137話 勇者は落下した
しばらく走り、次の部屋に突入した。
「キシャアアアアアア」
吠える大蛇を飛び蹴り一発で仕留め、さらに奥の通路に入る。
(ここまで来れば、もう大丈夫だよな)
足を止めた瞬間、ガブッと手を噛まれた。
「痛~い」
「はなひなはい」
「いや、噛みつきながらしゃべんなよ」
「ふんっ」
おれから解放されたアローナが、ぺっ、とツバを吐いた。
ワイルドだ。
(殴ってやろうか!)
と思うほどグッとくる。
けど、我慢した。
うら若き乙女の唇を塞ぎ乱暴に抱えたのだから、怒られてもしかたがない。
(ただ、二度目は許さん!)
おれは決意と拳を固めた。
「水ちょうだい」
「自分で探れ」
下ろすのが面倒なので、リュックをむけた。
「高い」
「って、引っ張んな。倒れるだろうが」
「うっさい。さっさとしゃがめ」
「仲いいねえ。お二人さん」
『ああん!?』
場違いな声かけに、おれとアローナは語気を強めた。
「俺たちも混ぜてちょうだいな」
「そうそう。幸せは分かち合わないと」
現れたのは、男五人のパーティー。
どいつもこいつも、軽薄そうな笑みを浮かべている。
いますぐ殴ってやりたいが、いきなりはマズイ。
「こいつら、なに言ってんだ?」
「さあ? 馬鹿の思考なんてわからないし、わかりたくもない」
辛辣な物言いだが、同感だ。
おれもこいつらの言ってることが、まったく理解できなかった。
肩に食い込む大荷物を持たされ、真剣で斬られそうになった挙句、血が出るほど噛みつかれたのだ。
代わってくれるなら、喜んでお願いしたい。
「俺らずっとアンタらを見てたんだ」
「んで、確信したわけ」
「俺たちのほうが強い、ってさ」
「だから、その女差し出せ!」
「俺たちで穴という穴、ほじくり返してやるからよ」
(バカなんだな)
最初から見ていたなら、アローナの強さは理解できるはずだ。
大体にしてセリフ分けしてる時点でダセェし、格も数段劣る。
「面白い冗談ね」
アローナも笑っている。
氷の女王のように冷たい冷笑だ。
「暴れるなら、広いところにしてくれよ」
万が一だが、通路内では崩落などの危険性も高くなる。
もし塞がれて行き止まりになりでもしたら、後処理が面倒くさい。
「バカ言わないで。こんなやつら相手に暴れるわけないじゃない」
「いや、暴れるぜ。俺たちの下半身がな」
『ガハハハハハハ』
腰を前後に振る仲間に対し、バカどもが爆笑した。
ブチッ
あきれるおれの隣りから、なにかがキレる音がした。
「殺す!」
アローナが剣を抜き、バカどもに斬りかかった。
(あ~あ。こりゃダメだ)
血の雨が降る。
「掛かった!」
男たちが少し戻った部屋内に散開していく。
罠が用意されているのだろうが、並大抵のモノでアローナを拘束するのはむずかしい。
「あっ!」
動きが止まった。
「あっ! あっ! あああああああああああ」
剣を落とし、頭を抱えたアローナがくずおれる。
「ごめんなさい。いえ、申し訳ありませんでした」
土下座というよりは、自分の身を守るように四肢を折り曲げ、丸くなっている。
「すみません。すみません」
謝りながら震えている。
「おい! アローナ」
「ジュラララララララ」
おれが室内に入るのを拒むように、大蛇が入り口をふさいだ。
偶然だとしたら、タイミングがよすぎる。
相手に魔物使いがいるのだろう。
「さて、どうしたもんかな」
殴る。
蹴る。
斬る。
魔法を炸裂させる。
大蛇を退かす方法としてはどれも有効だが、問題はそれを行ったときの室内への影響だ。
大蛇が暴れ回り、二次災害が発生する可能性が高い。
それで考えられる最悪のシチュエーションは、アローナが巻き込まれることだ。
いまもあの調子で怯えているのなら、動くこともままならないはずだ。
かといって、悠長にかまえている時間もない。
中には、獰猛な下半身を持ったハイエナがいるのだ。
「とりあえず、やってみるか」
おれは竜滅刀を抜いた。
「せりゃ」
大蛇は簡単に斬れた。
が、切断まではいかなかった。
風波斬なら楽勝だが、アローナに当たる可能性もあるため、力加減がむずかしい。
少しずつ斬り進むという手もあるが、大蛇は斬られた箇所を隠すように前進した。
「う~ん」
動物愛好家というわけではないが、襲ってくるわけじゃない大蛇を斬り刻むのはどうかと思う。
(いや、待てよ)
なぜおれは、斬る、ことにこだわっているのだろう?
