134話 勇者とアローナは冒険者を救う
「なにすんのよ!?」
にらむアローナを無視し、おれは剣士のすぐそばにしゃがんだ。
「安心しろ。おれがお前らを安全なところまで運んでやるよ」
「あ……ありがとう」
顔を上げた剣士は、やはり泣いていた。
「あんたマジで言ってんの!? あたしたちはこんな弱っちい連中に構ってる時間はないの! 早くしないと、他の連中に踏破されちゃうじゃない!」
「まあ、それも大事なんだけど……さすがに、これを見て見ぬフリはできねえだろ?」
「自業自得よ」
異論はない。
少し前には、瀕死で逃げ帰ったパーティーもいた。
彼らと剣士たちの違いは、逃げ帰る体力が残っていたかどうかだけだ。
剣士たちだって休めば動けるようになり、無事に帰れる可能性はある。
「キシャアアアアアアア」
運が悪ければ、いまのように大蛇に襲われて終わりだ。
「風波斬」
おれがいなければ、王女風の少女は死んでいた。
「もういいでしょ。行くわよ」
最低限のことはした。
アローナの背中は、そう物語っている。
もちろん、おれの中にその気持ちがないわけじゃない。
けど、アローナの後を追うことはしなかった。
「大丈夫だったかい?」
近寄って声をかけると、少女はうなずいた。
「ならよかった。もう、安心していいからな」
すぐにでも運んでやりたいが、そうもいかない。
血の匂いに誘われ、数匹の大蛇が姿を現している。
「よっ」
少女と戦士風の男を脇に抱え、おれは剣士のもとにむかった。
三人を一か所にまとめておいたほうが、守りやすい。
「あっ、それそれそれ」
連続で風波斬を放ち、大蛇を一掃した。
「ははっ、あんたも強いんだな」
「まあな。だから、安心して休んでいいよ」
「ありが……とう」
剣士は意識を手放したようだ。
(問題は……三人をどう運ぶかだな)
一人を背負って二人を脇に挟むこともできるが、襲われたときに迎撃できない。
よほどの強敵でないかぎり、攻撃を避けながら逃げることは可能だろう。
けど、その際の反動に三人が耐えられるかは謎だ。
魔法で対処する方法もあるが、力加減がむずかしい。
勢い余って崩落なんてことになれば、目も当てられない。
「どうすっかな?」
「簡単よ。そんなやつら見捨てなさい」
「それも選択肢の一つではあるけど、そうするなら悩んだりしねぇよ」
「でしょうね」
戻ってきたアローナは、笑っていた。
「あたしが手伝ってあげる」
「ありがたいねぇ。だけど、なんでそんなに殺気立ってるんだ?」
「手伝うからよ」
おれは竜滅刀を振るった。
ガキィィィィィン! という衝撃音とともに、火花が散る。
「へえぇ、あんたやるわね」
剣士を狙った斬撃を受け止められても、アローナに驚いた様子はなかった。
「でも、なんで邪魔するの? 手伝ってあげるのよ」
「それはこっちが訊きたいね。なんでこいつを殺そうとすんだよ」
「決まってるじゃない。こいつらが死ねば、運ばなくてもいいからよ」
「まあ、合理的な考え。でも、おれは好きじゃないな」
「好かれたいなんて思ってないわ!」
会話を交わすたび、刃も交わす。
けど、簡単じゃなかった。
アローナの一撃は非常に重く、一合ごとに痺れるような衝撃が走る。
(ったく、勘弁してくれよ)
アローナの相手だけでも大変なのに、部屋に二体の熊のモンスターが入ってきた。
「よそ見する余裕はあるの?」
「ないから、勘弁してちょうだいよ」
「まだまだいけそうね」
アローナが戦士風の男の頭を狙って放った蹴りを、足を差し込んでガードした。
「イッテ!」
太ももにバチンッと激痛が走り、少しだけ視界が滲む。
「性格だけじゃなく、足癖も悪いのかよ」
「顔とスタイルはいいでしょ」
辟易する。
現状、ブラックジョークは心に重い。
「グルアアアアアアア」
熊も元気そうだ。
どうにかしたいところだが、いまはアローナの相手で手一杯である。
こうなったら、奥の手を使うしかない。
「ブースト」
身体能力を向上させた瞬間、アローナが飛び退った。
深追いはしない。
おれがすべきことは、足元のパーティーを無事安全なところまで運んでやることだ。
脅威度でいえばアローナが上回るが、対処の優先度はむかってきている熊が上である。
「グルアアアアアア」
リュックを下ろした。
これだけで、大分身軽になる。
「風波斬!」
熊が真っ二つになり、弾けた。
(マジかよ!?)
