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132話 勇者とアローナは相性が悪い

 アローナの格好は扇情的だ。

 ボン、キュッ、ボン、と表現するのがピッタリなスタイルをしているのに、鉄の胸当ての下はビキニ風の布しか身につけていない。

 腹も脚も無防備に晒されている。

 剥き出しの素肌は防御力ゼロだが、男を刺激する攻撃力は極めて高かった。


(まあ、寒そう)


 魔素で全身を覆っていてその心配はないのだが、寒がりのおれはそう思ってしまう。


(いつからか、女子高生の生足を見ても同じ感想を抱いたな)


 あのとき、おれは自分の老いを認識した。

 十代の若者は恋愛対象ではなく、庇護すべき存在になっていたのだ。

 けど、アローナは違う。

 若くはあるが、歴とした女性である。


(大丈夫か? 息子よ)


 オスの部分が刺激されなかったことを心配するが……反応がない。

 困ったものだ。


「何見てんのよ!?」


 チラチラ観察していたのが、お気に召さないようだ。


(にしても、えらく強気だな)


 最初に浮かべていた笑顔は、とっくに消えている。

 というより、世界にケンカでも売っているのかな? と疑いたくなるレベルで不機嫌だ。

 雇い主であるミルナス伯爵の前でこうなのだから、裏表がないとも取れるが……円滑にコミュニケーションを取るのは、むずかしそうだ。

 言い寄ってくる悪い(むし)は問答無用で叩き落とす。

 おれをにらみつける鋭い眼光が、そう物語っていた。


「寒そうだからさ。鎧を着たほうがいいんじゃないかな? って思ってたんだ」

「必要ない」

「でもほら、攻撃を受ける可能性もあるよ。珠のような肌に傷がつくよりいいんじゃないかな」

「あたし、攻撃受けないんで」


 失敗しない女医のようだ。

 それはもう自信の塊で……

 これ以上は野暮だ。


「大体、あんたも似たような恰好じゃない」


 バカを言わないでもらいたい。

 おれは七分丈のシャツと綿パンの上に胸当てと手甲足甲を付けていて、過度な露出などしていない。


(そういえば……)


 ハタと思い出した。

 二つ目の異世界で肩を斬られたときに、ちゃんとした鎧をもらおうと誓ったのに……気づけば最初のままだ。

 バタバタしているうちに忘れてしまった。


(うん。おれに他人の格好をどうこう言う資格はないな)


 無頓着にもほどがある。


(……って、待てよ!? たしか、剣を外したら胸当て、手甲、足甲は消えたるはずだよな?)


 当然のことながら、現状おれの腰には竜滅刀が差さっており、サラフィネから貰った折れた剣はない。

 けど、胸当て、手甲、足甲の三点セットは顕現している。


「不思議だ」

「いや、あんたの格好に何の不思議もないし。疑うとしたら、センスの無さだけね」


 失礼な! と言いたいところだが、ファッションに無頓着なのは昔からだ。

 別れた彼女にも同じようなことを言われた経験があるから、的を射ているのだろう。


「って、そんなのどうでもいいからよ。本題に入ろうぜ」


 これ以上は時間の無駄だ。


「そうしてくれるとありがたいな」


 ミルナス伯爵は笑顔だが、その口元は引きつっている。


「すみませんでした」


 おれは頭を下げたが、アローナは下げなかった。


(なるほど。頑として非を認めないタイプだな)


 これは、マジで付き合っていくのに要注意だ。

 機嫌を損ねたら、後ろから刺されかねない。


「では、改めて君たちに頼む仕事内容を告げる。行うことはただ一つ。この村にある迷宮の踏破。それだけだ」

「それならあたし一人で充分。余計な同行者は足手まといにしかならない」

「そうかもしれないが、同行者がいなければ踏破は確認できないだろ?」

「二人でも一緒よ。嘘をつこうと思えば、簡単にできるもの」


 間違ってはいない。

 おれとアローナが口裏を合わせれば、それはなんなく行える。


「プライドの高い君が、それをするとは思えないな」


 おれと同じように二人が出会ったのも最近なのかと予想したが、違うようだ。

 ある程度、互いの性格を理解しているらしい。


「信用してくれるなら、なおのことアタシ一人に任せなさい!」

「駄目だ」


 アローナの自信と自負はすさまじいが、ミルナス伯爵は首を縦には振らなかった。


「なんでよ!?」

「迷宮にはトラップもある。それが一人で解除できるとは限らないからな。私は今回のことに関しては、ミスを許容しない。よって、君たちのプライドは二の次だ。確実な成功以外はどうでもいい」


