130話 勇者は調子に乗った
「お兄さん、冒険者だね!?」
村に一歩入った瞬間、若い兄ちゃんに声をかけられた。
「見たところ一人……なら、まずは宿の確保を優先するのがおすすめだね」
正論だ。
建物の数に対し、村内にいる人の量が合っていないのだから、確実にあぶれる者がいる。
「客引きってわけじゃないけどさ……家にはまだ空室あるよ」
「いくら?」
「一〇ソペ」
「ごめん。お金ないんだ」
ポケットの裏地を引っ張り出してみせると、若者は無言でおれから離れていった。
罵ることなく笑顔だったのが、心に刺さる。
「お兄さん、家なら八ソペでいいよ」
すぐに次の声がかかったが、おれが反応する前に去っていった。
ダメージがすごい。
正直、大魔王の一撃より強烈だ。
続けざまにもう一撃喰らえば、おれは立ち直れないかもしれない。
少なくとも、二、三日は動けないだろう。
(毎度のことながら、この状況がありえねえんだよな。なんで、当たり前のように無一文で異世界に放り出されるんだ? おれは)
請求しないと言われればそれまでだが、そっと忍ばせておく気遣いはあてもいい気がする。
…………
(もしかして)
おれが気づいていないだけかもしれない。
ポケットをはじめ、全身をチェックした。
なにもなかった。
一円すら持たされていない。
(完全にブラックだよな)
なんだかんだどうにかなってきたが、これからもそうだとはかぎらないし、ご時世的によろしくない。
地球なら即アウトだ。
(よし。今度、雇用主に文句を言おう)
「あんちゃん邪魔だ。退いてくれ」
「おっと失礼」
入り口付近でぼうっとしていてはいけない。
おれは横にズレて道を譲った。
「ありがとよ」
台車を引いたガタイのイイ兄ちゃんたちが、村の奥に消えていく。
『おおおおおおっ!!!!』
歓声があがった。
何事かと近寄れば、さっきの兄ちゃんたちが拍手で迎えられている。
「よくやった」
「これで今夜はなんとかなるな」
「明日も頼むぞ」
複数の料理人っぽいおっちゃんとおばちゃんが、喜びに震えている。
(食材の仕入れかな?)
ガタイのイイ兄ちゃんたちが、手際よく台車に乗せた鳥、猪、豚などを捌いている。
「鳥のももはあたしにちょうだい」
「おれは豚のロースを頼むよ」
「ヘビーボアのサーロインと言いたいところだが、今回はヤマさんの番か」
「悪いね。上客がいるからさ。今回ばかりは譲れないんだ」
料理人たちは争うことなく、食材の分配を決めている。
「あ~あ。お前さんたちがもう少し頑張ってくれりゃ~ぁなぁ」
文句を言っているようにも聞こえるが、ボヤいているおじさんは笑顔だ。
「勘弁してくださいよ。この大きさのヘビーボアを狩るのは大変なんすから」
仕入れの兄ちゃんたちも笑っている。
「じゃあ、キラーサーモンでもいいぞ」
「それは無理っす。マジで俺ら死んじまいますって」
「ハハハ。冗談だよ。でも、明日も期待してるのは本当だからな」
料理人たちと仕入れの兄ちゃんたちは、軽妙なやりとりをしながらお金のやりとりをしている。
そこには、たしかな信頼が垣間見えた。
「ふっ、ふっ、ふはははははは」
ダメだ。
込み上げる笑いを抑えることが出来ない。
急に笑い出したおれを気味悪がり、周囲にいた人間は蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。
「あ~っはっはっはっはっ」
それでもダメだ。
笑いが止まらない。
成功に続くサクセスストーリーが目の前にあるのだ。
これを喜ばずに、なにを喜ぶというのか。
みながヘビーボアと呼んでいた猪は大きいが、幻夢の森で狩った猪はもう一サイズ上だった。
しかも、余裕で仕留められた。
「一攫千金のビッグチャンスだ」
いまから森に入れば、日の入り前にはどうにか出来るだろう。
「山狩りじゃ~!」
正確には森狩りだが、そんなことは些末でしかない。
「狩って狩って狩りまくってやるよ!」
走り、おれは村の外にある森に入った。
走ること数分。
「いた~っ」
すぐに獲物は発見できた。