おれがしたいのは大蛇を退けることなのだから、持ち上げれば済む話だ。
「どれどれ」
竜滅刀を鞘に戻し、地面と大蛇の間に両手を差し込んだ。
「せ~の! よいしょ!」
一気に持ち上げる。
視界くっきりで、中が見えた。
アローナは無事なようだ。
「ぐへへへへへ」
ビキニのパンツを下ろされ、尻が半分くらい見えているが、触られてはいない。
だんご虫のように体を丸めているのが、幸いしているようだ。
上は胸当てに守られ、無事だ。
「おい。その辺にしとけよ」
「なっ!?」
おれの声が聞こえてきたのに驚いたらしく、ハイエナたちが全員目を見開いている。
「もう少しで割れ目の奥だ」
弱冠一名、アローナの尻に夢中なやつもいるが……
「いまなら質の悪いイタズラで見逃してやるからよ」
「馬鹿言うな! ファイヤーショット」
火の玉がむかってくるが、危ない怖いといった感覚は皆無だ。
(弱いなぁ)
この程度なら、対処する必要もない。
全身を包んだ魔素で、どうとでもなる。
「やった」
直撃を男は喜ぶが、影響ないおれを見てどんなリアクションをするのだろう。
「馬、馬鹿な」
これぞまさしく、モブの反応だ。
「これでわかったろ。お前たちじゃ、おれには勝てねえよ」
「それはどうかな?」
「オラッ、かかってこいや」
ハイエナたちは手のひらを上にむけ、クイクイっと動かす。
やはり、室内に罠があるようだ。
アローナをあんなにしてしまうだけに不気味ではあるが、このまま放置するわけにもいかない。
それをすればアローナは手籠めにされてしまうし、迷宮踏破の証人もいなくなってしまう。
「しかたねえ。いくか」
覚悟を決め、大蛇を背後に放り出して入室した。
(!!!!!!!!!! マジかよ!)
目の前に映し出された光景に、冷や汗が流れた。
「あ~っはっはっっは。これでお前も恐怖で動けまい」
「たしかに、これは怖いな」
「だろうな。さあ、お前も恐怖に身をすくめろ」
「いや、そこまでではねえよ」
「なっ!?」
術者の兄ちゃんは驚いているが、これのなにがすごいのかわからない。
ちなみに、おれがいま見ている光景は、小学校の教室だ。
そこで、幼き日のおれが昨晩読んだ怪談話を必死に話している。
しどろもどろの汗まみれ。
ついさっきも思ったことだが、よくこれで乗り切れたものだ。
「お前が見ているのは、人生最大の恐怖体験だぞ。思い出しただけで足が震え、立っていられないはずだ」
まあ、背中に冷や汗が流れるぐらい動揺してはいるが、座り込むほどのモノではない。
「し、信じられねえ。人生最大のトラウマを克服したっていうのか……」
大げさなやつだ。
言ってしまえば、こんなものは子供のころの黒歴史でしかない。
しかも、大人になれば笑い話に出来る程度の代物だ。
「バ、バケモンだ! 逃げろ!」
ハイエナたちが一斉に逃げ出した。
「が、我慢できねえ。破いていいよな?」
パンツを脱がそうと必死な一名を除いて。
「ったく、ダメに決まってんだろ」
げんこつを落とした。
「イテッ。えっ!? な、仲間は?」
「とっくに逃げたよ」
キョロキョロするスケベに仲間が逃げていったほうを指し示してやると、一目散に走りだした。
「お、おぼえてやがれ」
最後のセリフもモブだった。
これで一安心だ。
正気に戻ったときこのままだとうるさそうなので、おれはアローナのパンツを持ち上げ、尻を隠した。
「おい。終わったぞ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「もう大丈夫だから、謝んな」
「許してください。許してください。お願いします」
「おい。アローナ」
声は届かないようなので、肩に手を置いた。
「あっ……あああああああああああああああああ」
ビクッと震え顔を上げたアローナが、錯乱したように絶叫する。
「おい。しっかりしろ」
「もう……駄目なんですね。わかり……ました」
涙を流し、消え入るような声で呟いている。
「ですが、あたしにも夢があるんです! このままでは終われません! 例えあなたに殺されるのだとしても、足掻いてみせます!」
ユラユラと立ち上がる姿は、幽霊のようだ。
「コラコラ、錯乱して剣を抜くんじゃない」
「わかってます。この一撃が届かないなら、あなたの自由にしてください」
ダメだ。
まったくコミュニケーションがはかれない。
「いきます!」
アローナが跳び上がった。
「必殺! 龍殺滅死斬!」
「二回殺してるよ!」
ツッコんでいる場合ではないのだが、言わずにはいられなかった。
それぐらい、アローナの放った一撃はハンパない。
文字通り、あらゆるファンタジーで最強にカテゴリーされる龍を、二度殺すぐらいの威力がありそうだ。
「狭いダンジョンで放つ技じゃねえだろ」
正直、対処のしようがない。
出来ることがあるとすれば……
「風波斬!」
をぶつけて、威力を削ぐぐらいだ。
「ぐあっ」
弱まった力でこれか。
もろの直撃なら、死んでいたかもしれない。
意識が遠くなり、足元も揺らぐ。
「ああ、地面が割れてんだ」
大きなヒビが入り、グラグラと揺れている。
時間とともに崩落するのは間違いない。
上を見れば、気を失ったアローナが落下してきている。
「ったく。世話かけんなよ」
最後の力を振り絞ってジャンプしたおれは、アローナの頭を守るように抱きしめた。
出来るのはここまでだ。
後は、運に任せるしかない。
「助かりますように」
願い、落下した。
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