13話 勇者は巨大オークを殲滅する
通りを埋め尽くすように倒れる群衆。
だれ一人声を発することも、大きく動くこともなかった。
四肢が動く瞬間もあるが、微々たるものだ。
もはや、街の様相は死屍累々に近い。
(本物の屍になる前に、どうにかしねえとな)
時間との勝負だが、通りを埋め尽くす彼らを避けて進むのは、ロスが大きい。
(踏んでトドメを刺しました、なんて笑い話にもならねえよな)
さて、どうしたものか。
「よっ」
おれは手近な建物の屋根に跳んだ。
ここならだれもいないし、視界を遮るモノも減る。
「マジかよ!?」
狙い通り遠くまで確認できたが、視界に映る各所で住民が倒れている。
その数は膨大で、動いている者を探すほうが難しい。
歩いている者は皆無で、ほふく前進のように這うのがやっとだ。
生死を分けるタイムリミットが、刻一刻と近づいている。
遠くで、爆発音がした。
場所は……工業地帯。
黒煙が立ち昇っている。
(火事だな)
作業中の工員が倒れたことで、発生したのだろう。
助けに行けば、救える命もあるはずだ。
けど、時間をロスするのは得策ではない。
(大本を絶たなきゃ、遅かれ早かれ全員死ぬんだ)
そこにはもちろん、おれを含まれている。
「マジで、時間との勝負だな」
屋根から屋根へと飛び移り、最奥の王城へと向かう。
まあまあ距離はあるが、このペースなら五分もかからない。
「んん!?」
目的の王城から、黒い塊が飛び出てきた。
「なんだ? あれ」
空飛ぶ人っぽい。
(違う……な)
背中に羽が生えている時点で、人ではない。
口も鳥のくちばしのように尖っている。
「ああ。ガーゴイルか」
シルエットが、ゲームに出てくるそれに瓜二つだ。
黒い塊に見えたのは、数が多いから。
四〇や五〇では収まらない。
一〇〇、もしくはそれ以上だ。
「あいつだ! 殺せ!」
剣や弓を装備したガーゴイルが、おれを目標に定めた。
「撃てっ!」
指揮官の号令の下、次々に矢が投下される。
避けるのは簡単だが、退くのは問題だ。
時間と争っている以上、それは得策ではない。
「たりゃっ」
飛来した矢を剣で薙いだ。
「怯むな! 撃て! 撃って撃って撃ちまくれ!」
指揮官の鼓舞とよく訓練されたガーゴイル部隊は、織田信長の鉄砲隊のように隊列を成し、撃っては最後列に下がり、射出の準備をしている。
動きに無駄がなく、間断なく矢が襲い来る。
「そりゃそりゃそりゃっ」
一つ一つに問題はなくとも、捌く本数が増せば増すほど、推進力は削られる。
このままでは、完全に足止めされるのも時間の問題だ。
弓兵の弱点は接近戦だが、脇には両刃剣や槍で武装した一団がおり、弓矢隊を守るように編隊している。
これぞまさしく、数の暴力だ。
「マジでふざけんなよ!」
腹は立つが、八方塞がりではない。
進む道がないなら、作ってしまえばいいだけだ。
「風波斬!」
迫りくる矢と空にいるガーゴイル。
おれの視線の延長線上にいるそれらを斬るイメージで、下から上へ剣を振るった。
放たれた斬撃が多数のガーゴイルと矢を屠る。
おれに飛び道具があることが予想外だったのか、ガーゴイル隊に動揺が走るのが見て取れた。
矢の放射も止まっている。
この期を逃す手はない。
「でやややややや」
連続で風波斬を放ち、可能なかぎりガーゴイルを撃ち落とす。
「馬鹿者! 怯むな!」
指揮官の命令に反し、おれとの距離が徐々に広がっていく。
力の差と制空権の優位性が崩れた結果だ。
こうなれば、ヤツラは敵じゃない。
鈍った歩みを加速させるべく、おれは足に力を込めた。
「ヤベッ」
そんなに強く踏み込んだつもりはないが、瓦にヒビが入り、足元がグラついた。
屋根を踏み抜けば時間をロスすると同時に、体勢を立て直す猶予を与えることにもなる。
(イカンイカン)