ガタイのイイ兄ちゃんたちが捕まえていたのよりは小ぶりだが、ヘビーボアで間違いない。
「そらよっと」
飛び蹴り一発で動きを止める。
けど、殺してはいない。
鮮度は大切だし、うりになる。
「楽勝だな」
気絶したヘビーボアの足を持って肩に担ぎ、おれはスキップで村に戻った。
「ねえ、これ買って」
手近なおっちゃんに声をかけると、無言で硬貨が差し出された。
「毎度あり」
「ちょっと待った!」
ヘビーボアを渡そうとするおれを、さっきのガタイのイイ兄ちゃんが制止した。
「あんちゃん。それ、どこで手に入れた?」
「そこの森」
「バカ野郎! すぐ帰せ!」
真剣な表情と声音だ。
「ひょっとして、ダメだった!?」
「ブモオオオオオオオオオオオオ」
おれの疑問を肯定するように、獣の咆哮が響き渡る。
次いで聞こえる衝突音と悲鳴。
「クソッ! 遅かったか」
ただごとではない。
兄ちゃんの後を追って、おれも音のするほうにむかった。
そこには、巨大なヘビーボアが二頭いた。
『ブモオオオオオオオオオオオオ』
揃って雄たけびをあげ、村を囲む木製の壁に体当たりしている。
すでにひびが入っていて、割れるのは時間の問題だ。
周辺には逃げ遅れた馬も倒れている。
『ブモオオオオオオオオオオオオ』
おれを見るなり、二頭が吠えた。
いや、そうじゃない。
おれが担いでいる、小柄なヘビーボアに、気づいたのだ。
「ご両親かな?」
「ブモモモモモ」
両親の声に目を覚ましたのか、子共のヘビーボアが鳴き、体をモゾモゾと動かす。
『ブモオオオオオオオオオオオオ!!!!』
「ブモモモモモ」
両親の高らかな咆哮に反応し、子も鳴いている。
「わかったよ。悪かったよ」
肩から降ろし、子供のヘビーボアを解放した。
親子の再会だ。
母親が戻ってきた子供を舐める様子は、感動すら覚える。
よかったよかった。
「ブモオオオオオオオオオオ」
父親が雄たけびをあげ、突っ込んできた。
「帰したじゃんよ!?」
「ブモオオオオオオオオ」
関係ないとばかりに襲い来る。
仕留めるのは簡単だが、それはやっちゃいけない。
けど、放置するわけにもいかなかった。
「やめなさい」
横綱が格下の力士に胸を貸すように、おれはお父さんヘビーボアを受け止めた。
「ブモオオオオオオ!」
力一杯押しているようだが、びくともしない。
「もういいよな。この辺でやめとけ」
言葉が通じるかはわからない。
けど、実力の違いは理解できるはずだ。
「ブモオオオオオオ!!」
「いい加減にしなさい!」
暴れるヘビーボアを持ち上げた。
「これ以上ワガママ言うなら、ブレーンバスターで黙らせるぞ」
脅しというよりは、最終宣告だ。
もしこれ以上聞き分けがないのなら、やるしかない。
「いいのか!?」
「ブモオ」
お父さんヘビーボアが大人しくなった。
「いい子だ。じゃあ、家族仲良く帰りなさい!」
「ブモオッ」
一声鳴いた後にうなずき、ヘビーボアの家族は森に帰っていった。
「あんちゃん、すげえな」
茫然と見つめる兄ちゃんの後ろには、大勢の民衆がいた。
「助かった」
「ありがとう」
なんて感謝されるのかな、と思ったが……
「馬車の修理費と馬の治療代払え!」
「外壁の修理代払え!」
聞こえてきたのは、賠償金の請求だった。
困った。
無い袖は振れない。
(いっそ逃げるか?)
悪魔の思考が働くが、それを実行することは許されない。
いけないことをしたのだから、素直に謝るのが筋だ。
「ごめんなさい。弁償したい気持ちはありますが、手持ちのお金がありません」
「なら、私が肩代わりしましょう」
煌びやかな衣装に身を包んだダンディーなおじさんが現れた。
彫りが深く、お洒落な口ひげを蓄えている。
(見たらわかる。身分の高い人だ!)
「みなさんもそれでいいですか?」
「まあ、ミルナス伯爵が保証してくださるなら、異論はありません」
予想は当たっていた。
ダンディーなおじさんは、爵位持ちだ。
(運がいいのか悪いのか…………たぶん、悪いんだろうな)
おれの中の直感が、そう叫んでいた。