 断固とした口調でそう言われてしまえば、それまでだ。


「わかったわ」


 不満は消えてないが、アローナもうなずくしかなかった。


「君もいいね」


 初めから異論のないおれは、黙ってうなずいた。


「よろしい。では、手続きも済んでいるし、二人で迷宮踏破に挑んでくれたまえ」

「これをお持ちください」


 オリバーがどでかいリュックサックを台車で運んできた。

 その大きさは異様で、見た目だけでも軽く一〇〇キロは超えていそうだ。


「非常食やたいまつなど、必要な物を一式揃えておきました」

「ありがとうございます」


 礼は述べたが、それ以上に言いたいことがある。


(これ、一つにする意味ある?)


 なにをどう詰めれば、これほどパンパンになるのだろうか。


(っていうか、体育座りした相撲取りみたいなサイズになってるんですけど!?)


 いろいろ訊きたいことはあるが、有能な執事が行ったことである。

 意味があるに違いない。


(まあ、訊く勇気がないだけだけどな)

「モタモタしないで、さっさと行くわよ」


 アローナが出ていった。

 ということは、おれが荷物運びに決定したわけだ。


「マジかよ!?」


 信じられないが、アローナはもういない。

 攻略に必要な物なら置いていくわけにもいかないし、おれが担ぐしかない。


「それっ」


 やっぱり重かった。

 持てなくはないが、肩ひもが強烈に食い込んでくる。


「耐えられるかな? おれの心と肩」


 胸一杯の不安を抱え、宿を後にした。



 アローナはずんずん進んでいく。

 行く手に人がいようと関係ない。

 自らぶつかることはないが、自分に気づかず話に夢中のおばさんや退く気のないおっさんなどには、容赦がなかった。


「邪魔!」


 ぶっきらぼうに注意し、かき分けるように道を開けている。


「なによっ!」


 不満にほほを膨らませるおばさんたちも、アローナににらまれると黙ってしまう。

 気持ちはわかる。


(眼力強いし、反抗しようものなら噛みつかれそうだもんな)


 クールビューティーというよりは、放し飼いの肉食獣といった印象だ。


「どうも、すみませんね。ほんと、申し訳ありません」


 おれが代わりにペコペコ頭を下げながら謝罪していく。


「あんな態度じゃダメよ」

「ですよね~。後で言っときます」


 おばちゃんたちは一言であっても、おれに文句が言えたから満足のようだ。


「兄ちゃんの連れ、態度デケェな」

「おっぱいもケツもデカイんですよ」

「ちげえねえ! ガッハッハッハッハッハ」


 おっさんはおれのセクハラに同調して大笑いしている。

 が、それで波風立たないのは、おっさんとだけだ。

 アローナからは怒りのオーラが立ち昇っている。

 しかも、それは次第に大きくなっていて、爆発するのは時間の問題だ。


(面倒くせえな)


 尻拭いをしているのに怒られるのは腑に落ちないが、パートナーを解消することは不可能なのだ。


「あんたいい加減にしなさいよ! あんたが謝ったら、あたしまで舐められるでしょ!?」

(我慢だ。我慢)


 言いがかりもはなはだしいが、おれは自分にそう言い聞かせる。


「大体ねえ……」


 文句が続く。

 迷宮に入る順番待ちの列に並んだからだ。


(ああ。なんか思い出した)


 地球にいたころの話だが、世界的アミューズメントパーク内で彼女とケンカになり、こんな風に順番待ちの間ずっと怒られ続けた。


(あのときどうしてたっけ?)


 そうだ。

 空気になっていたのだ。

 なら、いま一度この奥義を発動しよう。


(ザ・エアー!)


 異世界では二度目の披露だ。


「ピーチクパーチク。潰すぞ。コラッ! で、チッチロチイ」


 聞き流すには恐ろしい単語があったような気がするが、前後が頭に入らなかったから判断がつかない。

 ザ・エアーの弱点を認知しながらも、おれはさらに空気と化した。

 そして気づけば、迷宮に足を踏み入れていた。


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