自分の能力は把握したつもりだったが、まだまだのようだ。
(マジで注意しねえとな)
気が焦っているときほど、失敗しやすい。
最大限の効率を求めるためにも、意識して出力を抑えなければダメだ。
「こんぐらいは大丈夫、だよな!?」
数件先の屋根を目標に、踏み切った。
「いかせんぞ」
空中にいるおれに、両刃剣を持ったガーゴイルが迫る。
「風波斬」
進路を塞がれる前に、一閃に伏した。
第二弾は……なさそうだ。
「っと」
無事に着地できた。
思惑通り二棟の民家を越せたのも収穫であり、おれは内心で胸をなでおろす。
「よし。このまま一気にいくか」
勢いそのままに、再度踏み切った。
(今度はもう少しいけるな)
加速がつけば、跳躍距離もまだまだ伸びる。
そう思った矢先、突如馬鹿デカイ盾が出現した。
「うおっ!」
空中で回避することもできず、盾に衝突したおれは道路に叩き落された。
打ちつけた背中に痛みは感じていたが、悶えているヒマはない。
すぐ上には、問題の盾と、それを持った巨大オークがいる。
このままここにいたら、踏み潰されてしまう。
おれは転がるように横に避けた。
「へへっ。まだ動けるとはなぁ」
地響きを立てながら降り立った巨大オークが、下卑た笑みを浮かべる。
「あのまま潰されたほうが苦しまずに死ねたのになぁ。下手に避けるから、もっと苦しむ羽目になるんだぁ。げへへへへ。まあ、俺様はそのほうが楽しめるがなぁ」
盾を持つ巨大オークの後ろから、普通サイズのオークが走ってきている。
目の前のオークは、見上げた感じ四~五メートルといったところ。
これよりは小さいが、後ろの一団にも二~三メートルのがゴロゴロいる。
(どいつもこいつもデカイなぁ)
けど、それはどうでもいい。
そんなことは問題にならないほど、おれはムカついていた。
「イケイケイケ」
「ゲハハハハハ」
笑いながら迫りくる一団は、通りに横たわる住民を踏み潰し、蹴り飛ばし進んでいる。
それが許せなかった。
自分が助けようとしている者たちに、トドメを刺しながら迫りくる豚に寛容になれるほど、おれは善人じゃない。
「止まれ!」
腹の底から声を張り上げた。
含まれた怒気を鋭敏に感じ取り、数匹のオークが足を止めた。
「その足をどけろ!」
無言でオークが後ずさる。
よほどおれが怖いのだろう。
遠目でもわかるほど、オークの足が震えている。
それを見た巨大オークが真っ赤になった。
「てめえらぁ! ふざけてんのかぁ! いついかなる理由があろうとも、敵前逃亡は万死に値すると教えてるよなぁ!? 俺様は言ったことはやるぞぉ! わかってるよなぁ!?」
足だけだった震えが、全身に伝播する。
恐怖に支配されたオークたちの瞳に、決意のような強い光が宿った。
「こいつを殺すかぁ、おれに殺されるかぁ、好きな方を選べぇ」
巨大オークは薄ら笑いを浮かべている。
戦闘狂というよりは、殺戮狂なのだ。
敵だろうが部下だろうが、殺せればいい。
「なら、その願い叶えてやるよ!」
他人はいくらでも殺せるが、己の殺戮は生涯で一度だけだ。
その一度を、体験させてやる。
「風波斬!」
「不意打ちのつもりかぁ? っんなん、効くわけねえだろぉ…………えぇっ!?」
風波斬を受けた盾が粉砕され、巨大オークが目を見開いた。
予想外だったのだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。
おれはこいつを許さないし、許す気もない。
一足飛びに間合いを詰め、巨大オークの頭上付近まで飛び上がったおれは、剣を振り下ろした。
「ウソ……だろぉ?」
理解したときにはもう遅い。
唐竹割りにされた巨体が左右に離れ、オークは自分に起こったことを理解した。
生涯一度の体験をした巨大オークの身体が、地面を打ち地響きを立てた。