一撃で仕留めるつもりではいたが、熊の身体が弾けるのは予想外だ。
けど、理由はわかっている。
身体向上を施した状態で、本気を出したからだ。
飛翔系の斬撃である風波斬は、いわばかまいたちのような技である。
そこに打ち手と竜滅刀の双向上が加わり、切れ味と威力が増したのだろう。
(アカン)
制御できない間は、使用禁止にしたほうがよさそうだ。
魔法と同じく、二次災害が起こりかねない。
「とんでもない隠し技ね」
ただ、アローナの牽制には成功したようだ。
「ふっ」
思わぬ副産物に浮かんだ笑みを、ニヒルに味付けした。
「あら、そんな余裕はないんじゃない? あんた程度に出来ることは、あたしにも出来るのよ。ブースト!」
「まだ熊が残ってるでしょうが!」
文句を言えども、アローナは停まってくれない。
「ちっ」
舌打ちするおれの横を抜け、アローナは熊を一刀に伏した。
(おや?)
なにが起きたのだろう。
「ふんっ」
アローナが刀についた血を払い、鞘に納めた。
(おやおやおや?)
理解が追いつかないが、戦う意思はないということだろうか。
「その子はあたしが運ぶから、あんたは荷物と男を担ぎなさい」
「どういう心境の変化だよ?」
「あんたを躾けるのは簡単じゃないわ。なら、その子たちを運んだほうが時短でしょ」
「出来ない、とは言わないんだな」
「当然でしょ。今の戦いでわかったもの。あんたより、あたしのほうが強いって」
絶対的な自信だ。
それならそれでいい。
おれはどっちが強いなんてことに興味はないし、作業を手伝ってくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
「じゃあ、さっさと終わらそうぜ」
「そうしましょう」
おれはリュックを背負い直し、剣士と戦士の男を脇に抱えた。
ブーストがかかっているから、恐ろしいほど軽く感じる。
「自分で立てます」
アローナの手を振り払い、王女風の少女は一人で立ち上がった。
「無理しないほうがいいんじゃない?」
「大丈夫です」
膝は笑っているが、少女は懸命に強がる。
「そう。なら、しっかり歩きなさい。あんたのスピードに合わせてたら、時間の無駄よ」
「わかりました」
無理だ。
一歩が遅い。
というより、倒れないように体を支えるので精一杯だ。
それでも足を引きずるように進もうとするが、すぐにバランスを崩してしまう。
「あっ」
倒れそうになる少女を、アローナが腕を持って支えた。
「しっかりしなさい」
「はい」
悔しそうにうなだれる少女を、優しい光が包む。
アローナの回復魔法だ。
(性格がきついだけで、悪いやつじゃないのかもな)
少女も同じことを思ったのか、小さな声で「ありがとうございます」と口にした。
「行くわよ」
それには答えず、アローナは元来た道を戻っていく。
無事上階にたどり着き、医者に預けたところで、おれたちの役目は御免だ。
『ありがとうございました!』
目を覚ました剣士を含め、三人全員が頭を下げる。
「気にすんな」
「ふんっ。二度と無茶な挑戦をするんじゃないわよ」
「肝に銘じます」
嫌味ではなく、忠告と受け取ったようだ。
おれもそれでいいと思う。
「行くわよ」
別れの挨拶もせず踵を返すアローナは、嫌なやつではない。
たぶんだが、根っこの部分は優しいんだと思う。
「んじゃな」
だからおれは、その後を追うのだ。
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