表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

131/339

129話 勇者は夢魔族の村を追い出される

「マジかよ……」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!』


 茫然とつぶやくおれを無視し、村中に歓喜の声が沸き起こった。

 次いで拍手なのだが、興奮した村人たちはそれにとどまらず、足踏みをしている。

 その熱量はすさまじく、大地を小さく揺らすほどの勢いがあった。


「やった! やった! やった!」


 その立役者である少女は、血染めの両手を何度も何度も振り上げている。

 その際に顔や服が血で汚れるのもおかまいなしで、高揚と興奮に震えていた。


「ざまあみろ! ざまあみろ! ざまあみろ!」


 呪文のように繰り返し、ガウに刺さった剣を抜ては刺し、抜いては刺しを繰り返す。

 そのたびに肉が削られ、血の海が広がっている。

 どれだけの怨嗟があるのかは知らないが、死者に鞭打つ行為はよろしくない。


「もういいだろ。そのへんにしとけ」

「うるさい! こいつのせいで、あたしたちがどれ程の辛酸をなめさせられたか! このっ、このっ、このっ!」


 制止するおれを振り払い、少女は剣を振り下ろす。


「お前さえいなければ! 返せ! あたしの仲間たちを返せ!」


 感情が爆発し、自分の心を制御できていない。


「もっとだ。もっとやれ!」

「そうだ。やめることなんかないぞ!」

「シリア。きみは正しいことをしているんだ!」


 村人たちが、口々にシリアと呼ばれた少女の行いに賛同と称賛を送る。

 それはどう考えても異様な光景だが、出会って数時間のおれに、夢魔族の気持ちはわからない。

 本人たちが言うように、凄惨な圧制が行われていた可能性だってある。

 けど、現状の行為は、おれがガウと対峙していたから行えているのだ。

 それだけは忘れてほしくない。

 諫める権利はないかもしれないが、指をくわえて見てなきゃいけない立場でもなかった。


「ファイヤーショット」


 シリアを押し退け、おれはガウの亡骸に魔法を放った。

 炎が舞い上がり、一瞬で亡骸を骨に変えた。


「勝手なことをするな!」

「それはお互い様だろ」


 にらむシリアに、おれは肩をすくめる。


「出てけ!」

「そうだ。そうだ」

「お前みたいなやつは、この村から出てけ」

『出~てけっ! 出~てけっ! 出~てけっ!』


 シリアを筆頭に、出てけの大合唱が始まった。

 集団心理も相まり、その声は膨らみ続けている。

 異論はないし、ここに長居する理由もない。

 ただ、これだけは言わせてもらおう。


「ベイルが戻ってくることがあったらさ、無下にしないでやってくれよ」


 あいつはおれとは違い、率先してガウ討伐に赴いた。

 そんな人間に、石を投げるようなことはしてほしくない。


「ふざけるな。貴様が何かを願える立場か」

「そうだ。勘違いも甚だしい」

「恥を知れ」


 感情が波立つ。


(ヤバイ。イライラしてきた)


 大体にして、こいつらは現状を理解しているのだろうか?

 すべてを自分たちの功績だと勘違いしているなら、勘違いもはなはだしい。


「早急に出ていけ!」

「厚顔無恥め」

(それはおれなのか? お前らのほうだろ!?)


 そう思わずにはいられないが、口には出さなかった。

 これ以上罵られたら、キレてしまうかもしれないからだ。

 そうなったら、おれは自分を制御する自信がない。

 下手をすれば、無差別殺人……なんてことにもなりかねない。


 …………


 割と本気で、そう思っている。


「わかりました。ベイル様の歓待はお約束いたします。ですから、何卒」


 人波を掻き分け、あわてておれの前に出てきた長老が頭を下げた。

 亀の甲より年の劫。

 彼だけは、おれの感情の波に気づいたようだ。


「本当……頼むよ」

「はい。お約束します」


 言質も取れたし、もう充分だ。

 これ以上この村にいても、軋轢を生むだけだ。


「んじゃ、さようなら」


 別れの挨拶をし、おれは村を後にした。



 森に入ったおれは、とりあえず真っ直ぐ歩いた。

 数日前までループしていたのがウソのように、あっさりと抜けることができた。


(意外と小さい森だったんだな)


 そんな感想を抱くくらい、あっさりと。

 しかも目の前には、運よく街道らしき道があった。

 舗装はされておらず、馬の蹄らしきモノで土はデコボコしている。

 車輪の跡も残っているので、馬車通りなのだろう。

 道幅も軽自動車ぐらいの馬車なら、余裕ですれ違える広さがあった。


(ということは、この先に街があるんだよな)


 問題は……左右に伸びる街道のどちらに街があるか、である。

 どっちに行ってもオッケーということもあるだろうが、出来れば近いほうに進みたい。


(飛び上がって、空からたしかめるか)


 何度か行っている手法だし、無駄がない。


「どれっ、おっ!?」


 ジャンプしようとしたおれの視界に、一台の馬車が映った。

 ものすごい土煙をあげている。


「急げ! 急げ急げ! 絶対に商機を逃すな!」


 中のおっさんに急かされ、馬車は猛烈な勢いで過ぎ去っていった。

 信じられないスピードだ。

 現実の競走馬というよりは、ゲームのサラブレッドに近い。


「はいよ~っ! シルバー」


 御者が馬を急かし、さらに一台の馬車が駆け抜けていく。


「まくれ! まくれ!」

「時は金になるのだ! 一秒の遅れが負債を積み重ねると思え!」


 次々に馬車が駆け抜けていく。

 その数は一向に減る様子がなかった。


「ゴホゴホ」


 土煙にむせた。

 これは確定だ。

 馬車の行くほうに進めば、大きな街がある。

 そしてそこでは、バザーか祭りの類が催されているか、近々催されるのだ。

 馬車の一団は、そこに一丁嚙(いっちょか)みしようとしている。


「おれも参加できるかな?」


 売る物はないが、ちょっとした大道芸なら披露できる。


「素晴らしい。いいものを見せてもらったお礼に、金銀財宝をあげよう」


 なんて言われる可能性だってあるはずだ。


「よし。こうしちゃいられない。おれも行こう!」


 漁夫の利を求め、馬車の後を追った。

 結果、二時間近く走った。

 一〇〇キロは言い過ぎかもしれないが、最低でもフルマラソンよりは長かった。


「ここ!? ウソだよね!?」


 体力的には問題ないが、目の前の光景にはそう言わざるをえない。

 大量の馬車が停まっているそこは、だれがどう見ても寒村だった。

 バザーや祭りが催されていることもなければ、その準備に追われている活気も形跡もない。


「無駄足だったのかよ」


 自分で言っておいてなんだが、おれはかぶりを振ってその考えを振り払う。

 そんなわけはない。

 なにもない寒村に、村を埋め尽くす……いや、村に入りきらず、村外に馬車を停めている者までいるのだ。

 必ず、来る理由がある。

 そう信じ、おれは村の門をくぐった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