとしての業務に似ている。
そして、これの正しい対処法はたった一つしない。
(サボらない)
それだけだ。
的確に状況を判断し、小さな不具合や問題を放置しない。
時間を要する作業なのだとしても、その都度きちんと対処する。
それが、一番の近道だ。
放置した結果、一時的に凌げることもあるが、大抵どこかで破綻する。
そうなれば、処理に必要な時間は倍以上に膨れあがる。
これは経験則であると同時に、絶対不変の真理でもあった。
(だから、こいつらも放置しちゃいけないんだよ)
面倒でも、対処しなければいけない。
結果、投降した連中の戦意を根こそぎ刈ることもできる。
そう自分に言い聞かせ、おれは向かい来る雑魚を殲滅した。