135話 勇者はどうでもいいことを考える
再度四階に下り、奥へと進む。
道中ではあっちこっちで苦戦、互角、圧倒と評せる戦いが繰り広げられていた。
当然といえば当然なのだが、下に潜れるだけの実力を備えた冒険者も数多くいるようだ。
数は減っているが、店もある。
ただ、どこも満杯だ。
店側が安全を担保していることもあり、実力不足であえぐ連中の駆け込み寺のようになっている。
「あいつら、どうすんだろ?」
施設の利用や物品の購入で滞在しているわけだが、永遠に居座るわけにもいかないだろうし、いつかは資金も底をつく。
そのときのことを思うと、なんともいえない気持ちになってしまう。
「徒党を組んで逃げるしかないんじゃない。助かるかどうかは……運次第ね」
現状、賽の目は悪そうだ。
「助けないわよ」
釘を刺すような物言いに、おれは苦笑した。
(まあ、アローナからすれば、前科一犯だからな)
けど、さっきのはイレギュラーだ。
「安心してくれ。なんでもかんでも助けたいと思うほど、ガキじゃねえよ」
「本当かしら」
「本当だよ」
自分の力はある程度把握している。
あれもこれもそれもどれも……などと、欲張れるモノは持ち合わせていない。
「じゃあ、あれは見捨てていいのね」
「見捨てるって表現はどうかと思うが、異論はないよ」
頼りなさそうな連中しかいないが、とりあえす店の中にいれば安全なのだ。
それをわざわざ、上まで護衛してやる気はない。
四億六〇〇〇万ソペ払ってくれるならべつだが……それだけの金があるなら、ミルナス伯爵のように代わりの者を派遣しているだろう。
「はあぁぁ」
ため息が漏れてしまった。
貧乏人である自分が情けない。
「なに? やっぱりかわいそうになった?」
「そうだな。おれは自分がかわいそうでしかたねえよ」
「はあ!?」
「考えてもみろよ。すべての元凶は、無一文でこんなところに放り出されたからなんだよ。これをかわいそうと言わずして、なにがかわいそうなんだ?」
しかも、一度や二度じゃない。
毎回、毎回、無一文なのだ。
この世界にいたっては、現金を見たことも触ったこともない。
なのに、四億六〇〇〇万もの負債を抱えてしまった。
全部、サラフィネのせいだ! と訴えたいところだが、そうではない。
今回のことは、調子に乗ったおれがいけないのだ。
「でも、嘆くぐらいはしてもいいよね!?」
「うるさいわね。そんなに嫌ならどうにかすればいいじゃない」
「四億六〇〇〇万はそんな簡単に手に入らんだろ」
「あんたぐらい強ければ、踏み倒すこともできるでしょ?」
「さりげなく、とんでもないこと言うなよ」
聞かれていないのは承知だが、おれは思わずキョロキョロと視線を巡らせてしまう。
「とんでもないもなにも、あんたやあたしが本気を出せば、村ごと負債を消すことだってできるじゃない。仮に手段を選ばないでいいなら、四億六〇〇〇万なんてはした金にもならないわ」
ごもっともだ。
どの世界どの時代においても、暗殺、誘拐、略奪等々、後ろ暗いことは金になる。
それは間違いない。
けど、そこに手を染める気は毛頭なかった。
女神の遣いだから、とかではない。
ただ単に、おれがそういう金の稼ぎかたが嫌い、というだけだ。
けど、それ自体を否定する気もない。
自分が保有する技術を売って対価を得る。
それは、おれがやっていたITの仕事にも言えることだ。
とどのつまり、売るモノや稼ぎかたはおれ自身が選ぶ、ということが重要なのだ。
出来るからやる、ではなく、やる価値があるからやる、それが理想である。
「支払う金は綺麗な金で。おれにとって、それは重要なんだよな」
「そう。なら、踏み倒される心配はないわけだ。ミルナスもいい買い物をしたわね」
「呼び捨てなんだな」
「当然でしょ。あたしはあいつの部下じゃないもの」
初耳だ。
けど、そんな気はしていた。
最初会ったときから、アローナはミルナス伯爵に対して対等、もしくは高圧的とも評せる対応をしていた。
敬って接するオリバーたちとは、雲泥の差だ。
「どんな関係なの?」
「上司が知り合い。それだけよ」
「へぇ~、なら、アローナも爵位持ちだったりすんの?」
「馬鹿言わないで。あたしみたいな冒険者が爵位持ちなわけないでしょ。平民よ」
おかしなところはない。
会話の流れは自然だ。
だからこそ、気になってしまった。
(平民が伯爵にタメ口きくか?)
直の上司じゃないから関係ない。
敬うのは直属の上司だけ。
そんなやつも、たまにはいる。
昔、違う会社から派遣されてきたバカが、プロジェクトリーダーであるおれに、友達感覚で接してきたことがあった。
そういうやつは、総じて仕事が出来ないのだ(大いに偏見あり)。
「お宅の会社では、社会常識は教えていないんですか?」
結果、派遣先からクレームがいき、取り引きがなくなるということもままある。
アローナは実力があるから平気かもしれないが、上司同士の繋がりやらなんやらを考えたら、褒められる態度ではないだろう。
「なによ?」
もの言いたげな表情を浮かべていたのかもしれない。
アローナににらまれてしまった。
「いや、なんでもないよ」
結局はおれが口をはさむ案件じゃないし、両者の関係もわからない。
タメ口を不快に感じるとはかぎらないし、もしかしたらそれを自信の表れと受け取り、頼もしく思っている可能性だってある。
(うん。そうに違いないな)
この話はこれでお終いにしたほうが無難だ。
「あったわ」
アローナが下に続く階段を発見した。
「行くわよ」
階段を下るなら、くだらない思考はやめよう。
(お後がよろしいようで)
小話を終えた気分で、おれは四階を後にした。